2009/02/27

ラーマヤナ(14)・森の物語・其の三

森の物語・其の三

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<ジャターユの死>

 シータが一人残されたのを見ると、ラーヴァナは僧に姿を変え、小屋に近づきました。
しかし、ラクシュマナが描いた線を超えようとすると、炎が燃え立って邪魔をします。
しかたなくラーヴァナは線の外側からシータに声をかけました。

「奥様! 今日は誰からも施しを受けていません。何か少しでもこちらへお持ち頂けませんか」

 シータは少し迷いましたが、食べ物を持って外へ出ました。
シータが線を越えるやいなや、ラーヴァナはシータをひっ捕まえました。
「何をするのですか!」

 シータは声を上げましたが、ラーヴァナは元の姿に戻り、シータを天の馬車に押し込めました。

「我はランカの王、ラーヴァナ。さて、私の手からお前を救い出せる者はいるかな」

 その様子を見た禿鷹のジャターユがシータを助けようとラーヴァナに襲い掛かりました。

「この恥知らずめ! すぐに止まるのだ!」

 ラーヴァナは、シータを凄まじい速度ではしる、天の馬車に乗せるとそれは、金色に輝き、インドラの天馬の様に翔けます。
ラーヴァナはシータの耳元に口をよせ、ある時は脅し、ある時は哀願するように話しかけるのです。
魔王は、彼女を胸に抱きしめています。
シータは、始めこそ抵抗したが、今はもうその気力も尽きました。
だが「ラーマ!ラーマ!」と叫び続ける事は止めませんでした。
やがて、天の馬車は、速度を上げ、丘を越え、谷を越えて飛び続けます。
シータは、鷲の爪にかけられた、小さな蛇のように、身もだえしながら声を立てて泣いていました。


 いっぽうラクシュマナはやっとラーマのところへ辿り着きました。

「兄上! 悲鳴が聞こえたので様子を見に来たのです。一体どうしたのですか」
「いや、私は悲鳴など上げてはいない。お前の言ったことは正しかったよ。あの鹿はやはり悪魔だったんだ。私に射られて正体を現し、お前とシータの名を叫んだのだよ。もう姿を消してしまったから、早く小屋へ戻ろう」

 ところが戻ってみると、小屋にはシータの姿がありませんでした。
不安に感じた二人が小屋の付近でシータを探していると、傷つき、瀕死の状態で倒れているジャターユに気づきました。

「魔王ラーヴァナがシータを連れ去った・・・。私は奴を止めて、シータを助けようとしたが、翼を斬られてしまったのだ。ラーヴァナはシータを天の馬車に乗せて逃げ去った・・・。シータは目印に自分の宝石を地面に落としていったよ・・・」

 そこまで話し終えたジャターユは、ラーマの腕のなかで息を引き取りました。
父王の旧友の死に、ラーマとラクシュマナは深く悲しみ、手厚く弔いました。

 ラーマとラクシュマナはシータを探す旅に出ることとなりました。
そしてある日、悪魔に出くわし、大口を開けて二人に喰らいつこうとした悪魔を、ラーマは一瞬にして斬り殺し、二人は悪魔の死体を荼毘に付しました。
すると驚いたことに、火の中から人間の男性の姿が現れたのです。

「ありがとうございました。私は呪いによって悪魔に姿を変えられていたのです。呪いを解いてくださったお礼をしなければなりません。シータ様をお探しですね。スグリーヴァ王を訪ねるとよいでしょう。きっと彼はあなた方の力となりましょう」

 そう告げると男性の姿はかき消えました。


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2009/02/26

ラーマヤナ(13)・森の物語・其の二

森の物語・其の二

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<シータの誘拐>

 ラーマの手を逃れたたった一人の悪魔は、ランカの魔王ラーヴァナの元へと急ぎました。

「ラーヴァナ様! 恐ろしい知らせでございます。お従兄弟殿の二人がコーサラ国王子、ラーマによって殺されました」
「何と! たった一人の人間の手によってか? 生かしてはおくものか」

 ラーヴァナは怒りを露わにしましたが、ラーマの雄姿をその目で見て来た悪魔は更に言葉を続けました。

「しかし王様。敵はなかなか手強い。ここは策を練りましょう。まずはラーマの妃、シータをさらうのです。そうすれば奴も簡単には手を出せますまい」

 そこへ鼻を削がれたシュルパナカーが泣き叫びながらやって来ました。

「お兄様! 私のこの姿を見てください! あなたが酒と宴に溺れて安穏としている間に、忌まわしい者どもがうろつき始めたのです。どうか、復讐を!」

 激怒したラーヴァナは、修行者である友、マーリーチャの助けを求めて庵を訪ねました。
ラーヴァナがシータ誘拐の計画を話すと、マーリーチャは顔色を変えました。

「王よ! 人の妻をかどわかす事ほど重い罪はない。正気でいらっしゃるのか」

 マーリーチャの返事に、ラーヴァナはますます腹を立てて怒鳴りつけました。

「黙れ! この私に逆らうというのか? いいか、お前は鹿に姿を変えて、ラーマを狩りにおびき出せ。その隙に私がシータをさらうのだ。不服であれば、今この場でお前の首を刎ねてやろう」

 マーリーチャは、ラーヴァナに殺されるのであれば、鹿の姿でラーマの矢に射られて命を落とす方が幸いだと考え、ラーヴァナの計画に従うことにしました。

 シュルパナカーの事などすっかり忘れたラーマ達は、毎日楽しく暮らしておりました。
そこへマーリーチャが鹿に姿を変えて現れ、小屋の近くで鳴き声をあげました。

「まあ、ご覧になって。なんて見事な鹿でしょう。黄金色に輝いていますわ」

 鹿の姿をみつけたシータは、ラーマに指して見せました。

「おや、確かに珍しい鹿だね」

 ラーマも鹿に興味を寄せましたが、ラクシュマナだけは警戒しました。

「兄上、何か様子が変ですよ。悪魔が姿を変えてやって来たのかもしれません」

 しかしシータはラクシュマナの言葉には構わず、ラーマに鹿を捕まえてくれるよう、強請りました。
愛しいシータの頼みですから、ラーマは弓と矢を取り、鹿の後を追って小屋を離れました。
しばらく鹿を追いかけて森の奥へと進んだ処で、ラーマは矢を射掛けました。
するとマーリーチャが姿を現し、地面を転げまわりながら悲鳴をあげました。

「シータ! ラクシュマナ!」

 マーリーチャの叫び声は、小屋に残ったシータの耳に届きました。

「ラーマの身に何か起きたに違いありません。ラクシュマナ、急いで助けに行ってください」

 ラクシュマナはシータを置いて小屋を離れるのは気が進みませんでしたが、シータが強く命じるので、仕方なく様子を見に行く事にしました。

「それでは、絶対に私が描いた線から外には出ないでくださいね。すぐに戻りますから」

 ラクシュマナは小屋の周りに線を描き、邪悪な物が入り込めぬよう、呪いをかけてからラーマを追って森に入りました。

2009/02/25

ラーマヤナ12・森の物語・其の一

森の物語・其の一

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<シュルパナカーの誘惑>

 ラーマ達は、住家を求めて森の中を彷徨い、聖アガスティヤ様の庵に辿り着きました。
聖アガスティヤ様は3人を祝福し、聖なる武器を与えました。
この場所から、一時(いっとき)程歩いた処に良い場所があるところを教えてくれました。
そこへ向かう途中、禿鷹のジャターユに出会いました。
なんとジャターユは亡き父王の古くからの友人で、ラーマ達の旅に付き添うことを申し出ました。

 やっと生活に相応しい場所に辿り着くと、ラクシュマナが小屋を建てました。
ラーマ達はまず神さまにお祈りを捧げ、いよいよ生活が始まりました。
毎日ラクシュマナが薪を集め、シータが食事をつくる、質素な生活でした。

 或る時、魔王ラーヴァナの妹、シュルパナカーが小屋の傍を通りかかり、ラーマとラクシュマナを見初めました。

「どちらでもいいから夫にしたいものだわ」

 そう考えたシュルパナカーは美しい少女に変身してラーマに近づき、話しかけました。

「こんな寂しい土地に、どちらからいらっしゃったんですか?」
「私達は都からやって来ました。城を追放された王子なのです。そういう貴女は?」
「私はシュルパナカー。ランカの王、ラーヴァナの妹です。この一帯は私の従兄弟二人が治めているのですが、どちらも無粋で。ふさわしい結婚相手を探しているのです」

 困ったラーマは少し冗談めかして答えました。

「申し訳ありませんが、私はこのシータと結婚しているのです。ほら、あそこにいる弟のラクシュマナではどうですか?」

 そこでシュルパナカーはラクシュマナに声を掛けました。

「私はいまだ良い相手に恵まれていません。ここで貴女に出会ったのも運命でしょうから、ぜひ私を妻にしていただけませんか?」

 ラクシュマナも困った様子で答えました。

「私は兄に仕える身です。お姫様の貴女には相応しくありませんよ」

 二人に拒絶されて怒ったシュルパナカーは、元の醜い姿に戻ってシータに襲いかかりました。

「お前さえいなければ! 食ってやる!」

 シータの悲鳴を耳にして駆けつけたラクシュマナは、シータを助け、剣でシュルパナカーの鼻を削ぎ落としました。
 シュルパナカーは命からがら逃げ出し、如何に自分が侮辱されたかを従兄弟達に泣きながら訴えました。
悪魔達は大勢の軍勢を率いてラーマを襲いましたが、たった1人を除いてことごとく打ち破られました。
ただ1人、早々に空飛ぶ馬車で逃げ出したのですが、ラーマはあえて見逃してやったのでした。

 悪魔が退治されたことで、ラーマたちはもちろん、付近の住民も安心して暮らすことができるようになりました。

2009/02/24

ラーマヤナ(11)・王位をめぐる物語・其の六

王位をめぐる物語・其の六

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<ラクシュマナの説得>

 ラクシュマナをはじめ、3人のお妃様、臣下の者達、そしてシータの父王も加わり、一行はラーマの住む森を目指しました。
一行が近づくと森の鳥が騒ぎ始め、ラーマ達は異変を感じ取りました。

「ラクシュマナ、鳥が騒いでいる。遠くでは砂埃も立っている様だ、何が起きたのか見てきてくれるかい?」

 ラクシュマナは木に登って遠くの様子を窺いました。

「兄上、バラタです! 王となった今は、兄上のことが邪魔になったに違いありません。早く逃げましょう!」

 不安を感じたラクシュマナに、ラーマは落ち着いて答えます。

「ラクシュマナ、落ち着いて。根拠もなくそんな疑いをかけてはいけない。バラタはそんな人間ではないのだから、快く迎えて話を聞こう」

 愈々一行がラーマ達の住む小屋に近づくと、バラタは裸足でラーマに駆け寄り、ラーマを抱きしめました。
その様子を見て自分が間違っていた事に気づいたラクシュマナも、バラタを温かく迎えました。
其の時、ラーマは喪を表す衣服をまとったお妃様の姿を目にし、父であるダシャラタ王の死を悟りました。

「兄上、父上は兄上との別離の苦しみに耐えられず、お亡くなりになりました。息を引き取る間際には兄上の名前を呼んでいたそうです」

 バラタの言葉を聞き、ラーマは声をあげて泣きました。
翌朝、バラタはラーマの前に王の衣服を置きました。

「兄上、私達は兄上に即位して頂く為にやって来たのです。どうぞお召しください」
「いや、それは出来ない。私は父上と母上の言いつけで国を出たのだ。約束を破ることはできない」

 ラーマは迷うことなくバラタの申し出を断りましたが、バラタはさらに続けます。

「誰かが14年もの間追放されなければならないのであれば、私がそういたします」
「いいかい、バラタ。父上の命令は、お前が王位につき、そして私が追放される事なのだ。どうか国へ戻って、政務についておくれ」

 ラーマの強い意志を知ると、バラタはとうとう諦めて森を去る事にしました。

「それでは兄上、私は国へ戻ります。しかし、私は王ではありません。いつでも兄上こそが王なのです。これから14年間、兄上の留守の間、私は副王として国を治めましょう。玉座には兄上の履物を置かせてください」

 こうしてバラタはラーマの履物を預かり、国へと帰って行きました。

2009/02/23

ラーマヤナ(10)・王位をめぐる物語・其の五

王位をめぐる物語・其の五

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<王の死>

 ラーマ達と別れた大臣は、空の馬車でアヨーディアへ戻る事を恥じ、都近くの町で馬車を捨て、歩いて城へと戻りました。
城ではダシャラタ王が失意で床で臥せっていました。

「大臣よ。ラーマは戻ったのか? 戻って居ないのならば、私をラーマの処へ連れて行ってくれ。私は心の痛みで死んでしまいそうだ」

 弱々しいダシャラタ王の様子を見て、大臣は涙に咽びながら答えました。

「ああ、王様。総ての人は運命から逃れることは出来ないのです。出会いがあれば別れがあり、喜びがあれば哀しみもあります。さあ、もうお嘆きにならないでください」
「確かにお前の言う通りだ。嗚呼、総ては私が過去に犯した過ちの報いなのだろう。嗚呼、ラーマ、ラーマよ!」

 ダシャラタ王はラーマの名を何度も呼び、息を引き取りました。
 王の死により、3人のお妃様は勿論の事、城内の総ての召使い、そして国民は深い哀しみに沈みました。
国民の中には王を死に追いやった第ニ王妃を罵る者もありました。
翌朝になると、ヴァシシュタ様が葬儀の手はずを整え、第二王子バラタと双子王子のシャトルグナへ使いの者をやりました。

 さて、祖父母を訪ねていたバラタは、何日も前から不吉な胸騒ぎを感じ、悪夢を見る日が続いていました。
そんな時に都アヨーディアから父の死を知らせる使いが遣って来たのです。
バラタとシャトルグナは大急ぎで馬車をアヨーディアへと走らせました。
城内はダシャラタ王の死により、重苦しい雰囲気包まれていました。
バラタはまず自室に戻って妻と話をしました。

「まずは貴方の母上にお会いになってください。きっと貴方をお待ちです」

 妻に言われるまま、バラタは母上の部屋を訪ねました。

「お帰りなさい、バラタ。あちらの国はどうでしたか?」
「あちらは皆息災です。それより、いったい私の留守に何があったのですか? 父上に何があったのですか? 兄上とシータは? ラクシュマナは何処に居るのですか?」
「落ち着いてちょうだい。ダシャラタ王が亡くなられたのは哀しい事だけれど、あなたの無事は守ったのですよ」

 母から総ての話を聞くと、バラタは大声をあげて泣き始めました。

「母上、貴方は何と罪深い人なのでしょう! いっその事、私が生ま落ちた瞬間に絞め殺してくれればよかった。貴方の子供であることが心底恥ずかしい。私達は父上と、兄上と、ラクシュマナ、かけがえのない家族を3人も失ってしまった。貴方をもう母とは思いません!」

 バラタが激しく罵っていると、召使いの老婆がきらびやかな衣裳と飾りを身につけて現れました。
双子王子のシャトルグナはその様を目にすると、あまりの怒りで召使いを蹴りつけました。

「おやまあ! バラタ様の為を思ってした事ですのに!」

 召使いは悪びれることもなく、王子達に対して雑言を吐くのでした。

 王様の葬儀が厳かに執り行われた後、バラタは臣下の者を集めました。
まずはヴァシシュタ様が口を開きました。

「バラタ王子よ。生あれば死がある。得るものがあれば失うものもある。総ては神により定められた運命なのです。父上の遺志を受けて、王として即位なさってください」

 出席者はみなヴァシシュタ様の言葉に同意しました。
けれどもバラタは静かに反論しました。

「しかし、総ては私の所為なのです。父上が亡くなり、兄上とシータ、ラクシュマナの3人が国を去ってしまった。どうして王となることができましょうか。皆の者、兄上を迎えに行こうではありませんか」

 そうして翌日、バラタと臣下の者達は、ラーマを迎えに出発する事となりました。 
2009/02/22

ラーマヤナ(9)・王位をめぐる物語・其の四

王位をめぐる物語・其の四

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<ラーマの追放>

 ラーマは自分の母上と双子王子のラクシュマナ、そしてシータに事情を告げると、余りの事に母上はとても驚いて涙を流し、ラクシュマナは激しく怒りました。

「兄上、その様な言いつけに従う必要はありません! 自分こそが国王であると、なぜおっしゃらないのですか!」

 しかしラーマは静かにラクシュマナを諭します。

「どんな事であっても両親の言葉に従うのが務めなのだ。私は喜んで国を出るつもりだ」

 ラーマの意志に変わりが無い事を知ると、シータとラクシュマナは一緒に旅をする決心をしました。

「それでは私もお供を致します。兄上の居ない王国など無意味です」
「ありがとう、ラクシュマナ。君が居てくれればとても心強いよ」

 そこでラーマの母上も一緒に行くことを望みましたが、ラーマは優しく断りました。

「母上。きっと父上は悲しんでおられます。どうぞお側にいて差し上げてください」
「私の息子、ラーマよ。きっと神様のご加護がありますように」

 ラーマとシータ、ラクシュマナの3人は、美しい着物を脱ぎ、森の中で暮らすために修行者と同じ朱色の着物に着替えました。
3人が馬車に乗り込み城を去る姿を見て、ダシャラタ王は、深い後悔と悲しみに打ちひしがれました。

「ああ、なぜ罪の無い人間が他人の過ちによって罰せられるのだろうか!」

 ダシャラタ王はそう呟くと、気を失ってその場に倒れてしまいました。
 ラーマ達が城を出る事を知った、アヨーディヤの国民は驚いて城へと駆けつけました。
そして何所までもラーマについて行くことを決心した人々が、馬車を追いかけてぞろぞろと歩き始めました。
ラーマは馬車を下りて人々に家に帰るように言いましたが、だれも耳を貸しませんでした。

 日が暮れ始めた頃、一行は川岸に着いたので、その夜はそこで過ごすことにしました。
ラーマを追いかけてきた国民達は、歩き続けた疲れで、すぐに寝入ってしまいました。
そこでラーマは深夜になると、馬車を駆っていた大臣とシータ、ラクシュマナをそっと起こし、国民達が寝ている間に出発する事にしました。

 ラーマの一向は南へ南へと進み、ついに南の国境を越えました。
ガンジス河北岸のその地域は、ニシャーダ族の国でしたが、ニシャーダ王とラーマ達4王子はヴァシシュタ様の庵で勉学をともにした友だったのです。

 噂を聞き付けたニシャーダ王は、自らラーマ達を迎えに行き、歓迎しました。

「ようこそ、ラーマ王子よ。貴方がこの地に足を踏み入れただけで、わが国は祝福を受けました。何か必要なものはありませんか? 何でもおっしゃってください」
「ありがとう、王よ。それではガンジス河を渡るのに必要な舟を貸してもらえませんか」

 ニシャーダ王が舟の手配に戻ると、ラーマは旅を供にしてきた大臣に向かってこう言いました。

「ここから、本当の困難な旅が始まります。どうぞあなたはアヨーディヤへ帰ってください」
「ラーマ様、どうして空の馬車で帰ることが出来ましょう。何所までもお供をさせてください」
「いいえ、それはいけません。貴方には大事な役目があります。母上に、私が約束通り国を出て森での生活を始めたと伝える事。そして、父上のよき相談役となる事。さあ、お帰りください」

 大臣を説得すると、ラーマたち3人はニシャーダ王と伴に舟に乗り、ガンジス河を渡り始めました。

2009/02/21

ラーマヤナ(8)・王位をめぐる物語・其の三

王位をめぐる物語・其の三

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<王妃の願い>

 気が触れたかの様に泣き叫ぶお妃様を見て、ダシャラタ王は優しく尋ねました。

「一体どうしたのか?。誰かがそなたを怒らせる様な事でもしたのか? さあ、立ち上がるのだ。ラーマの即位式が明後日に控えているのだ。そなたの言う事は何なりと聞こう。」

 ダシャラタ王の優しい言葉に、お妃様は少し躊躇いを感じましたが、思い切って計画通りの話を切り出しました。

「ああ、王よ。以前に私へ『二つの願い』を約束して下さったのを覚えておいでですか?」
「もちろんだ。悪魔との戦の折り、不意を付かれて矢傷を負った私を助けたのは、他でもないそなただった。私の命を救ったお礼として、如何様な事があっても必ず『二つの願い』を叶える約束をしたのだ。やっとその約束を果たすときが来たようだ。何なりと申すがよい」。
「それでは王よ、まず一つめとして、私の息子バラタに王位をお与えください。そして二つめとして、ラーマを14年間、この国から追放してください」。

 全く予想していなかったお妃様の言葉に、ダシャラタ王は言葉を失い、その場に立ちつくしました。お妃様の顔を穴が空くほど見つめましたが、お妃様は真剣な面持ちです。

「どうなさったのですか? バラタも王子に間違いはありませんでしょう? 私も貴方の正式な妻なのです。何の不都合があるとおっしゃるのですか?」

 お妃さまが詰め寄ると、ダシャラタ王はやっと口を開きました。

「わかった。ラーマもバラタも私にとっては目に入れても痛くない、愛しい子供達だ。そなたの望み通り、王位はバラタへ譲る事としよう。さあ、静まれ。バラタの即位式の準備をするのだ」

 ダシャラタ王は、お妃様を宥め、そしてお妃様の爪先に触れてから言葉を続けました。

「しかし、二つめの願いは一体どういう事なのか? ラーマが何をしたというのだ?」
「私の願いを叶えて下さるのですか? それとも約束を守らない不実な王として、名誉を汚すのですか? 偽善者の言葉など、聞きたくもありません」

 冷たく言い放つお妃様に対して返す言葉もなく、ダシャラタ王は、ラーマの追放を約束せざるを得ませんでした。
さっそくラーマを呼び寄せ、この事を告げることになりました。

 お妃様の部屋へやって来たラーマは、悲しみに打ちひしがれている父王と、怒りを顕わにしたお妃様を見て、何かが起きたことを察しました。

「父上、母上、いったいどうなさったのですか? 私に何かできることはありませんか?」

 これに対して、お妃様が答えました。

「ラーマ。王は私の願いを叶えて下さる事になったのですが、それが原因で貴方を傷つけるのではないかとお悩みなのです」
「母上、私は喜んでお二人の言いつけに従います。どうぞおっしゃってください」
「それは良かった。では言いましょう。私の一つめの願いは、わが息子バラタが王となる事。二つめの願いは、ラーマ、お前が14年間、国から追放されることなのです」

 お妃様の言葉を聞いたラーマはにっこりと微笑み、迷わずに答えました。

「畏まりました、母上。お望み通りに致します。きっと国の外で多くの事を学んで参りましょう」

2009/02/20

ラーマヤナ(7)・王位をめぐる物語・其の二

王位をめぐる物語・其の二

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<召使いの悪だくみ>

 さて、第ニ王妃は息子のバラタが双子王子のシャトルグナと一緒に自分の母国へ出かけているので、お付きの召使いにラーマ即位の喜びを語ろうとしました。
お祝いに召使いにも首飾りを贈ろうとしたところ、なんと召使いの老婆はその首飾りを投げ捨て、お妃様にこう告げたのです。

「何が喜ばしいものですか、お妃様! ラーマ様が王に成ろうと言うのに、バラタ様は新王に仕える僕同然ではないですか!」

 お妃様は、召使いに言葉に驚き、

「何と言う事を言うのです! 私にとってラーマもバラタも同じように愛しい王子です」

「お妃様、考えてみてください。どうしてバラタ様のお留守の間にラーマ様を即位させようとしているのでしょうか? ラーマ様が王に成れば、バラタ様が邪魔になるに違いありません。このまま国にお戻りになれないかもしれませんよ。もし戻ったしても、殺されてしまうかもしれません・・・」

「そんなことはありません。ラーマはその様な人間ではありません。私はよく存じています。ラーマはバラタをとても 可愛がっているのですよ」

 お妃様は召使いを嗜めましたが、召使いはなおも続けます。

「お妃様、ラーマ様が王に成れば、ラーマ様の母君が王母様に成るのですよ」

 この言葉が、お妃様の心を動かしました。
心の底に、第一王妃を羨む気持ちが少しだけ潜んでいたのです。

「お前の言う通りだわ」

 召使いはほくそえみました。

「それではお妃様、バラタ様を王位に就けるには、上手くやらなければなりません。覚えておいででしょう、王様が貴方様に『二つの願い』を下さった事を」

 お妃様は、はっと思い出しました。
そこで召使いとこっそり計画を立て、城内の「抗議の間」へ向かいました。
そこでお妃様は身に付けた腕輪や首飾りなどの宝飾品を取り外し、髪を振り乱して泣きわめき始めました。

 ダシャラタ王は、お妃様が「抗議の間」に居ると聞き、驚いて駆けつけました。
お妃様は涙を流し、床に突っ伏していました。
2009/02/19

ラーマヤナ(6)・王位をめぐる物語・其の一

王位をめぐる物語・其の一

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<国王の退位>

 アヨーディアでは、4王子の愛でたい御成婚の儀に数日間お祝いが続き、国中が華やかな雰囲気に包まれておりました。

 ひと月程過ぎたある朝、ダシャラタ王は身形を整える為に鏡を覗き込みましたところ、額の辺りに白髪が混じっているのに気づきました。
自分が年齢を重ねた事を感じ、ダシャラタ王は鏡に向かって呟きました。

「王よ、人生の日暮れが遣って来たようだ。我子に王位を譲り、瞑想に耽るべき時期だ。ラーマは立派に成長し、民から深く敬愛されているではないか。今こそ王位を退くときだ」

 ダシャラタ王は、さっそく聖仙ヴァシシュタの庵に出向き、自分の心中を話しました。

「それは4位お考えです。家臣達にも相談されるが良いでしょう」

 ダシャラタ王は家臣を集め、自分の真意を告げました。

「皆の物、承知の様に、私はもうずいぶん年老いた。そろそろ長男のラーマに王位を譲りたいと考えているのだが、どうだろうか」

 王さまの言葉に、家臣達は口を揃えて、異存無き事を伝えました。
家臣の同意を得て、王さまはラーマに譲位の決心を伝えました。

「息子よ。私は年老いてしまった。お前に王としての責務を譲る時が遣って来たようだ」

「仰せのままに、父上」

 頭を下げたラーマを、ダシャラタ王は、愛情込めて抱きしめました。
そして王さまは聖仙ヴァシシュタに即位の日取りについて尋ねました。

「明後日が即位の儀式にふさわしい日です」

 ラーマが即位するという知らせはあっという間に国民に広まりました。
知らせを受けた3人のお妃様は城の従者や僧侶達に宝石などのお祝いを贈り、喜びを分かち合いました。

 ラーマとシータは、即位の儀式を前に、聖仙ヴァシシュタを迎えて教えを乞いました。

「ヴァシシュタ様、私が為すべき事をお教え下さい」

「ラーマ王子よ。王は貴方が後継者として相応しいと認めたのです。これから即位の儀式までは、心安らかに、平静にお過ごしなさい」

 聖仙ヴァシシュタはそれだけを伝えると、庵へと戻って行きました。


2009/02/18

ラーマヤナ(5)・少年時代・其の三

少年時代・其の三

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<ラーマの結婚>

  ヴィデーハ国では、王女シータの結婚相手として相応しい男性を見つける為に、力くらべの儀式が開かれておりました。
ジャナカ王家には「シヴァ神の弓」と云われる強弓が伝わっており、この弓を引く事のできる者こそがシータの夫と成るべきである、とジャナカ王は宣言しておりました。

 宮廷には各地から力自慢の王子達が多数集まっていました。
ところが、どの王子も弓を引くどころか、持ち上げる事すらできません。
その様子を目にして、恥をかくことを恐れた王子の中には、試してみることもせずに宮廷を辞してしまう者もありました。

 誰一人として成功するものがなく、ジャナカ王は後悔の念を感じ始めました。
吾娘に立派な婿どのを迎えたいという一心で始めた儀式ですが、このままでは誰とも結婚する事ができなくなってしまいます。

「もうよい。自国へ帰られるがよい、王子達よ。シータを想うあまり、このような誓いを立てた私が愚かであった。シータは未婚のまま一生を終える運命にあるのかもしれない」

 力を落としたジャナカ王を、ラクシュマナがなだめました。

「どうぞ王さま、そのような事をおっしゃらないでください。どうぞ我兄ラーマが挑むことをお許しください。兄の手にかかれば喩えシヴァ神の弓であろうとも、軽々と引いてみせることでしょう」

 ラクシュマナの言葉を受けて、ラーマが前に進みました。幼さののこるラーマの姿を見て、シータの母であるお妃さまは不安を覚えました。
けれどもシータは、心のなかでシヴァ神に「どうぞ弓を軽くしてください」と祈っていました。

 ラーマはなんと軽々と弓を持ち上げ、その弦をぎゅっと引いてみせました。
皆が驚きで息を呑むなか、弓は大きな音を立て、真っ二つに折れてしまいました。

「おお、ラーマ王子よ! 私と吾娘の名誉をお守りくださった事、感謝致します!」

 シータが祝福の花輪をラーマの首に飾り、ラーマを夫として迎える意思を表しました。
すると神々が天から祝福の花を降り注ぎました。

「何と愛でたい事でしょう。急いでアヨーディヤへ知らせなければ」

 ヴィシュワミトラ様は、使いの者をアヨーディヤに向かわせました。
ダシャラタ王は、思いがけない報せにたいそう喜び、直ぐに第二王子のバラタと双子王子のシャトルグナを伴ってヴィデーハ国へお祝いに駆けつけました。

 ジャナカ王はラーマの父上を歓迎し、ラーマの他の3王子と他の姫達の結婚を提案しました。
ダシャラタ王は勿論その縁談を認め、盛大に4組の結婚式が執り行われる事と成りました。

 結婚式が終わると、王女達はたくさんの宝石や装飾品等の財産を持参して、王子達と一緒にアヨーディヤへと帰りました。

 アヨーディヤでは、お妃様が今か今かと待ちわびておりました。
4人の王子が、それぞれ美しい姫君を伴って戻ると、お妃さまは黄金のお盆にのせた花、お香、甘いお菓子の供物を与えて祝福しました。

2009/02/17

ラーマヤナ(4)・少年時代・其の二

少年時代・其の二

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<国境の悪魔退治>

 ある日の事、国の辺境に住む聖仙ヴィシュワミトラと聖仙ヴァシシュタがダシャラタ王の都アヨーディアへやって来ました。

「王よ。今日は頼みがあって参った。実は近ごろ、私達の庵の付近に悪魔が出没するようになったのだ。奴らは私達の祈りを妨げ、聖なる炎に屍など穢れたものを投げ込んで台無しにしてしまうので、途方にくれている。ぜひ力を貸して貰えぬか」
「心配はご無用です。私の兵士の手に掛かれば、悪魔など何でもありません。貴方様の頼みとあらば、私自身が出向いてもかまいません」

 ダシャラタ王は、快く答えました。

「否、折角だが、兵士達では役に立たないのだよ。ラーマ王子と、双子王子のラクシュマナを遣わしてもらえぬか」
「しかし、二人はまだまだ子どもです。何のお役に立ちましょうか」
「嫌だと言うのであれば、もう良い、頼まぬわ」

 困惑したダシャラタ王の答えに、聖仙ヴィシュワミトラはすっかり腹を立てて、帰ろうとしました。
しかし、聖仙ヴァシシュタが二人をとりなします。

「王よ。愛は盲目とはこの事だ。そのように過保護にならず、二人を遣わすがよい。きっと二人にとって良い試練になるに違いない」

 聖仙ヴァシシュタの言葉にダシャラタ王は心を動かされ、二人を辺境の庵へ遣る事にしました。

 王子達を連れて庵へ戻った聖仙ヴィシュワミトラは、祈りの儀式を執り行いました。
すると、ラーマ達の存在を知った悪魔が仲間をおおぜい連れて現れました。
何時もの様に動物の屍や骨を聖なる炎に投げ入れようとしますが、ラーマとラクシュマナが次々と放つ矢が炎を守り、汚物は跳ね返されてしまいます。
更に二人は見事に悪魔を射殺し、祈りの儀式を無事に終える事ができました。

 その数日後、聖仙ヴィシュワミトラはヴィデーハ国のジャナカ王から、王女シータの婿選びの儀式に招待されました。
聖仙ヴィシュワミトラは、ラーマとラクシュマナを連れて儀式に参列することにしました。

2009/02/16

ラーマヤナ(3)・少年時代・其の一

少年時代・其の一

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<4王子の誕生と成長>

昔々、インドのコーサラ国を治めるダシャラタ王が、その都アヨーディヤに居られました。
ダシャラタ王は、とても立派で勇敢なお方で、3人の美しく心やさしいお妃様達と共に国を治めていました。

 しかし、ダシャラタ王とお妃様達には、ひとつだけ悩み事がありました。
それは、まだ跡継ぎとなるべき王子に恵まれていなかった事です。
王様もお妃様も非常に信心深く、毎日ヒンズーの神々にお祈りを捧げていましたが、願いは叶わぬまま、お年を召されておりました。

困り果てたダシャラタ王は、聖仙ヴァシシュタにお伺いを立てました。

「ヴァシシュタ様、此の侭では、コーサラ国を継ぐものが無くなってしまいます。いったいどうすればよ
いのでしょう?」

「うむ。焦るでない。しかるべき儀式を執り行えば、必ずや跡取りに恵まれよう。シュリンギ様に頼むがよい」

ヴァシシュタ様に言われた通り、ダシャラタ王は聖仙シュリンギの庵を訪れました。
聖仙シュリンギは、ダシャラタ王の頼みを引き受け、火の儀式を行いました。
すると、燃えさかる炎の中から神様が姿を現したのです。

「王よ。そなたの願いは聞き入れられた。この壷を受け取りなさい。そのなかの供物を、妃達へ分け与えなさい」

3人のお妃様達は、ダシャラタ王の持ち帰った供物を頂きました。
やがて、第一王妃と第ニ王妃に男の子が一人ずつ、第三王妃には双子の男の子が授かりました。

4人の王子誕生に、城内はもちろん、国中が喜びに湧き、お祝いの祭りが何日も続きました。
一ヵ月後にはヴァシシュタ様によって、名付けの儀式が執り行われました。
第一王子はラーマ、第二王子はバラタ、双子の王子はラクシュマナとシャトルグナと名付けられました。

 王子達は王様とお妃様に愛され、すくすくと成長しました。
とりわけ第一王子のラーマはとても愛らしく、全ての人に愛されておりました。

王子達が少年になると、王様はヴァシシュタ様の庵に4人を預け、王子としての教育を施して貰うことに決めました。
愛する王子達」と離れるのは、ダシャラタ王にとっても、お妃様にとっても胸の痛むことですが、将来国を治める立派な人間となるためには避けて通れません。

 王子は皆、熱心に勉学に励みました。
聖仙ヴァシシュタは、神々の事、人間の性質の見分け方、宇宙の構成、両親や師を敬い、生き物を愛する事などさまざまな事を教えました。
最後に、聖仙ヴァシシュタは、王としての心得を説きました。

「王冠は偉大さの象徴ではなく、義務の象徴であると心得よ。人民の守護こそが王の役目である。又王は何時も公正で公平であらねばならない。そして人民の幸福と繁栄に努めねばならない。王が偉大であるのは、果たさねば成らぬ義務の重さ故なのだ」

 全ての教育が終わり、都アヨーディヤからお迎えの従者がやってきました。

「私の知識は全て貴方方に伝えました。私の教えを忘れる事なく、良き人間で在るべく、毎日努力するのだ。さあ、今こそ国へ帰り、両親によく仕えなさい。神々は何時も見守っておられる」

 ヴァシシュタ様の別れの言葉に、王子達は地に伏してヴァシシュタ様の爪先に触れ、お礼の言葉を述べて庵を去りました。

 王子帰国の報せを受けて、王も王妃も、胸を躍らせました。
ラーマを先頭に入城した王子達の立派に成長した姿を見て、とりわけ王妃様達は大喜びで歓喜の涙を流し、王子達を抱きしめました。

 帰国のお祝いが数日続いた後、王子達はダシャラタ王の政務を手伝い始めました。
取分け優秀で愛情深いラーマの様子に、王は大変満足しておりました。
2009/02/15

ラーマヤナ(2)

ラーマーヤナの粗筋

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 「ラーマーヤナ」は物凄く長い物語(大叙事詩)です。
詩聖ヴァールミーキの作と伝えられ、ヒンズーのヘロドトスと云われる彼は、インドの7人の高僧の一人であるナラナ師から口述されて、色々な物語を綴ったのです。
此処では、簡単に粗筋をご紹介します。

 ラーマはコーサラ国、ダシャラタ王の王子様。
国王の跡継ぎとして聖仙から教育を受け、成長して行きます。
年頃になったラーマは、ヴィデーハ国、ジャナカ王のお姫様、シータと結婚し、コーサラ国の国王となるはずでしたが、城内の召使いの陰謀によって城を追放されてしまいます。

 ラーマとシータ、そして弟のラクシュマナは追放されて、森の中で慎ましく生活して居ましたが、或る時、悪魔がシータを誘拐します。
ラーマはシータを救うべく、長い長い旅に出ます。(この部分で、魔王ラーヴェナとの戦いが、語られます)

 やっとの事、シータを救い出し、国に戻って王位に就いたラーマでしたが、国民の間で王妃シータの貞節を疑う心無い噂が流れます。
ラーマは苦渋の決断をし、シータを城から追放します。

 その時既にラーマの子を身籠っていたシータは、森の中で聖仙の保護の基、双子の王子を出産します。
双子の王子は聖仙の教育を受けて成長します。
ラーマはコーサラ国の平安を祈願して、馬の供犠祭を行います。
生贄の馬を国に放ち、十分駆け回らせた後に捕らえて、神に捧げるのですが、その馬を双子の王子が捕まえてしまいます。

 大事な生贄の馬なので、直ちに解き放つよう、従者が言いますが、双子の王子は自分達の物だと言い張って聞きません。
やむを得ず、王の従者と双子の王子の間で矢を射掛け合う闘いとなるのですが、双子王子の技にかなう物はありません。

 話を聞いたラーマが駆けつけ、我が子であることを察します。
しかし、再度シータに貞節の疑いを問いただしたところ、シータは神の裁きを求めます。
神様はシータの貞節を認め、真っ二つに割れた大地にシータを迎え入れます。

 シータを失ったラーマは悲しみに沈み、静かな死を迎えるのでした。


2009/02/14

ラーマヤナ (1)

ラーマーヤナ?

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 「ラーマーヤナ」昔何処かで聞いた事、ある様な・・・・?
遥かなる昔、悠久の大地インドで創られた、とても有名な物語(神話)です。
高校生の時に世界史を学んだ方は、「インド二大古典叙事詩は、ラーマーヤナとマハーバーラタ」と暗記したのではないでしょうか?

 簡単に申しますと、ラーマと云う名前の王子様の物語で、ラ―マがどの様に生まれ、如何に成長し、如何に妻を迎え、そして死んでいったか、そういう物語です。

 かくいう私も、全く違う分野の知識(古代大陸、オーパーツ、アニメ等)が先行し、本来この物語について、正しい知識を持ち合わせていませんでした。
が、インドの文化にも興味を持ち始めた学生時代、その神話をモチーフにした古典舞踊や演劇が非常に多いことに気づきました。
成る程、それならばインドの神話を読めばもっと理解が深まるに違いない、インドと云えば、「ニ大古典叙事詩」、と思ったのです。

 処がです!

 なんと!! 当時(1980年代)は、日本語の翻訳が非常に少ない!!

超抄訳だったり、丁寧な翻訳でも物語のあまりに長さゆえか、訳者が翻訳の途中でお亡くなりになっていたりする!! 
(更に原文が、サンスクリット語なので、他国言語に翻訳不可能な表現迄存在する!)

 一機に奈落の底に落ちて行く所でしたが、当時、私の友人が、インドに行く(!)事になり、現地で「ラーマーヤナ英語絵本」を見つけてくれたのです。
之が、子ども向けの絵本なので(当然英語!)辞書を片手に、読んで行くと大変判り易く、楽しい。
当に、「日本むかしばなし」のインド版感覚。
 
 此処では、「ラーマーヤナ英語絵本」を基本にした、お話をご紹介しようと思います。
但し、「インドの昔話」として読んでいただければ幸いです。
そんな訳で、私にはサンスクリット語(文学)の知識も、ヒンドゥー教の知識も乏しいので、専門的なつっこみは、ご容赦ください。

では、明日より「ラーマヤナ」をご紹介致します。
2009/02/13

ギリシア神話XXX・カリス(三美神)

カリス(三美神)

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<天上の舞姫>

  美しき水の女神エウリュノメがゼウスと愛を交わして生んだ、世にも優しく愛らしい三姉妹です。
彼女達は、美や愛嬌、優雅といった性質の体現者であり、当然の成行として美と愛の大女神アプロディテに忠実な侍女として仕えています。
女主人の世話以外の主な仕事は、ゼウスの宮殿で神々の宴会が催された際に舞姫となり、アポロンの竪琴やムーサ達の歌に合わせて優美な輪舞を披露して列席する神々の心を楽しませる事。

 この輪舞の姿が、所謂「三美神」として知られる図像で、両端の2人が前を向き、中央の1人は鑑賞者に背を向けたポーズで描かれます。
よく「3人で理想的女性の徳目である愛・純潔・美を象徴する」等と言われますが、それはあくまで芸術作品の中だけの話。
ギリシア神話のカリス達には、そのような区別はありません。
 
<異説だらけの女神達>

 ギリシア神話に「矛盾する異説」は付き物ですが、カリスの人数や個人名、その両親については取分け沢山の伝承があります。
一応「ゼウスとエウリュノメの娘で、人数は3人、名前はアグライア・エウプロシュネ・タレイア」というヘシオドス説が最もよく知られていますが、幾つかの叙事詩ではカリス達は、ヘラの娘であるとされています。
ホメロスの『イリアス』ではカリスの1人としてパシテアの名前が挙げられており、クイントゥスの『トロイア戦記』では、このパシテアと結婚したことで眠りの神ヒュプノスはヘラの娘婿となったと歌われています。
又コルートスの『ヘレネー誘拐』に於いても、ヘラはカリス達の聖なる母であると言われています。

 又それ以外にも、地方限定ものとして「クレタとパエンナの2人」というラコニア説や「アウクソとヘゲモネの2人」というアテナイ説などがあり、本当にうんざりするほど多種多様なのですが、はっきり言って重要度の低い女神達のこんなローカル説まで追究してもキリがない上に不毛というもの。
ヘシオドス説さえ知っておけばギリシア神話を読む上で困ることはありません。
余力があればヘラの娘説まで合わせて押さえておけば十分でしょう。
2009/02/12

ギリシア神話XXⅨ・ヘスベリス達

ヘスベリス達

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<麗しき宝の番人達>

  昔々、陽の沈みゆく彼方、世界の西の果てにある小さくも美しい楽園に、それはそれは愛らしい3人の乙女達が住んでいました。
彼女達は、ヘスペリスと呼ばれる黄昏の女神たち、園のすぐ傍らで天空を支えている巨神アトラスの娘神でした。

  他の神々から遠く離れた孤独な暮らしではありましたが、彼女達は別に淋しいとも思わず、楽しく毎日を送っていました。
何故なら姉妹3人常に一緒ですし、可愛いペットも居ますし、それに神々から賜った大切な使命もあったからです。
その使命とは、神々の女王ヘラの宝物である「黄金の林檎の木」の世話をし、その貴い果実を不埒者に奪われないようしっかりと護ることです。
この木はヘラが夫君ゼウスと結婚した折に祖母のガイア女神から贈られた記念の品で、これを大変気に入った女神は自分の所有地であるこの極西の楽園に植え、ヘスペリス断ちと竜のラドンに守護を命じたのでした。

  守るといってもヘスペリス達は、か弱い娘の身ですから、実際の用心棒役はラドンがしてくれます。100の頭を持つと言われる恐ろしい猛竜も乙女達にとっては頼もしい仕事仲間であり、人跡絶えた僻地に暮らす大事な共同生活者。
宝樹の幹に巻きついたラドンを囲んで、世にも美しい澄んだ声で歌いながら輪舞を踊るのが彼女達の日課となっていきました。

  しかし、彼女達やラドンの努力にも関わらず、この宝はいずれ必ずや奪われてしまう運命でした。「いつかゼウスの息子がやってきてこの木から黄金の輝きを奪うだろう」という予言が女神テミスより下されていたのです。
それを知っていたアトラスは、女怪メドゥーサを退治してギリシアに戻る途中だった英雄ペルセウスがヘスペリデスの園で少し休ませてほしいと乞うてきた時、さてはこれがかの「ゼウスの息子」かと疑って手荒く追い払おうとしたため、怒った彼にメドゥーサの首を突きつけられて岩山に変えられてしまいました。
これが現在のアトラス山脈であると言われています。

  しかし予言が指していた「ゼウスの息子」とは実はペルセウスの事ではなく、彼の曾孫に当たる大英雄ヘラクレスだったのです。
名高い「12の難業」の11番目として「ヘスペリデスの園より黄金の林檎を取って参れ」と命ぜられた彼は、散々な苦労の果てにこの秘苑を探し当て、乙女の眼には凶暴な修羅としか見えない猛々しい姿で乗り込んでくると、威嚇を発したラドンを一矢のもとに射斃し、響き渡る悲鳴にも構わずきらめく果実をもぎ取って行ってしまいました。

  台風一過の園に残されたヘスペリス達は、無惨にも討たれてしまったラドンの傍らでその死を悲しみ、女神の宝が奪われたことを嘆いてヘラクレスを人でなしと罵るしかありませんでした。
後日アテナによって林檎が無事返却された為、嘆きの種は1つ減りましたが、心優しき乙女たちの胸に刻まれたもう1つの傷――すなわち、共に林檎を守った友の死という悲しみは何時までも癒されなかった事でしょう。
2009/02/11

ギリシア神話XXⅧ・プレイアス達(そのⅡ)

プレイアス達(そのⅡ)

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【マイア】

 昴の女神プレイアス達の長女で、7人姉妹の中で最も美しい。
アルカディアのキュレネ山に1人で住んでいた頃、ゼウスの寵愛を受けて伝令神ヘルメスを生んだ。
ヘラから妾女と敵視されながらも実害は被らなかった幸運者で、彼女よりずっと不幸だったゼウスの愛人カリストの息子アルカスをヘルメスから預かり、母親代わりとして育て上げました。
5月を表す May(ラテン語ではMaius)は、彼女の名に因んでヘルメスが、命名したとも、伝えられています。
            
【エレクトラ】 

 サモトラケ島に住んでいた。
ゼウスに愛され、ダルダノス、イアシオン、エマティオンという3人の息子を生みます。
ダルダノスはトロイア王家の祖となり、イアシオンは女神デメテルと交わって富の神プルトスの父となり、エマティオンはサモトラケ島の王となりました。

 又一説によれば、テバイ王家の祖となった調和の女神ハルモニアを生んだ(普通ハルモニアはアレスとアプロディテの娘とされる)とも言われますが、単に子育てを放棄した実母アプロディテから彼女を預かって養育しただけという説もあります。
後には姉妹達と伴に昇天し星になったが、トロイア戦争によってトロイアが壊滅し、息子の血を引いた王家が滅ぼされたのを見ると、悲嘆のあまり彗星となって天から姿を消したと伝えられます。
            
【タユゲテ】
            
 タユゲトス山脈に住んでいた。
ゼウスに愛され、スパルタ王家の祖にしてラケダイモンの地の名祖となった息子ラケダイモンを生みました。
一説によると、父神が彼女を追い回すのを不快に思ったアルテミスが、彼女を黄金の角を持つ雌鹿(いわゆるケリュネイアの雌鹿)に変えたと云われます。
            
【ケライノ】

 ポセイドンの愛人となり、息子のリュコスを生んだ。
ポセイドンは、この息子を愛し、死後の楽園である至福者の島に住まわせました。
            
【アルキュオネ】
            
 ケライノの後にポセイドンの愛人となり、ヒュリエウスとヒュペレノルという2人の息子とアイトゥーサという娘を生みました。
            
【ステロペ】

 軍神アレスと床をともにしてピサ王オイノマオスを生みました。
           
【メロペ】

 姉妹の中で唯一、死すべき人間であるコリントス王シシュポスに嫁いで息子グラウコスを生みました。
しかし夫のシシュポスは、ゼウスがアソポス河神の娘アイギナを拉致して手籠めにしたという秘密を河神に密告したり、死を免れようとして死神タナトスを縛り上げ投獄したりする狡猾な悪人で、女神の夫たるにふさわしい人格者ではなかったのです。
 
 いよいよ冥府に下らなければならない時が来ても、彼はまだ観念せず、妻のメロペに「決して葬儀を行うな。供物も捧げてはならぬ」と命じて逝きました。
何時まで経っても遺体を埋葬しようとしないメロペに対して、冥王夫妻が「死者への礼を欠いている」と立腹すると、シシュポスは 「葬儀を出してくれるよう妻に頼みに行きたい」と言葉巧みに嘆願し現世に帰還。

 そのまま何事もなかったかのように地上に居座り、まんまと長寿を全うした。
しかし当然ながら神々の怒りは激しく、再び冥府に戻った彼は、有無を言わさずタルタロスに突き落とされて永遠の苦役を課したのです。
メロペは姉妹達と伴に星になったが、女神で有りながらそんな夫を持った恥ずかしさに耐えきれず、天から姿を消してしまったと云われます。
            
2009/02/10

ギリシア神話XXⅦ・冥府の渡し守

冥府の渡し守・カロン

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<冥府・第一の関門>

  ギリシアに於ける、三途の川として有名なステュクス河。
この畏るべき流れに獣皮を縫い合わせた小舟を浮かべ、毎日無数の死者の霊を此岸から彼岸へと運んでいるのが渡し守のカロンです。
冥府のある地下の暗域を司る神エレボスと夜の女神ニュクスとの間に生まれた彼は、生まれながらに老いた姿をしています。
顎は灰色の髭で覆われ、身にまとうのは汚れたボロ衣。
とは言え、神の身ですから、見かけによらずパワフルで精気に溢れ、声も大きければ気性も荒く、双眸は火を噴かんばかりに輝いています。

  残酷にして無情な彼は河岸で亡者を厳しく選別し、条件を満たさない霊は断固として舟に乗せようとはしません。
無事あの世へ渡してもらえる者の条件とは「死後、口の中に河の渡し賃として支払うべき1オボロス貨幣を入れてもらった状態で墓に埋葬された者」で或る事です。
この1オボロスを持たない死者は、哀れこの世にもあの世にも属さぬ存在として、100年間ステュクスの岸を彷徨った後でないと舟に乗ることができません。
しかるべき作法に則って死者を弔うことは、その人の死出の旅の支度を整えてやるという意味を持つ大変重要な儀式なのです。
 
<乗船者達色々>

  中には特殊な意図をもって生きながら冥府を訪れた勇気(?)ある冒険者達も居ました。
それでも普通なら「わしゃ生きてる奴は運ばん! とっとと帰れ!」の一言で門前払いを食わせるカロンですが、以下の6名だけはそれぞれの事情から例外的に舟に乗せてやりました。

■英雄テセウスとペイリトオス
→冥府を訪れたのは、冥府の女王ペルセポネを奪ってペイリトオスの妻にしようとした為。
どうやってステュクスを渡ったのかは不明だが、おそらく2人がかりでカロンを脅して無理矢理乗船したか、あるいは策略をもってカロンを誘い出し、空になった舟を乗っ取ったものと思われる。

■英雄ヘラクレス
→冥府を訪れたのは、ミュケナイ王エウリュステウスの命じた「冥府の番犬ケルベロスを地上に連れてくる」という難業を果たす為。
霊魂導師ヘルメスが付き添っていたにも関わらず、カロンは英雄の渡河を拒んだが、憤怒の形相もの凄いヘラクレスに力ずくで打ち負かされ出航させられた。
カロンはこの件で冥王ハデスに罰され、1年間鎖につながれる羽目になる。

■詩人オルペウス
→冥府を訪れたのは、新婚早々毒蛇に噛まれて生命を落とした、最愛の妻エウリュディケを甦らせてほしいと冥王に嘆願する為。
ムーサの子である彼の奏でる琴の妙音と哀切きわまる歌声に魅了されたカロンは、乞われるがままに舟を出したばかりか、ハデスの館でもっとその歌を聴こうと彼の後に憑いていった。

■英雄アイネイアス
→冥府を訪れたのは、極楽エリュシオンに住まう亡き父アンキセスの霊を訪ねて、未来の事柄を聞かせてもらう為。
クマエの巫女シビュラの導きを受け、ペルセポネに捧げる聖なる黄金の小枝を持って冥府に下り、カロンにそれを示すと、彼は久しく目にしていなかった女王への尊い贈り物に喜び、機嫌良く舟を出した。

■愛の神エロスの妻プシュケ
→冥府を訪れたのは、ペルセポネの美を少し小箱に詰めてもらって姑アプロディテの許へ持ち帰る為(女神はそれを自分の化粧に用いようとした)。
死の国へ赴く為、高い塔から飛び降り自殺しようとした、プシュケを止めた塔自身の助言により、口の中に渡し賃の貨幣を2枚含み、1枚を行きに、もう1枚を帰りに、カロン自身の手で取らせて無事ステュクスを往復した。

――こうしてみると、なかなか多彩なやり方があるものです。
普通の人間がやるにはプシュケ式が一番無難でしょうね。
VIP待遇で冥府を旅したいという方にはアイネイアス式がお勧め。
また歌が得意な方はオルペウス式で、腕に自信のある方はヘラクレス式で是非どうぞ!
2009/02/09

ギリシア神話XXⅥ・神々の女王(ヘラそのⅢ)

神々の女王 ヘラ(そのⅢ)

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<失望を越えて甦る愛>

  どんなに浮気されても自らは,夫ゼウスを一途に愛する貞潔なヘラですが、それでもいい加減堪忍袋の緒が切れることもあります。
有る時、度重なる裏切りにほとほと愛想が尽きたヘラはオリュンポスのゼウスの宮殿を飛び出し、自分の所有地であるエウボイア島に引き籠もってしまいました。
驚いたゼウスが当時賢明の誉れ高かったプラタイアイの王キタイロンに相談すると、彼はしばらく思案した後、こう言いました。

「女性の彫像(木像)を準備すること、次にその彫像(木像)に綺麗な衣裳を着せてヴェールをかぶせ、馬車に乗せて、練り歩く。」

  その名案に、同意したゼウスは、準備を整え、言われた通りの行列がプラタイアイを練り歩きました。

「祝福あれ!」
「新たなお妃様のお輿入に祝福を!」
「ヘラ様に去られて、お独り身のゼウス様が、新しい方をお迎えになった!」
「アソポス河神の娘御のプラタイア様、この方が新しい天界の女王なり!」

  こんなお祭り騒ぎが、プラタイアイの近くにある、エウボイア島に居た女神の耳に入らないはずがありません。
新しいゼウスの妃、という言葉に我を忘れたヘラは、プラタイアイに駆けつけ、馬車に飛びかかると怒りにまかせて花嫁のヴェールを引きちぎりました。

「汝がゼウスの新しい妃か?」

  しかし、そこに有るのは、綺麗に着飾った、彫像(木造)。
自分を連れ戻すために夫が仕掛けた小細工にまんまと釣られたことを知ってヘラは、ゼウスと伴にオリュンポスへ帰ったのでした。
結局、どんなに浮気に悩まされてもヘラはゼウスから離れられず、どんなに嫉妬に手を焼いてもゼウスはヘラを手放せないのですね。
ちなみに、この二神の愉快な和解を記念して、プラタイアイでは6年(年数については諸説あり)に1度、花嫁姿の木像を車に乗せて練り歩く「ダイダロスの祭」が開かれるようになったそうです。

  ヘラは毎年春になると、自分の支配するアルゴリス地方のナウプリアにあるカナトスの泉で沐浴し、苛立ちも疲れも老いもすべて洗い流して処女に還ります。
乙女ヘラは本来の輝かしい美しさを取り戻しているため(きっと娘のヘベと双子のように瓜二つでしょう)、それを見たゼウスの胸にも結婚当初の激しい憧れが甦り、このときだけは他の女に目もくれず熱烈に彼女の愛を求めるのでした。
こうしてヘラは再びゼウスと結婚し、やがてまた不実に怒り、嘆きます。

  初々しい乙女-満たされた妻-孤独な寡婦の三相を繰り返すヘラ、その循環に従って、ゼウスとの結婚生活もまた紆余曲折を経ながら永遠に続いていくのです。

ヘラ・終わり。
2009/02/08

ギリシア神話XXⅤ・神々の女王 ヘラ(そのⅡ)

神々の女王 ヘラ(そのⅡ)

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<悩み尽きせぬ日々>
 
ヘラの心を最初に騒がせたのは、彼女と保々同時期かそれよりも少し前にゼウスの寵愛を受けていた愛人のレトでした。

  結婚後、ヘラは男2人女3人、計5人の子供を生んでいました(争いの女神エリスを抜いて4人という説もあります)が、息子の1人ヘパイストスはひどく醜い姿をしていたため、恥じたヘラはこの失敗をなかったことにするべく彼を下界へ投げ捨ててしまいました。
もう1人の息子アレスは大変な美男でしたが、優れているのは外見だけで粗暴な荒くれ者。
娘の青春の女神ヘベと出産の女神エイレイテュイアは女神としては可もなく不可もなし。
エリスは女版アレスですから話になりません。
誇り高い彼女の自慢の種になるような優れた子供は残念ながら授かりませんでした。

  心中ひそかにがっかりしたであろう女神の耳に追い打ちをかけるように飛び込んできたのが、「ゼウスの愛を受けたレトが生む双子は神々の中でも最も輝かしい神となる」という衝撃的な予言でした。
ヘラは焦り、妃である自分の子よりも愛人の子の方が優秀だなんて、女王のメンツ丸つぶれではありませんか。
レトは既に臨月も間近。絶対に生ませてはならない!と思ったヘラは、全世界に次のような厳命を下しました。

「今まで一度でも陽光が照ったことのある土地は、レトに出産の場を提供してはなりません!」

  哀れ、レトは重いお腹を抱えて産所となる場所を探し回りますが、土地そのものに拒まれ追い立てられて一向に出産することができません。
女神の辛い放浪は、長く続きましたが、あまりの苦境を見かねたポセイドンがそれまで海中を漂っていた岩塊を波の上に引き出して島となし、ご丁寧に波のドームで覆って「一度も日の光を浴びたことのない土地」を作ってくれたおかげで、ようやく身を落ち着かせることができました(これが有名なデロス島です)。

  しかし、恋敵が禁令をかいくぐって首尾よく産所を得たと知ると、ヘラはすかさず奥の手に出ました。結婚と出産は他ならぬ彼女の守備範囲ですから、安産を許すも難産で苦しめるも我が意のまま。
娘である出産の女神エイレイテュイアにレトのお産のことを知らせず、自分の手元に引き留めて、産気づいたレトを9日9晩放っておいたのです。
酷い陣痛に苛まれ続けたレトはもう息も絶え絶え、彼女の身を案じてデロス島に集まっていた女神たちが一計を案じ、虹の女神イリスを遣わしてエイレイテュイアに事情を知らせ、ヘラに気づかれないようこっそり連れてきてくれたので、何とかアポロンとアルテミスを生み落とすことができましたが、彼女達の助けがなければいったいどうなっていた事でしょう。

  これを皮切りにヘラは、夫が次々にこしらえる愛人とその子供に過敏に反応して迫害を加え始めます。
とりわけ強烈な武勇伝をいくつか挙げてみましょう。

■リビアの女王ラミアがゼウスとの間に大勢の子をもうけたとき
→子供たちを母親の手から奪って皆殺し(娘1人は生き残り初代シビュラになったという説もある)。悲嘆のあまり発狂したラミアは他人の子を誘拐して貪り食う悪鬼と化してしまった。ちなみにラミアはポセイドンの娘でヘラの姪に当たる。

■テバイの王女セメレが酒神ディオニュソスを身籠もったとき
→セメレの乳母に化けて近づき、「あなたのもとに通ってくる男は本当にゼウス様でしょうか? 念のため、神様としての偉大なお姿をありのままに見せていただいた方がよろしいのでは」と心配げな顔で丸め込む。騙されたセメレは正体を見せてくれるようゼウスに頼み、断りきれなかった彼が身にまとった雷に撃たれて即死。母の亡いディオニュソスを養育しようとした叔母夫婦を発狂させて家庭をブチ壊し、ディオニュソス本人にも狂気を吹き込むなど散々な目に遭わせた。ちなみにセメレはアレスの孫娘でヘラの曾孫に当たる。

■ペルセウスの孫娘アルクメネが最強の英雄ヘラクレスを身籠もったとき
→「次に生まれるペルセウスの子孫は全アルゴスの王となる」というゼウスの予言を聞くやいなや、再びエイレイテュイアを使って彼の誕生を妨害し、別のペルセウスの子孫エウリュステウスを先に誕生させて運命をすりかえる。さらに生まれた英雄を殺害すべく、ゆりかごに2匹の毒蛇を送り込んだ。この危機を乗り越えた英雄が長じて結婚すると彼を発狂させ、妻子を殺害させて家庭崩壊に追い込み、正気に返って贖罪を乞い願う英雄をエウリュステウス王の奴隷にして「12の難業」と呼ばれる無理難題を吹っかけ、更にこの難業の遂行中にもさまざまな妨害を企てて彼を苦しめ続けた。

  ――いやはや、女神の憎しみを買うというのは実に恐ろしいことですね。

 さて、これらの所業を見て「ほら、やっぱりひどい女じゃないか」と思うのは簡単ですが、少し立ち止まって考えてみましょう。
本当にヘラは単なるヤキモチから、一方的に非道な嫌がらせを加えているのでしょうか?
彼女は結婚の女神ですから、あらゆる夫婦の結びつき、とりわけ妻の権利を保護する義務があります。
それは他人の物でも自分の物でも同様です。
そして一夫一婦制の社会では「既婚の男性と床をともにして子供を生む」というのは彼の妻である女性の権利です。

  ならば、既婚者であるゼウスと床をともにしてその子を生んだ女は、ヘラ個人の妻としての権利を踏みにじったばかりか、それを保護する結婚の守護神としてのヘラに対しても罪を犯した女ということになります。
神々に対して罪を犯した者ならば罰を受けるのが当たり前で、その罰が目を覆うばかりに酷いものであるのもギリシア神話ではよくある話で、ヘラが特別な訳ではありません。

  自らは処女を誓っていたのにゼウスに力ずくで純潔を奪われてしまったカリストのように、たとえゼウスとの関係が女の望みによるものではなく暴力の結果であったとしても、ヘラの臥所を汚したという事実は変わりませんから容赦はありません。
情状酌量が殆んど無いのもギリシア神話の特徴の1つで、被害者の乙女は慈悲を乞う言葉もむなしく、美しかった姿を毛むくじゃらの熊に変えられてしまいました。

  罰された女達が哀れなのは間違いありませんが、その哀れさに誤魔化されて彼女達の罪を見逃してしまうのでは片手落ちです。
そもそも夫を寝取られたヘラこそ被害者なのですし、婚姻の掟を破るふしだらな者に罰を下すのも職務上当然のことですから文句を言われる筋合いなどありません。
例えば、人間の分際で死者を蘇らせた医師アスクレピオスを「死の世界の秩序を乱し、冥王の権利を侵害した者」として訴え、ゼウスに雷で撃ち殺させたハデスを「何て心の狭い神だ」と笑いますか? ヘラの場合もそれと同じことです。

続く
2009/02/07

ギリシア神話XXⅣ・神々の女王 ヘラ(そのⅠ)

神々の女王 ヘラ(そのⅠ)

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<イメージ的に不幸な女神>

  ヘラ女神と云えば世にも美しく気高いゼウスの姉にして妃、女神達の女王で、愛し合う夫婦の末永い幸福を護り、身籠もった妻には特に厚い加護を垂れる心優しき結婚の女神……というイメージが真っ先に出てくる方というのは、いったいどれくらいいらっしゃるのでしょう?
普通は「始終ダンナの浮気に目くじら立てて、相手の女と産まれた子供をこっぴどく苛む嫉妬の鬼」とか「キレイかもしれないけどあの性格じゃ浮気されたってしょうがない。気が強くて口うるさい鬼嫁」と云う様な余り芳しからぬ印象の方が先に立ちがちです。

  しかし本当にそうでしょうか、彼女はそんなにひどい妻なのでしょうか? というわけで、そういう先入観を取り去ったヘラの素顔を、その結婚生活を中心におさらいしてみることに致しましょう。
最も、それによって良からぬ印象が、拭い去られるか否かは人それぞれですが。
 
<父に虐待された娘から神々の女王へ>

  ヘラは神々の2代目の王クロノスと妃レアの娘、恐らくは三女としてサモス島で生まれました。
しかし失脚の不安ゆえに我が子を疎んじる父クロノスに忽ち呑み込まれてしまいます(異説ではヘラは呑み込まれず、弟ゼウスを母レアから預かって養育したとか言われますが、一般的ではありません)。

  父の腹中には先に呑み込まれていた2人の姉ヘスティアとデメテルが居ました。
更に後から2人の弟ハデスとポセイドンも呑み込まれてきて、ヘラはこれら4人の姉弟達と供に忌まわしい肉の牢獄で数年を過ごします(消化吸収されなかったのかという素朴な疑問に対しては、これでも不死なる神々ですからとお答えしておきましょう)。
ある日、何か大きなものがクロノスの喉を通ってくる気配がしました。
ああ、また新しい弟か妹が不幸な我々の仲間入りをしたのか……と嘆息した5人の前に落ちてきたのは、何と産着に包れた赤ん坊位の大きさの石。

  それからまたしばらく経ったある日、今度は何やらあやしげな液体がどっと胃の腑に流れ込んできました。
父の胃の腑が激しく波打ち、凄まじい逆流が起こって、中にいた彼らは外の世界へ放り出されまた。先日落ちてきたばかりの石を先頭にして、呑み込まれたのとは逆の順で吐き出されたのです。
久々に仰いだ太陽の光。その中にヘラが見たものは、四つん這いになって苦しむ父と、それはそれは逞しく凛々しい姿をした若い男神でした。
彼はあっという間に駆け寄ってくると、苦悶するクロノスを尻目に5人を連れ去ってしまいます。

  これこそ例の石を身代わりとして父の魔手から逃れ得た彼らの末弟ゼウスでした。
極秘裡に育てられ無事成人したゼウスは、兄姉達が父の腹中に囚われているという話を聞き、策を弄して父に催吐薬を飲ませ5人を助けだしたのです。
ゼウス達はオリュンポス山に立てこもり、来るべき父からの攻撃に備えました。
クロノスも自らの兄姉ティタン神族を召集してオトリュス山に陣取り、我が子らに戦いを仕掛けました。

 ティタノマキア(タイタン戦争)の勃発です。
しかしこの戦争中、何故かヘラだけは彼女を保護しようとした母レアによって中立を守る大洋神オケアノス・テテュス夫妻のもとへ預けられました。
世界の果てにある館で懇ろに養われた彼女は光り輝くばかりの美少女に成長します。
その美しさは、世界に並ぶ者もなく、いずれ劣らぬ器量自慢の女神達でさえ、その前では顔色を失うほど。
ティタノマキアが終結して、オリュンポスに帰還したこの類い希な乙女に目を付けたのが、他ならぬ弟のゼウスでした。

  久しぶりに見た姉に一目惚れした彼は熱烈な求愛を開始しました。
しかし美しいだけに気位も高く、身持ちも堅いヘラはそう簡単には靡きません。
生命の恩人であり、今や神々の王ともなった我が弟ゼウスの愛を受け入れない理由はただ1つ。
彼には既にテミス女神という妻がいたからです。

  ヘラは結婚の女神としての職掌を授かっている身です。
その結婚の女神が不義を働き、ゼウスの妾になるなど、到底肯んじられる話ではありません。
彼女は断固として主張します。

「それならわたくしを正式な妃にしてくださいませ。でなければお断りですわ」

  允にその意志は固く、苛立ったゼウスが、彼女の愛鳥カッコウに化けて近づき、油断させた上で力ずくで犯そうとしたときにも、「妃にしてくださらないのなら絶対嫌!」と女の細腕で拒み通して、遂にゼウスの正妻の座を勝ち取ることに成功してしまいました。

  ゼウスが姉のヘラを自らの正妻、神々の女王に定めたという噂はあっという間に世界に広まり、盛大に祝われた2人の結婚式にはあらゆる神々が贈り物を持ってやってきました。
中でもとりわけ花嫁を喜ばせたのが、祖母である大地の女神ガイアから贈られた黄金の林檎の木です。
その燦然たる輝きに感動したヘラはこれを世界の西の果てにある楽園に植え、そこに住む黄昏の乙女ヘスペリス達と竜のラドンに守護を命じました。
しかしながら、その宝の樹よりももっと美しかったのが、神々の王を夫に得て世界中の祝福を一身に集めた当の花嫁自身です。
ただでさえこの世で最も美しい女神と称えられるヘラですから、真にこの日は太陽よりもまぶしく揺るぎない幸福に輝いていたことでしょう。

  しかし、よく考えればこの結婚、疑いようもなく略奪愛です。
それまでゼウスの妻であったテミスは何の非もないのに、後から現れたヘラによってその座を追われたわけですから。
最も、テミスが賢明に身を処してゼウスともヘラとも非常に穏便な関係を保ったため、無様な醜聞にはなりませんでした。
既に妻がいる男の愛人になるという不名誉を免れるために妻と離婚させてその後釜に座る、というのは結婚の女神として許されることなのでしょうか?
残念ながらやはり宜しくなかった様で、きっちりと報いは下りました。
そもそも妻子持ちでありながら、他の女に手を出すような男を夫に持っても、幸せな結婚生活を営めるはずがないのです。

続く
2009/02/06

ギリシア神話XXⅢ・セレネ

セレネ

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<夜天を統べる聖なる女王> 

 漆黒の夜空に無数の星々を従え、燦然ときらめいて君臨する黄金の月。
日ごとに形を変えながらも美しさには変わりがなく、優しく下界を照らして悪しき闇を払う――その気高い輝きに古代の人々は神の姿を見たものでした。

  ギリシア神話における月神は女神で、その名をセレネといいます(メーネと呼ばれることもあります)。
その姿は、まばゆい光を放つ黄金の冠を戴き、きらきらと輝く裾長の衣裳を身にまとい、背には長い翼を持った絶世の美女として描かれます。
彼女は毎夜、兄である太陽神ヘリオスの後を受け、2頭の白馬に牽かせた黄金の戦車を駆って天空を馳せ行きます。
そして暁方になると、東の空に薔薇色の光を放って輝き出る妹のエオスと入れ替わるように西の海に沈みます。

  ヘリオスが昼の世界で起こることすべてを見張っているのと同様に、セレネは夜の世界の監視者です。
彼女の光のお陰で旅人は道に迷わずに済み、悪事を働かんとする者は見顕され、夜間の安全が保たれるのです。
 
<月の恋物語>

  文字通り輝くばかりの美貌の持ち主であり、しかも独り身であったにもかかわらず、セレネはさほど恋多き女神ではありませんでした。
彼女が関係を持った相手として名を挙げられるのは、まず実兄のヘリオスです。
職務柄すれ違いばかりのこの兄妹がいつ共寝の機会を持ったのかは謎ですが、2人の間には四季を司る女神ホーラたちが生まれました。
又、美女に目がない天空の王ゼウスも彼女に恋し、臥所を共にしてパンディア、ヘルセ、そしてネメアという名の娘をも享けたと言われています。
しかし、これが三姉妹を生んだということを意味するのか、それとも単に1人の娘がパンディア・ヘルセ・ネメアという3つの名で呼ばれただけなのかは明らかではありません。
この中で最も有名なのはパンディアで、彼女は天界の女神達の中でも一際優れた美女であったと言われています。

  他には、牧神パンに恋い焦がれられたこともありました。
パンは美しい雪白の羊毛皮を贈って彼女の気を引き、森の中に誘って想いを遂げました。
ギリシア神話としては珍しいことに、2人の間には子供が生まれなかったようです。

  さて、これら3人の男神との情事においては、セレネ自身が相手に恋をしていたという気配は希薄です。
特にゼウスやパンの場合は、明らかに男神の側からの誘いかけによるもの。
よそからの光を受けて初めて輝く月そのままに、セレネの恋は受動的です。

  しかしそんな彼女が唯一、自分から熱烈に愛した相手がいました。
その名はエンデュミオン――ゼウスの孫に当たる大変美しい青年です。
在る時、彼はゼウスから「このまま生きて死ぬか、不老不死となって永遠に眠り続けるか、好きな方を選ぶがよい」と言われて後者を選びました。
不老不死の願いが叶えられた代わりに、小アジアにあるラトモス山の洞穴の中で永久に覚めない眠りについたのです。

  花盛りの青春美を保ったまま安らかな寝息を立てるエンデュミオン――その姿をある夜、天の高みからセレネが目撃しました。
一目見た瞬間、それまでどちらかと言えば冷ややかな方だった女神の胸に熱い恋情の火が点ります。
魅せられたセレネは吸い寄せられるように洞穴に天降り、エンデュミオンの端正な美貌をうっとりと眺めました。
見るほどに愛し心は募るばかり……意を決して青年の傍らにそっと添い臥し、口づけをしてみましたが、まったく目を覚ます気配はありません。
普通の眠りではないことに気付いた女神は、それならばと青年の夢の中に入り込みました。
そして、夢の中ではちゃんと息づいていた恋しい青年と心ゆくまで抱擁を交わした後、後ろ髪を引かれながらも天へ帰っていきました。

  この世にも不思議な恋愛の虜となったセレネは、その後も夜毎ラトモス山に通い詰め、夢の中のエンデュミオンと交わりを重ねて何と50人もの娘を生みました。
彼女たちは暦月を司る女神でメーネたちと呼ばれます(この50という数字は、8年で1周期とするギリシアの暦において、前半4年間の月数が49、後半4年間の月数が50であることに由来すると思われます)。

  これほどの娘をもうけた後でも、セレネの愛は衰えません。
空を行く月がラトモス山の陰に隠れたら、女神が恋人の臥所を訪れている証であると言われます。
有名な魔女メデイアなどはこれを利用して、自分が闇夜を欲するときにはセレネに術をかけてエンデュミオンへの恋心を燃え立たせ、望むがままに月の姿を空から消したそうですが、さて、今宵の小アジアでは月は消えているでしょうか?
 
2009/02/05

ギリシア神話XXⅡ・ニケ

本題に入る前に

今日は、我家のジロくんの誕生日です。3歳になりました!

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之からも元気で!(下手な写真で申し訳ありません)

ニケ

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<勝利の女神>

  ルーヴルの至宝《サモトラケのニケ》の題材、有名スポーツブランド「NIKE」の名の由来、オリンピックのメダルのデザイン……等、様々な理由でその名を知られている勝利の女神です。

  彼女はティタン神族の男神パラスとオケアニスの1人で冥府の河の女神であるステュクスの間に生まれた4人の子供のうちの1人です。
従って彼女もれっきとしたティタン神族の一員ですが、ティタノマキアが勃発した際には母や他の兄弟達と共に父や同族を捨て、ゼウス率いるオリュンポス陣営につきました。
勝利を呼び込む力を持つニケに去られたティタン軍は、それだけで大打撃を蒙ったことになります。

  10年にも及んだ戦争がオリュンポス側の勝利に終わった後、ゼウスはステュクスとその子供達の功績を讃えて彼らに特別な褒美を与えました。
母神に対しては神々の厳粛なる誓いを司る権能を贈り、子供達にはゼウスの側近として、彼の宮殿に一緒に住まう破格の名誉を与えたのです。

  それ以来、ニケはゼウスの随神として常に彼の傍らにあるようになりました。
彼女が側にいるかぎり、ゼウスは不敗の王者です。
下界で戦争が起こったときには、彼女は主君ゼウスの意思を具現する者として降臨し、彼が勝たせようと思っている側に味方します。
まだ勝敗の行方が定まっていない時には、彼女もまた戦場の真ん中でどちらにもつかずにうろうろと飛び回ります。

  また、後にはゼウスの愛娘にして知と戦の女神であるアテナと親しく結びつき、この偉大な処女神の随神と見なされるようにもなりました。
特にアテナイの人々は彼らの守護女神とともにニケを熱心に崇め、アクロポリスに優美な小神殿を建てて「ニケ・アプテロス(翼なきニケ)」の像を祀りました。
有翼と決まっている女神をわざわざ翼なしの姿にしたのは、彼女がアテナイを捨てて飛び去ってしまわないようにとの願いからだといわれます。

  また、パルテノン神殿内に安置されていた巨大なアテナ・パルテノス像の右手にもニケの小像が乗っていたことはよく知られています。
このように二者の結びつきが強くなるにつれてギリシア神話お得意の同一視も進み、やがて「アテナ・ニケ(勝利の女神アテナ)」という呼称がアテナの異名の1つとなりました。
 
2009/02/04

ギリシア神話XXⅠ・ヒュメーン

ヒュメーン

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<祝ぎ歌から生まれた神>

  古代ギリシアに於いては、嫁ぎゆく花嫁が実家から婚家へ移動する際、人々が燃え盛る松明を手にして行列を作り、「ヒュメーン!」「ヒュメナイ!」等と叫びながら祝婚歌を歌って町中を練り歩く風習があったそうです。
やがてこのヒュメン(またはヒュメナイオス)という語は祝婚歌そのものを指す言葉になるとともに、結婚を祝福する神の名であると見なされるようになりました。

  この神ヒュメンは華やかな色の衣をまとった美しい少年で、結婚を司る大女神ヘラの随神としてきらめく松明を携えて結婚式に参列し、自ら先頭に立って歌いながら花嫁行列を導くのです。
彼は本質的に祝福の神であるため、悲劇的な結末を迎える事になる不吉な婚礼には姿を見せないか、あるいはやってきても消えかけた松明を抱えて暗い表情で黙りこくっているだけです。
例えば夫が妻の妹を力ずくで犯し、それを知った妻が息子を殺してその肉を夫に食わせたというテレウスとプロクネの結婚や、誰もが羨む相愛の仲でありながら新婚早々に死別する定めだったオルペウスとエウリュディケの結婚などがこの例として挙げられるでしょう。
 
<諸説入り乱れる出自>

  人間の慣習から誕生した比較的新参の神格であるヒュメンには、他の神々のようにこれと定められた有力な系譜がありません。
よって、彼を神話の中に組み込むべく、多くの詩人や神話作家たちが様々な系譜や逸話を考案しました。

  1つ目の説は、「ヒュメンはアポロンとあるムーサの息子」というものです。
母親はカリオペと言われることが多いですが、ウラニアやテルプシコラの名前も挙げられます。
この説を唱えた人々はヒュメンの「祝婚歌の神」という性格を重視し、音楽と歌の神であるアポロンやムーサたちと結びつけたのでしょう。

  2つ目の説は、「ヒュメンはディオニュソスとアプロディテの息子」というものです。
これは婚礼を「陽気な愛の祝宴」と考え、それに最もふさわしい性質の神々をヒュメンの両親として選んだものと思われます。

  3つ目の説は、「ヒュメンはテッサリアの男マグネスとムーサの1人クレイオの息子」というものです。
このヒュメンは素晴らしい美少年であったためアポロンに惚れ込まれ、彼の寵童となりました。
アポロンはマグネスの館にべったり入り浸ってヒュメンと戯れていたため、その隙を突いたヘルメスに自分の牧場の牛をごっそり盗まれるという失態をおかしたそうです。
ムーサの子という設定といい、アポロンとの親密な関係といい、この説は1つ目の説のヴァリアントであると考えて差し支えないでしょう。

  4つ目の説は、今までのものとは少し違います。
これによれば、ヒュメンはアテナイに住んでいた貧しい若者でした。
彼には想う乙女がいましたが、相手は名家のお嬢様、貧しい少年の求愛になど耳を貸してくれません。
しかし諦めきれない彼は、天与の美貌を利用して少女に化け(!)、デメテル女神の祭に参加するためエレウシスに出掛ける彼女にくっついていきました。
すると、何と海賊が現れて女装した彼もろとも娘達をさらっていってしまったではありませんか。
異国に向かう船に乗せられて泣きじゃくる娘達……しかしヒュメンにとっては愛しい乙女に男らしさを見せるチャンスです。
奮起した彼は海賊達が寝入った隙を突いて彼らを皆殺しにし、全員を無事アテナイへと連れ帰りました。狂喜した親達に「望みの褒美は何か」と訊ねられた彼は例の乙女との結婚を願って許され、彼のことを見直した彼女と結ばれて幸せに暮らしました。
その後、人々は彼の幸福にあやかるべく、婚礼の行列で「おお、ヒュメーン、ヒュメーン!」と叫ぶようになったということです。

 この逸話はヒュメンを神々の系譜に組み込むためのものというよりも、何故花嫁行列で「ヒュメーン!」と叫ぶようになったのかを説明する縁起譚ですね。
実はまだ他にもいくつか説があるのですが、いい加減煩雑ですからこのあたりでやめておきましょう。例によって正解など存在しない話ですので、どれでもお好みの説を採られればよろしいかと存じます。
2009/02/03

ギリシア神話XX・アポロン(そのⅢ)

アポロン(そのⅢ)

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<奴隷となった貴神>

  オリュンポスの神々の中でもゼウスやアテナに次ぐ大神と見なされ、人間はおろか他の神々にさえも畏敬されているアポロン。
しかし、それほど偉大で高貴な神でありながら、彼は何と2度も人間に奴隷として仕えた事があります。
それはどちらも息子に立腹したゼウスの命令によるものでした。

  1度目は、ゼウスに愛息アスクレピオスを殺されてアポロンが反抗した時でした。
というのも、アスクレピオスは、亡母コロニスの胎内から取り出された後、賢者ケイロンの教育によって稀代の名医に成長していたのですが、その卓越した癒しの技を用いて死者を甦らせたことを神々に咎められ、自然の掟を破った大罪人としてゼウスの雷霆に撃ち殺されてしまったのです。
短気なアポロンは怒りに震えましたが、さすがに父神に弓を引くわけにはいかないので、代わりに父の雷霆を製作したキュクロプス達を片っ端から射殺して怨みを晴らしました。
激怒したゼウスは息子をタルタロスに放り込もうとしましたが、駆けつけたレトの必死の取りなしを受けて罰を軽減、「テッサリアのアドメトス王のもとで1年間奴隷として働いてこい!」と命じたのです。

  そんな訳で王宮にやってきた神をそれと知らずに召し抱える事になった若きアドメトス王は、とてももてなしの良い親切な人柄でした。
彼の事がすっかり気に入ったアポロンは、牧人として仕えた1年間よく王の家畜の面倒を見、全ての雌牛に双子を生ませて財産を増やしてやりました。

  償いを終えて天界に帰った後もアドメトスへの好意は続き、彼がイオルコス王ペリアスの娘アルケスティスとの結婚を望んだときには、「獅子と猪をともに戦車に繋いで走らせることができた者に姫をやろう」という条件を満たすため、神自ら2頭の仲の悪い野獣を手なずけて戦車に繋ぎ、アドメトスに渡してやりました。
又、この戦車のおかげでアルケスティスを勝ち得た王が喜びのあまり舞い上がり、結婚式の際神々に犠牲を捧げるのにアルテミスの分だけをうっかり忘れて、怒った女神に新床を蛇まみれにされてしまったときも、アポロンは巧みに姉を宥めて機嫌を取り、嫌がらせをやめさせてくれました(もちろん王自身も犠牲を捧げなおして丁重に謝罪したことは言うまでもありませんが)。

  更には、短命と定められていたアドメトスの運命を何とか変えてやろうと考え、運命の女神モイラたちを酒に酔わせて「誰か彼の身代わりとして進んで死ぬ者があれば、アドメトスは死なずともよい」という約束まで取り付けてやったのです。
まったくもって破格の恩恵、このような奴隷を持てたアドメトスは稀代の幸運者だったと言えるでしょう。

  アポロンの2度目の宮仕えはトロイア王ラオメドンに対するものでした。
このときは、ポセイドンと共にゼウスに反乱を起こし、怒ったゼウスに2人揃って1年間ラオメドン王の奴隷になってこいと命じられたのです。

  トロイアに赴いた2人はそれぞれ決められた賃金で仕事を言い渡されました。
ポセイドンは町を守る堅固な城壁を築く仕事、アポロンはイデ山で王の牛の世話をする仕事です。2人は任された職務をきちんとやり遂げました。

  しかし1年経って契約が切れ、約束の報酬をもらうはずの日が来ても、王は一向に支払おうとはしません。
アドメトスと違って傲慢でケチだったラオメドンは、恐ろしいことに神々に対して放言しました。

「奴隷に給金を支払う気持ちなど無い。急ぎこの場を去れ! 異議を唱えるなら、その手足を縛り、両耳削ぎ落とした上で追放する!」

  これを聞いたポセイドンは怒りに震え、海底の宮殿に帰るなり巨大な海獣をトロイアに送り込んで散々に荒らさせました。
のみならず、後々までもトロイアに遺恨を持ち、かのトロイア戦争の際には、終始ギリシア軍に肩入れしてトロイア軍を大いに痛めつけました。

 さてアポロンはと云えば、もちろんラオメドンに腹を立てて一時疫病を流行らせはしたものの、基本的にはこの都を愛し、トロイア戦争においても強力な守護神としてトロイア軍を支援し、ギリシア軍の前に立ちはだかりました。いつものアポロンなら激しく根に持って怒り狂いそうな仕打ちを受けたというのに、不思議なこともあるものですが、おそらくこれはアポロンが「リュキア生まれの神(Lykegenes)」と称されるように東方世界にゆかりの神であるため、アジアの大都トロイアには無条件で加護があったということでしょう。 
2009/02/02

ギリシア神話ⅩⅨ・アポロン(そのⅡ)

アポロン(そのⅡ)

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<愛と別れの歴史> 
  アポロンの初恋の相手は先程名を挙げたダプネです。
彼女は河神ペネイオスの娘で、大変な美少女でしたが、男に興味がなく、敬愛する処女神アルテミスの真似をして山野を走り回っては獣を狩る毎日を送っていました。
しかし、そんなダプネにアポロンが一目惚れしてしまったのです。
これにはタチの悪い愛の神エロスが一枚噛んでおり、ある日強弓自慢のアポロンに自分の小さな弓矢をからかわれて怒ったエロスは、彼に自分の矢の威力を思い知らせてやろうと思い立ち、アポロンとダプネが出会った瞬間、男神の胸には恋を引き起こす金の矢を、乙女の胸には冷たく心を閉ざす鉛の矢を射込んで、絶対に報われない片恋を生み出したのです。

  灼熱の恋に落ちたアポロンは様々な口説き文句を叫びながらなりふり構わずダプネを追い回しましたが、生来男嫌いの上に鉛の矢の影響を受けている彼女の目には、ただのストーカーとしか映りません。
嫌悪と恐怖に駆られた彼女は逃げに逃げまくり、遂に捕らえられそうになると、うるわしい乙女の姿を惜しげもなく捨てて1本の月桂樹に変身してしまいました。
アポロンが月桂樹を聖木とし、常にその長い髪を月桂冠で飾っているのは、いまだに尽きせぬ彼女への未練のためです。

  この初戦黒星を皮切りに、アポロンの恋は連敗街道まっしぐら。
ハッピーエンドと言えるのは2度目の恋の相手で養蜂の神アリスタイオスを生ませたキュレネ位のもので、後はほぼ全滅と言っても過言ではありません。
たとえばテッサリアの王女コロニスとの恋では、彼の方は王女を深く愛していたにもかかわらず、コロニスは彼の愛を軽んじて不貞を働き、神の子を身籠もっていながら、人間の男と許されぬ共寝をしてしまいました。
事の次第を知ったアポロンは可愛さ余って憎さ100倍、「俺を裏切ったあの女を殺してくれ!」とアルテミスに頼んで愚かな恋人を射殺させました(自分の手で射殺したという説もあります)。
このとき火葬に付されるコロニスの亡骸から胎児が救い出され、半人半馬の賢者ケイロンに預けられて養育されましたが、これが後に医神となるアスクレピオスです。

  もう1人、死の悲運に見舞われた乙女に、明けの明星ヘオスポロスの孫娘キオネがいます。
この「白雪」という名を持つ美少女は、何とアポロンとヘルメスから同時に寵愛を受けるという名誉に浴し、竪琴の名手ピランモンと盗みの天才アウトリュコスを双子として生みました。
しかし、この幸運に思い上がった娘は、こともあろうにアルテミスと自分を比べて「私の方があの女神様より綺麗よ」と言ってしまったのです。
もちろん、暴言を聞き逃すはずもないアルテミス、すかさず弟の恋人の口めがけて矢を放ち、不敬な舌を射抜いて息の根を止めてしまいました。

  アポロンの苦難はまだまだ続きます。美貌のトロイア王女カッサンドラに一目惚れしたときは予言能力を贈って言い寄ったものの、結局逃げられてしまい、腹いせに説得能力を奪って彼女の予言を誰も信じないようにしてしまいました。
又、クマエのシビュラには、手に掴んだ砂粒の数に等しい年数の寿命を贈って言い寄ったものの、やはり逃げられ、仕返しに長命だけ与えて永遠の若さを与えず、老いたまま1000年間も生き続けなければならないよう仕向けました。
更に、マルペッサという乙女に言い寄ったときには人間の男イダスと秤にかけられた挙げ句、「一緒に年を取っていける相手がいい!」とイダスの方を選ばれてしまいます。
一体彼の何がいけないのか?と首を傾げたくなるほどの見事な拒まれっぷりです。

  少女達との恋のみならず、少年達との恋もまた不幸でした。
古代ギリシアでは、少年愛は普通の事であり、男神達の傍らに美少年が、侍って寵愛を受けるということもよくあったのです。

  アポロンにもヒュアキントスという名の寵童がいました。
しかし、2人で円盤投げをして遊んでいたとき、アポロンの投げた円盤が強い突風に煽られて狙いを逸れ、ヒュアキントスの額を直撃、即死させてしまいます。
この突風は、同じくヒュアキントスに恋していた西風の神ゼピュロスが嫉妬して送りつけたものでした。
少年の死を嘆いたアポロンは、せめて彼を偲ぶよすがにと、大地に流れた彼の血から赤いヒヤシンスの花を咲かせました。

  又、キュパリッソスという名の寵童もいましたが、彼は自分が可愛がっていた雄鹿を手違いでうっかり死なせたことをひどく悲しみ、アポロンの慰めにも耳を貸さずに「永遠にあの鹿の死を嘆き続けたい」と願って、死者を哀悼する木・糸杉に自ら姿を変えてしまいました。
おかげで今度はアポロンの側がそんな少年を哀悼する羽目になってしまったわけです。
愛する少年に自分より鹿の方を選ばれてしまったとは、彼の面目も丸潰れ……何とも言いようのないお話です。
 
続く
2009/02/01

ギリシア神話ⅩⅧ・アポロン(そのⅠ)

アポロン(そのⅠ)

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<文武両道の神>

  紀元前某年タルゲリオンの月の7日、エーゲ海に浮かぶデロス島・キュントスの丘にて、1人の女神が産みの苦しみに悶えていました。
付き添う女神達の励ましの声が飛び交う中、丘の頂に生えた棕櫚の木に取りすがり、渾身の力を込めて産み落としたのは玉のように光り輝く男の子。
彼が世に出た瞬間大地が微笑み、一斉に花が咲き乱れ、島全体が黄金の輝きに包まれました。
光明神アポロンにふさわしい晴れやかな誕生の奇跡です。

  神々の王ゼウスとティタン神族の女神レトの息子アポロンは、双子の姉アルテミスと共に「天の末裔なる神々の中でもとりわけ輝かしい神になる」と予言された身でした。
その言葉通り、凛々しく高貴な美貌・均整の取れた逞しい肉体・文武両道の優れた才能を兼ね備えた非の打ちどころない若神です。

  文に於いては、詩歌の女神ムーサ達を従え、竪琴をかき鳴らして神々の心をも魅了する音楽の神であり、武に於いては、銀の弓矢で何なりと望みのものを討ち果たす弓術の神です。
又彼の矢は、人間に当たれば有無を言わさず即死させ(苦痛なく一瞬で死ねるので「優しい矢(Agana belea)」と呼ばれます)、また地上に向けて乱射すれば恐ろしい疫病を発生させる魔力を持ちます。

  また彼は、祖母のポイベ女神から誕生祝いとして名高いデルポイの神託所を譲られ、4代目の神託主となった予言の神でもあります(2代目の神託主テミスから力ずくで奪ったという説もありますが)。ゼウスの神意を伝える彼の言葉は謎めいた詩の形を取り、ピュティアと呼ばれる巫女の口を通じて告げられます。

  その予言は百発百中、外れることはないとされました。
万一外れたように見えることがあっても、それは神託を受けた人間が解釈を誤ったためです。
その好例がクロイソスというリュディアの王で、かねてからペルシアを攻め滅ぼしたかった彼は、開戦した場合の成否をアポロンに問い、「クロイソスが軍を発すれば大帝国を滅ぼす事になろう」との神託を得ました。
これをペルシア滅亡の予言と受け取った彼は大喜びで戦争を仕掛けましたが、ペルシア軍の強烈な返り討ちにあって逆に自分の国を失ってしまいました。
アポロンの言った「大帝国」は、実はペルシアではなくリュディアを指していたのです。
 
<母と姉との絆>

  アポロンにとってこの世で一番大切なもの――と言えば、やはり母神レトと双子の姉神アルテミスの2人に尽きるでしょう。
レトは嘗て、ゼウスの妃ヘラの強烈な嫌がらせに耐え、散々に苦しみながらも無事自分達姉弟を産み落とし、愛情たっぷりに守り育んでくれたかけがえのない存在です。
その母を今は自分が守る番、アポロンは愛しい母に仇なすものを容赦しません。

  早くも生後4日目に、アポロンは銀の弓矢を携えてデルポイに赴き、最初に母の敵となった大蛇ピュトンを殺しました。
このピュトンは大地の女神ガイアの子で、デルポイの神託所を守護していたのですが、ある日「おまえはいつかレトの子によって殺害されるだろう」という予言を受けたのです。
驚いたピュトンは当時身重だったレトを追いかけ回し、危険な胎児もろとも彼女を亡きものにしようとしました。
幸い、愛人の危機に気付いたゼウスの助けでレトは逃れて事なきを得たのですが、執念深いアポロンは、この時の怨みを忘れず、烈火の怒りと共に矢の雨を浴びせて大蛇を蜂の巣にし、例の予言を成就してのけた訳です。

  又、不埒にもレトを陵辱しようとした巨人ティテュオスを彼は一矢のもとに射殺しました(アルテミスが殺した、またはゼウスの雷に撃たれたとする説もあります)。
ティテュオスはゼウスの息子なのでアポロンとは異母兄弟に当たり、しかもレトを狙ったのは、ヘラに「わたくしの臥所を汚したあのふしだら女を辱めてやりなさい!」と命じられたからなのですが、寛容の美徳に欠けるアポロンの辞書に「情状酌量」の文字はありません。
瞬殺された巨人はタルタロスに蹴り落とされ、2羽の禿鷹(あるいは1頭の竜)に肝臓を喰われ続ける永劫の罰を科せられました。

  神の子である怪物・巨人でさえこうなのですから、いわんや人間に於いてをや。
優秀な7人の息子と同数の娘を授かったことを誇るテバイの女王ニオベが、仮にも女神であるレトと自分を比較して「男みたいな娘と女みたいな息子の2人しか生まなかったレトよりも、その7倍もの子を持つあたくしの方がはるかに優っていてよ」と暴言を吐いたと聞かされたアポロンは、さっそくテバイに赴くとニオベの自慢の種であった7人の息子達をあっという間に皆殺しにしてしまいました(娘達の方はアルテミスが射殺)。
一瞬で惨めな子無しにされたニオベは、後悔と悲嘆のあまり泣きながら石化してしまったそうです。

  この様に、レトの敵に対しては大変手厳しい処置を取るアポロン。
しかし、まだその母への愛は「母親思い」という普通の言葉で表されうるレベルに留まっています。
それに引きかえ、美しい双子の姉アルテミスに対する彼の愛情は、普通の「姉思い」の範疇を逸脱したものでした。

  神々の宴にいつも姉と一緒に出席するとか、自宅で絶えず演奏会を開いては、自分の琴の音に合わせて姉が舞う姿を眺めて楽しむとか、地上で狩りをする姉の帰りをヘルメスと共に宮殿の入り口に立って待ち構えるとか、それ位はまあいいでしょう。

  ポセイドンの息子であるオトスとエピアルテスの巨人兄弟がアルテミスに恋し、力ずくで彼女を引っ抱えて攫って行こうとした時、詐計を用いて2人を殺し姉を救った(2人の間に1頭の鹿を放ち、それを仕留めようとした2人が互いの投げ槍で身を貫かれるよう仕向けたのです)というのも、弟としては当然の事と言えます。

  しかし、同じくポセイドンの息子であるオリオンが姉と両想いになったことに激しく嫉妬し、陰謀を仕掛けてアルテミス自身の手で彼を殺させたというのはいかがなものでしょうか。
死でもって、2人の仲を引き裂く、その陰険なやり口は、ゼウスの愛を受けるセメレを妬んで殺したヘラのそれと何ら変わりなく思われます。

  そんなアポロンが恋する相手は、アルテミスにそっくりの格好をしたうら若い女狩人ダプネや、彼女の妹(または姪)で、やはりアルテミスを彷彿させる狩人キュレネを筆頭に、皆姉神と同じ年頃の清純な乙女ばかり。
本来ならヘラと結婚したゼウスのようにアルテミスを妻にできれば一番よかったのでしょうが、残念ながら彼女は幼い頃に処女の誓いを立てた身なのでそれはできません。
そのせいか、アポロンは正式な妻を娶ることなく恋愛を繰り返していくことになりますが、何故かその恋ですらまともに実ることは稀でした。

続く