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2009/07/31

ギリシア神話の神々57

<ヘベ:天界の宴の華Ⅱ>

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 若さと活力を司る青春の女神ヘベ。
彼女が人間に与えてくれる恵みは2つあります。

 その1つは当然のことながら「若返り」で、ヘラクレスの甥イオラオスが、この素晴らしい恩恵に与りました。
彼は敬愛する伯父の死後、その老母アルクメネと幼い遺児達を卑劣なエウリュステウス王の魔手から守ってきたのですが、いよいよ王と全面戦争になるという時、自らの老いを嘆き、ゼウスとヘベに「今日1日だけで構いませんから、どうかこの身にあの若き日の力を!」と祈ったのです。
嘗ての愛人アルクメネや自分の孫に当たる子供達の危機を見たゼウスが、若返りを許した為、ヘラクレスとヘベは2つの星となってイオラオスのもとに降臨し、彼の姿を黒雲で覆い隠しました。
やがてその雲が消えるとヘベの力で血気盛りの青年に戻ったイオラオスが現れ、甦った武勇を存分に発揮して獅子奮迅の大活躍を見せ、戦いは彼らの大勝利に終わりました。

 もう1つの恵みはこれとは逆で、「幼い子供を急成長させて青年にする」というものです。
これに与ったのは英雄アルクマイオンの幼い遺児達でした。
このアルクマイオンは、既にアルシノエという妻がいたにも関わらず別の女カリロエを娶り、この新しい女にねだられて昔アルシノエに贈った貴重な結納の宝物を取り返そうとしたのですが、余の侮辱に怒ったアルシノエの父ペゲウスによって殺されてしまいました。

 夫の死を知ったカリロエはペゲウスを憎み、たまたま彼女に浮気心を起こして近づいてきたゼウスに対して「子供達に父の仇を討たせたいのです。まだ幼いこの子達を今すぐ大人にしてください!」と願いました。この恋人の願いをゼウスは聞き入れ、ヘベに命じて子供達を一気に成長させ父の仇を討たせたの
でした。

 もちろん、ヘベのこれ等の力は自然の流れに反するもの。
よって濫用は出来ず、ただ運命が認めた場合にしか行使されることはありません。
もしどうしてもと言うのであれば、メデイアのような一流の魔女に頼み、魔女神ヘカテの助力と生贄・呪文・薬草などの複合技でヘベの力を引き出して奇跡を起こしてもらうしかないでしょう。
運命無視の非合法的なやり方ではありますが、実際英雄イアソンはこれで老父アイソンを40歳以上も若返らせることに成功しましたし、酒神ディオニュソスも自分の乳母たちの若返りをメデイアに依頼して見事に望みを達しています。

続く・・・・

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2009/07/30

ギリシア神話の神々56

<ヘベ:天界の宴の華>

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 オリュンポスで催される神々の宴は、何もかもが一流揃いです。
まず場所は燦然たるゼウスの宮殿、耳に快い伴奏は楽神アポロンの奏でる竪琴に詩神ムーサ達の歌、客の目を楽しませるのは雅神カリス達の輪舞、そして食においても、神饌アンブロシアが金銀の器に盛られて食卓に並び、赤くきらめく神酒ネクタルが美しい杯になみなみと注がれます。
しかもお酌をしてくれるのがとびっきりの綺麗所、青春の女神ヘベなのですからたまりません。
 
 ヘベはゼウスとヘラの娘の1人で、若き日の母にそっくりと言われる絶世の美少女です。
若さと活力を司る女神だけあって自身の姿もうら若く溌剌たる生気に溢れており、その輝く青春美によって周囲に喜びを振りまいています。
それ程美しい娘、しかも正妃所生の娘に宴席で、接待の役割をさせるとは、父親としてどういう了見かと、ちょっとゼウスに物申したくもなりますが、実はこの給仕役というのはなかなか名誉なお役目だったらしく、母ヘラも娘がこの役目を務めることを喜んでいました。
軽やかな足取りで客の席を巡り、天真爛漫な笑顔で愛想良く酌をして廻るヘベの姿は当に宴の華。
 
 しかし或る時、珍しい事にヘベは宴席の真ん中で転んでしまいました。
それも可也大胆な格好で……。
その失態に怒ったゼウスは彼女に免職を言い渡し、自分がトロイアからさらってきた美少年ガニュメデスをさっさと後釜に据えてしまいました。
これだけ聞くと「その程度の事で酷い!」と思ってしまうような話ですね。
しかし、ゼウスも流石に父親、娘の職を奪った事の穴埋めはちゃんと考えてありました。
実はこの給仕役交替事件の少し後に、地上で人間としての死を経験した大英雄ヘラクレスが、オリュンポスに昇って、神化を遂げるという一大事件が遭ったのですが、ゼウスは晴れて神となった愛息の妃にヘベを指名したのです。

 ゼウスの力を濃く継いだヘラクレスとヘラそっくりのヘベの結婚は、嘗てのヘラとヘラクレスの確執を水に流す効果を持つとともに、ゼウスとヘラ自身の結婚の再現であったとも言えます。
若い2人の仲は大層睦まじく、ヘベはアレクシアレスとアニケトスという2人の息子を生みました。

 妻となり母となっても「青春」の具現であるヘベは決してぬかみそ臭くはならず、永遠の美少女であり続けましたから、人間時代は、精力絶倫の女好きで鳴らしたヘラクレスも浮気することなく、彼女を大切にしたようです。
まあ、ひょっとしたら義母の怒りが怖かったということもあったのかもしれませんが……理由はどうあれ夫婦円満なのは大変結構な事です。

続く・・・・

2009/07/29

ギリシア神話の神々55

<オケアノス&ティテス・Ⅱ>


 
 この夫婦は、自らもティタン神族の一員でありながら、ゼウス達オリュンポス神族が、ティタン神族を相手に起こした天下分け目の戦い、いわゆるティタノマキアに際して、兄弟達と行を共にしませんでした。
自分達は、どちらにもつかず中立を守ると言って、クロノスの求めに応じなかったのです。
若き神々にその王位を脅かされつつあるクロノスは、オケアノス夫妻にとっては父母を同じくする弟です。
しかし、オリュンポス側にもこの戦いの最初からゼウスに協力していた彼らの娘、知恵の女神メティスがいました。
弟と娘の間で板挟みになった彼らが「中立」を唱えるのは至極最もの様に思えます。
 
 しかしながらその後、彼等はティタン神族の1人パラスに嫁いでいた、長女ステュクスに「子供らもろともオリュンポス側に味方せよ」と助言してティタン一族を裏切らせました。
これでも中立?
 
 しかも、その助言に従ってステュクスがオリュンポス陣営に連れていった子供達とは、権力の神クラトス、腕力の女神ビア、競争心の神ゼロス、そして勝利の女神ニケでした。
妻に見捨てられた夫のパラスは、恐らく戦いの神であったと思われますが、如何に戦神といえどもビアやニケに去られては成す術もなかった事でしょう。

 さらに両軍の間に激しい戦闘が始まると、彼らは姉妹のレアから彼女の娘ヘラを預かり、戦争が終わるまでねんごろに養い育てました。
レアは夫のクロノスに背いてゼウスを守った張本人、その彼女の頼みを受けてれっきとしたオリュンポス神族の一員であるヘラを匿ったのは、彼らの紛れもないオリュンポス寄りの姿勢を示す行為と言えます。

 口では「中立」を主張をして兄弟達の手前を繕いながら、裏では娘達やレア・ヘラを通じて新興勢力にすり寄り、どちらに転んでもいいように身の安全を図っていたのです。
彼らの寝返りが遠因となり、結局ティタン神族は敗北してタルタロスに幽閉されました。
しかしオケアノスとテテュスは従来通りの権能を保全され、ゼウスと結婚して神々の女王の座に就いたヘラからも養父母として慕われて盤石の地位を築き上げました。
更に娘のステュクスとその子供達はゼウスから大変な栄誉を贈られました。

 自らは全く表舞台に立たず、何の行動も起こしていないように見せながら、その実自分達の思惑通りに事を進めてがっちりと成果を掴むしたたかさ。
流石は古き神々というべき老獪な姿勢です。
それを年の功、先見の明と呼ぶか、はたまた狡猾な日和見主義と呼ぶかは人それぞれですが、いずれにしても大したものであることは確かです。

続く・・・・

2009/07/28

ギリシア神話の神々54

<オケアノス&ティテス>



 大洋神オケアノスは、ウラノスとガイアから生まれた、ティタン神族の長兄であり、人格神というよりむしろ世界の構成要素として神話に登場する古き神の1人です。
彼の支配領域であり、彼自身もほとんどそれと一体視された大洋オケアノスは、古代には大地ガイアを取り巻く環状の大河であると考えられていました。
地中海からオケアノスに出るには、世界の西端にそびえる「ヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡)」を通過しなければなりませんが、そこまでの航海が既に並大抵のものではない上に、首尾よく辿り着いたところで人間の操る船がオケアノスの流れを横切ることは不可能。
唯一、オケアノスの娘婿たる太陽神ヘリオスの持つ黄金の杯船だけが、その渡航を可能にすると言われていました。

 しかしこの「オケアノス=大河説」を後世の歴史家ヘロドトスや地誌学者パウサニアスなどは「オケアノスという名の河が実際どこかにあるとは聞いたことがない」とあっさり否定。
オケアノスは河ではなく、「内海」たる地中海に対する「外海」であるというのが新たな主張となります。
しかも人間には航行できないはずのこの聖なる海を、航海技術に秀でたカルタゴ人たちは我が物顔に船で走り回っていたとか。
 
 こうなってしまうと、もはやオケアノスの神秘性もさっぱりですが、叙事詩中では偉大な水の神、全世界の河や湖沼などにその清らかな水を供給する「世界の水源」として神々からも大いに畏敬される存在でした。

 オケアノスの妹にして妻である女神テテュスも、これまた偉大な水の女神として夫とともに尊重されました。
大洋そのものとの一体視は夫ほどではありませんが、やはり自分の支配領域を動くことはありません。
3000人の息子神と同数の娘神、合計6000もの子供を産んだ彼女は海の多産性の象徴でした。
 
 ヘシオドスによれば、ウラノスとガイアの子とされるオケアノスとテテュスですが、ホメロスにおいては「神々の祖(おや)」と呼ばれています。
これはオリエントの創世神話の影響を受けた発想なのかもしれません。
オリエントでは雄性の真水アプスと雌性の塩水ティアマトが交わったところから万物が誕生したとされており、近隣文明の神々を取り込むことの多かったギリシア人がそれらを取り入れてオケアノスとテテュスというギリシア語の名前を与えたのではないでしょうか。
 
 最も、仮に彼らの出身がオリエントであったとしても、もはやこの2人はアプスとティアマトのような荒ぶる神ではなく、すっかりギリシア化された穏やかで美しく、静かな水の神様です。

続く・・・・

2009/07/27

ギリシア神話の神々53

<メティス・オリュンポス神族を導いた賢女Ⅱ>



 その多大な貢献に報いるという意味もあってか、戦がオリュンポス側の勝利に終わった後、メティスは、新たな神々の王となったゼウスの妃に選ばれました。
彼女はただ賢いばかりでなく優れた美貌の持ち主でもありましたから(オケアニスは美女揃いで有名です)、ゼウスは大いに彼女を愛し、やがて初子となるアテナをその腹に宿らせました。
しかし身籠もりを喜んだのも束の間、ウラノスとガイアの二神がまたしても不吉な予言をゼウスに下します。

「メティスは2人の子を生む運命を持っている。今懐妊中の1人目の子は父の強い気性と母の叡智を兼ね備えた大変優秀な女神だ。だが、次に身籠もる2人目の子は傲慢で強力な息子で、力に任せて父であるおまえを王座から追い落とすであろう」

 これを聞いたゼウスは、肝を潰しました。
父が息子に追い落とされるというのは祖父ウラノスと父クロノス、さらに父クロノスと自分自身との間で繰り返されてきた悲劇です。
今まで散々骨肉相食む哀しみを味わってきたというのに、この上自分まで負の連鎖の餌食となるわけにはいきません。

  断じて阻止せねばならぬ、と強烈な危機感を抱いたゼウスは、メティスに絶対に宿命の子を生ませないようにするため、何と身籠もっていた娘もろとも彼女を呑み込んでしまいました。
自分の腹の中に閉じ込めてしまえば、如何に愛する妻であろうとも共寝することは100%なくなり、2番目の子が生まれる確率はゼロになります。
「妻をそのままにして生まれた子供だけを何とかする」というやり方もありますが、それは既に父クロノスのときに破綻しています。

 これによって予言された失脚を完全に回避し得た上、メティスの持つ膨大な知識と深い思慮をもそっくり我が身に取り込むことが出来たからです。
不死の女神であるメティスはゼウスの体内に取り込まれてからも変わらず生き続け、事あるごとに的確な助言を行ってゼウスの治世を正しい方向に導きました。
術策に富んだ彼女の事ですから、もし呑み込まれたのが不本意であったならばどんな手を使ってでも脱出したことでしょうが、そうしなかったところを見るとこの環境も彼女にとっては悪くなかったのでしょう。

 身籠もったままだった娘のアテナを自分の分身として外界に送り出した後は、文字通りの「内助の功」で愛する夫を支え続けました。
始終夫の浮気に悩まされているヘラと違って常に永遠の一体感を享受できるのだと考えると、こういう夫婦の形も然もあり何なのかもしれません。

続く・・・・

 
2009/07/26

ギリシア神話の神々52

<メティス・オリュンポス神族を導いた賢女>

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大洋神オケアノス・テテュス夫妻から生まれた3000人のオケアニス達の1人であるメティス。
彼女は自在の変身能力を持つ水の女神であると同時に、「あらゆる神と人のうちで最も物知りな者」と讃えられる知恵の女神でもありました。

 オケアニス達の中では、姉のステュクスと並んで最も活動的な働きを見せています。
何といっても有名なのは、父神クロノスの打倒を志した青年ゼウスの最初の協力者となり、自前の強力催吐薬をクロノスの杯に一服盛って、彼の腹中に呑み込まれていた、ゼウスの兄姉達を全員無事な姿で吐き出させるという大手柄を立てた事。
クロノスの妃としてずっと彼の側におり、他の誰よりも捕われの子供達を救い出したいと切望していたはずのレアにも出来なかった事なのです。
又、同じく兄姉たちを救いたいと思っていたゼウスにもやはり不可能なことでした。

 更に彼女は、「クロノスはいずれ我が子に倒されるであろう」というウラノスとガイアの予言を信じて血を分けたティタン神族を捨て、若き神々の味方について10年にも及ぶティタノマキアの激闘を戦い抜きました。
神話には特に記されていませんが、戦中もきっとその思慮でゼウス達を大いに助けたと思われます。オリュンポス神族にとっては当に大恩人ですね。

続く・・・・


2009/07/25

ギリシア神話の神々51

<アンピトリテ・Ⅱ>

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 ポセイドンは、ゼウスに劣らぬ女好きであった為、始終浮気をしましたが、アンピトリテはヘラと違って恋敵やその子供に迫害を加えることは無く、至極穏便に対処していたようです。
例えば、ポセイドンの庶子の1人である英雄テセウスが、有名なミノタウロス退治の為にアテナイからクレタ島へと出航した折の事、彼と供に怪物に捧げられる生贄として乗船させられていたアテナイの乙女にクレタ王ミノスが欲情を抱き、皆の前で彼女に手をかけようとしたので、怒ったテセウスは娘を庇い、ミノスを激しく非難しました。

 「よせ、ミノス! そなたは令名高きフェニキアの姫エウロペと大神ゼウスの息子というが、私とてトロイゼンの姫アイトラがポセイドンの愛を受けて生んだ息子だ。そなたの血筋を恐れて引いたりはせぬ。これ以上この娘に手を触れようなら、この腕の力、思い知らせてくれるぞ!」

 若造の強い口調と血筋を誇って張り合おうとする態度に立腹したミノスは、天を仰いでこう叫びました。

「おお、父神ゼウスよ! もし貴方が真実私の父であるならば、この晴天に今すぐ雷光を閃かせたまえ! そしてテセウスよ、おまえがもし真実ポセイドンの子だというのなら、これから海に投げ込む私の指輪を拾ってきて貰おう――そんなことができればの話だがな。だがその前にまずは見るがよい、偉大なるゼウスが私を愛し、我が祈りを聞き届けたもう様を!」

 その言葉が終わるか終わらぬうちに、ゼウスは最愛の息子を讃えて雲ひとつない青空に激しい稲妻を迸らせました。勝ち誇ったミノスはテセウスをせせら笑いながら指輪を抜き取り、これ見よがしに大きく振りかぶりました。

「さあ、今度はおまえの番だ。拾えるものなら拾ってみよ!」

 持ち主の手から放たれた指輪はきらりと一条の光跡を残して飛び、はるか彼方の波間に落ちました。
大海原の底からそれを探し出して回収するなど、とても出来ることではありません。
しかし、テセウスは臆せず海に飛び込みました。
まさかこんな無謀な挑戦を受けるとは思っていなかったミノスは驚きましたが、すぐに船を進めるよう部下に命じ、テセウスを置き去りにして行ってしまいました。

 そうとは知らぬ海中のテセウス――飛び込んだものの、無論指輪の場所などわかりません。
すると、どこからともなく現れたイルカたちがテセウスを背にすくい上げ、父神の宮殿へと案内するではありませんか。
燦然たる館の内に招じ入れられた彼を待っていたのは、大勢のネレイス達に取り巻かれた女王アンピトリテでした。

「よく来ましたね、テセウス。あなたが探しているものはここにあります。何も心配はいりません」。

  彼女は継子である英雄を優しく迎え、例の指輪を手渡してやったのはもちろん、ミノスを見返してやれるようにと彼の身を美しく飾ってやりました。
身体には華麗な深紅の外套をまとわせ、頭には宝石をちりばめた黄金の花冠。
この花冠は彼女とポセイドンの婚礼の際、愛の女神アプロディテから贈られた記念の品でした。

 こうして厚遇を受けたテセウスは、彼を置き去りにして疾走していた船の傍らに過たず浮かび上がり、女神からの壮麗な贈り物によってミノスを仰天させて大いに面目を施すことができました。
夫ポセイドンの顔を立て、継子に申し分ないもてなしをしてみせたアンピトリテのこの心遣いは見事です。
不義の子と見れば激しくいきり立つヘラや、1年の半分以上を里帰りで留守にするくせに愛人に嫉妬して足蹴にしたペルセポネと比べると、まことに妻の鑑と言えますね。

 唯一好ましくないエピソードとしては、海神ポルキュスとヘカテ女神の娘である美少女スキュラにポセイドンが言い寄ったのを知って激しく嫉妬し、スキュラがよく水浴する泉に毒草を放り込んで、その水に浸かった乙女の下半身を怪物に変えてしまった――というものがありますが、通常これは魔女神キルケがやったこととされていますので(スキュラに海神グラウコスが片思い、グラウコスにキルケが片思いという三角関係のもつれによる犯行)、これは無視しても構わないでしょう。
アンピトリテはそもそも薬草を使って魔術を行う類の女神ではありませんしね。

続く・・・・

2009/07/24

ギリシア神話の神々50

<アンピトリテ>

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 大洋の女神テテュス、水の女神エウリュノメ、海の女神テティスらと並び称される水界の偉大な女支配者、それが海王ポセイドンの妃アンピトリテです。
彼女は海神ネレウスとオケアニスの1人ドリスから生まれた50人の娘、海の女神ネレイスたちの1人です。
従ってテティスとは血を分けた姉妹であり、テテュスとは祖母と孫娘、エウリュノメとは叔母と姪の関係に当たります。
 
 テテュスが OCEAN=外海を司ったのに対し、アンピトリテは SEA=内海、とりわけ地中海を司ります。
古い時代にはまだ神格として十分に確立されておらず、たとえばホメロスにおいては「激しく唸るアンピトリテ」「アンピトリテの波間」などのように海そのものを表す存在として扱われていましたが、ヘシオドス以降はきちんと擬人化され、紺青の瞳を持つ美貌の女神として神話に登場するようになりました。
 
 アンピトリテと夫ポセイドンの馴初めは、ギリシア神話には掃いて捨てるほどよくあるパターン、つまり男神の求婚でした。
或る日、彼女が姉妹のネレイス達と一緒にナクソス島で踊っていたところをポセイドンが偶然見かけ、その美しい舞い姿に一目惚れしてしまったのです。
強引な海王はたちまち彼女に求愛しましたが、乙女のままでいたかったアンピトリテは迫る彼の手を振り払って世界の西端まで逃れ、天を支える巨人アトラスに助けを求めて身を隠しました。

 諦めきれないポセイドンは懸命に彼女の行方を捜します。
王の命令一下、無数の海の生き物達が世界中に放たれましたが、そのうち1頭のイルカが見事アンピトリテの隠れ場所を突き止めました。
賢いイルカはポセイドンに彼女の居場所を知らせたばかりでなく、自ら恋の使者として女神に面会し、ヘルメスも真っ青の熱弁を揮って彼女の説得に当たりました。

 切々と訴えるイルカに遂にほだされたアンピトリテは求婚に応じ、ポセイドンは晴れて恋しい女神を妃に迎えることができました。
イルカの働きに猛烈に感謝した神はこの賢い生き物を天に上げて「いるか座」となし、永遠に讃えることにしました。
又、アンピトリテ自身もイルカを大変寵愛し、自分の戦車を牽かせる聖獣にしました。
彼女は夫と供に海の底にある黄金の宮殿に住み、あらゆる水神・海神の長として、また海獣達の主人としてその権威を分かち合っています。
夫婦仲は円満で、2人の間には半人半魚の息子トリトン、さらにロデとベンテシキュメの2人の娘が生まれました。
 
続く・・・・


2009/07/23

ギリシア神話の神々49

<プロテウス・Ⅱ>

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 さて、普通は「48話」でお話した、不死の海神として神話に登場するプロテウスですが、彼を人間と見なす説もあります。
彼はポセイドンを父としてエジプトに生まれましたが、故国を去ってトラキアのパレネに赴き、そこでトロネという女と結婚しました。
彼女との間にはテレゴノスとポリュゴノスという2人の息子が生まれました。

 しかしこの息子たちが大変な乱暴者で、パレネにやってきた異邦人に格闘を挑んでは殺してしまうという悪行を繰り返したので、プロテウスは愛想を尽かし、父なるポセイドンに「もうあんな息子どものことは知らないし、こんな処にいるのも嫌です。生まれ故郷のエジプトに帰してください」と祈りました。ポセイドンはこの祈りを聞き届け、大地に深々と穴を穿って彼を通してやりました(ちなみにテレゴノスとポリュゴノスはその後、無謀にもヘラクレスに挑みかかって殺されてしまいます)。

 エジプトに戻ったプロテウスは王となり、ネレイスの1人である美貌のプサマテを娶ります。
この女神の妻からは息子のテオクリュメノスと予言に長けた娘テオノエ(幼名エイド)を得ました。
彼は思慮深く公正な有徳の士であり、女神ヘラに狂わされて放浪していたディオニュソス神を親切に迎え入れたり、トロイア王子パリスによって略奪の危機に晒されたスパルタ王妃ヘレネを保護したりしました。
ヘレネを預かった時の経緯には2つの説があります。

■ヘルメスから預かった説
 パリスを憎むヘラがヘルメスに命じてヘレネをスパルタ王宮から攫わせ、エジプトに運ばせてプロテウスに託した(パリスがトロイアに連れて行ったのはヘラが雲で作った偽者のヘレネ)。

■パリスから取り上げた説
 パリスはヘレネをスパルタから連れ出したが、トロイアへ向かう途中で強風に流されエジプトに漂着。
「他国の王宮から妃と財宝を盗み出した不届き者がやってきた」と耳にしたプロテウスはパリスを召し出して詰問し、聞いた話が事実とわかるとヘレネと財宝を本来の所有者に返すため取り上げ、パリスを追放した(またはヘレネを雲で作った似姿とすり替え、その似姿の方を持ち去らせた)。

 どちらの説にしてもヘレネは、「何人たりともこの人妻に手を触れることはならぬ」と命じた彼によって安全に護られ、トロイア戦争終結後、エジプトを訪れた夫メネラオスに無事返還されました。
彼の正義漢ぶりをよく示すエピソードですね。

続く・・・・


2009/07/22

ギリシア神話の神々48

<プロテウス>

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 プロテウスは、ポセイドンの息子とも従者とも言われる海神の1人です。
ネレウスとそっくりの神格で、彼と同様「海の老人」と呼ばれます。
彼の主な仕事は、ポセイドンの飼っているアザラシの群れの世話をする事。
毎日真昼頃になると、彼はアザラシ達を連れて海底から浮かび上がり、エジプト沿岸のパロス島やエーゲ海のカルパトス島へ赴きます。
海辺の岩窟に入ってアザラシの数を数えた後、彼らを眠りにつかせ、自分も昼寝を始めるのですが、しばしば人間達にその寝込みを襲われました。

  というのも、彼は「知らざる事柄はなし」という予言力の持ち主だった為、困難な状況に陥った英雄達がよく打開策を求めて彼の予言を仰ぎに来たからです。
「プロテウスは普通に頼んでも何ひとつ教えてはくれない」と知る彼らは、哀願ではなく腕力にモノを言わせ、老神が寝入った隙を突いて彼を引っ捕らえると、力ずくで知りたい事柄を聞き出そうとしたのです。

  しかしながらプロテウスも神、そうやすやすと言いなりにはなりません。彼は優れた変身能力も持ち合わせているので、荒れ狂う野獣や大蛇、果ては炎や水にまで化けて何とか束縛を逃れようともがきます。
それらの仮の姿に恐れをなして手を放してしまったら、神は逃げ去ってジ・エンド。
例えどのような外見になろうとも臆することなく締めあげ続け、観念したプロテウスが元の姿に戻るまで忍耐できた者だけが、自分の求める真実を教えてもらえるのです。

  しかし、たまにはプロテウスも自発的に予言を下すことがあります。
たとえば海の女神テティスやその夫となる英雄ペレウスに対するときがそうでした。
ある日テティスを見かけた老神は激しい霊感に打たれて叫びました。
「おお、女神よ、身籠もりたまえ! そなたが生む息子は必ずやその父よりも偉大な者となるであろう!」
すると、彼女を愛人にしようとしていたゼウスがこの予言を聞いて恐れおののき、自分の孫に当たる人間の男ペレウスに「テティスと結婚せよ」と命じました。
しかし、不死なる女神にとって死すべき人間の妻になるというのは大変な恥。
テティスは言い寄ってきたペレウスを激しく拒絶し、得意の変身術で恐ろしい猛虎に化けて、ビビった彼の腕からまんまと逃げ去ってしまいました。

  困り果てたペレウスが海に向かって献酒をし、犠牲を捧げて神々の助けを祈ると、どういう風の吹き回しか、人間には滅多に予言をしないはずのプロテウスが波間から顔を出し、入れ知恵をしてくれました。
「テティスが眠っているところに忍び寄り、縄で縛り上げよ。彼女が何に変身しようとも絶対に放さず、元の姿に戻るまで待て。さすればそなたのものになる」
つまりは自分自身がいつも引っかかっている方法を教えてくれた訳ですが、ペレウスがこの助言に従ってテティスをものにしたことは言うまでもありません。

  それにしても、どうしてペレウスのときだけ犠牲と祈願というありきたりな方法で力添えをしてくれたのでしょう? 
他の英雄達にもそのやり方で教えを垂れてやればいちいち昼寝の邪魔をされなくていいと思うのですが、そうしないのは何故なのでしょうか。神々の行動原理というのはよくわかりません。

続く・・・・

2009/07/21

ギリシア神話の神々47

<アルキュオネ>

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 一方、アルキュオネは夫の死を知らず、ケユクスの帰りを一日千秋の思いで待っていました。
夫の着物を用意し、夫が帰ってきた時に着る自分の衣装も用意し、夫の無事の帰還を神々に祈り続けました。
特に結婚の女神であるヘラの神殿には足繁く通い、貢物を欠かず、彼女の元には、既に死んでしまった人間の無事を願う供物が溢れました。
 
 流石にそれを見て、ヘラは困惑し、(アスクレピオスの事件以来、死んだ人間を生き返らすのは神々といえどもタブーなので)、喪中にあるべき人間を祭壇から遠ざける為に、虹の女神イリスがヘラの元に呼ばれます。
イリスはヘラの使者として、神話にはよく登場する足の速い女神で、ヘラに指示されて、眠りの神ヒュプノスの元に向かい、アルキュオネの夢の中にケユクスの死を知らせるように伝えました。
 
 ヒュプノスはその仕事を息子であるモルペウスに実行させます。
かくして、ケユクスに扮したモルペウスがアルキュオネの夢の中に現れ、語りかけるのです。
「自分はもうこの世に居ない。どうか喪服に身を包んでおくれ。嘆かれもせず、下界の亡者の下に通わせないで欲しい」。

 アルキュオネは眠ったまま腕を伸ばし、夫の身体を求めたがその手は空しく虚空を掻き抱くだけでした。
彼女は、目覚めた時、ケユクスがとうに亡くなったものと確信しました。

 朝が来るとアルキュオネは、かつてケユクスを見送った浜辺に向かい、別れの抱擁をした同じ場所にアルキュオネが立つと、その沖の彼方に人影らしきものが見えます。
波に運ばれた死体。
ケユクスです。
死んでも妻の元に返るというケユクスの一念からか、ケユクスとアルキュオネの悲しい再会です。
この悲劇に神々は同情を禁じえず、夫婦の姿を翡翠(ヒスイ)にも似た翡翠(カワセミ)に変ました。

 鳥に変身した姿になっても夫婦の愛には変わりなく、二人は睦まじく連れ合って次々と子を増やしていきました。
荒れやすい冬の季節に、一週間だけ穏やかな日和が続くのは、アルキュオネの父アイオロスの計らいで、彼女が水に浮かぶ巣作りの間は風がやんでいる為と云います。

続く・・・・



2009/07/20

ギリシア神話の神々46

<ケユクス>

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 ケユクスと言う王がいました。
彼は明けの明星の息子、 そして妻の名前はアルキュオネ。
風の神アイオロスの娘で、心の底から夫を慕っていました。
当然、夫婦仲も良く、幸せすぎたのでしょうか。
 
 夫婦はお互いを「ゼウス」「ヘラ」と呼び合っていました。
若しくは、その夫婦仲の良さを、ゼウスとヘラ夫妻と比較されたのです。
この事は、やがて神々の怒りを招いてしまいました。

 或る日、ケユクスは、悪い事件が元でデルポイにあるアポロンの神殿へ神託を聞きに航海に出ようとしたのです。
一時でも夫と離れたくないアルキュオネは、同行したいと申し出るが、古代の旅、特に海の旅は大変危険が伴い、か弱い女性にはまず無理。
当然、ケユクスは妻の申し出を断り、心配するアルキュオネを残し旅立って行きました。

 繰り返しますが、旅は大変な危険が伴うもの。
ギリシャの英雄達も、この危険とは隣り合わせ。
ケユクスも例外では有りませんでした。
彼は航海にいる間、風に弄ばれ、波に揉まれ、死へ一歩一歩近づいていきます。
 
 その間に、ケユクスが呼びかけたのは、神々、父である明けの明星、舅でもある風の神アイオロス、そして最も多く呼びかけたのは最愛の妻、アルキュオネ。
ケユクスは、波に漂いながら、死んでも妻の元に戻りたい、妻の手で埋葬されたい、そんな事を願いながら息を引き取とりました。

続く・・・・

2009/07/19

ギリシア神話の神々45

<アレス>

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 アレスは全能神ゼウスと神々の女王ヘラの間に生まれた戦の神です。
闘いの神らしく、残忍、残酷、無慈悲、友人も少なく、 滅多にないことに夫婦で作った子供も・・・・、という気もします。
因みに戦神ですが、物語上では戦勝の試しはありません。

 こんな彼にも愛と美の女神アフロディテは深く心を寄せました。
因みにアフロディテの夫であるヘパイストスもゼウスとヘラの息子です。
 
 アフロディテの夫、ヘパイストスは妻の浮気には比較的寛大だったそうですが、流石に実の弟との不倫は許せなかったのでしょう。
妻と弟の浮気現場を押さえています。
原典の神話ではベッドの中で愛し合う2人を、ヘパイストス製の透明な網で捕らえられて、なおかつ他の神々に晒し者にされました(かなり恥かしいん結果では?)。

 こんな事があっても、二人の間には「ホボス(敗退)」「ディモス(恐怖)」「ハルモニア(調和)」「アンテロス(お返しの愛)」という子供達が産まれました。  
エロスもアレスの子供と言われています。

続く・・・・



2009/07/18

ギリシア神話の神々44

<アフロディテ・Ⅲ>

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 ミュラの件では少々やりすぎた、と後悔したのかアフロディテ。
彼女は、生まれたばかりのアドニスを箱に入れると、冥界の王妃となったペルセポネに預けました。
「貴女に預けましたからね。箱は開けては駄目よ」とアフロディテは、ペルセポネに言いました。
最初は素直に聞いていたペルセポネも、だんだん箱の中身が気になり始め、とうとう好奇心を押さえられなくなって、彼女は蓋を開けてしまいました。

 中には美しい男児が居たので、子供のいないペルセポネは喜んで、アドニスを慈しみました。
やがてアドニスが成長した頃、アフロディテが迎えに来たものの、元々、彼女が守護していた家の子供なのだから、当然と言えば当然なのですが、子育ての一番大変な時期を受け持っていたペルセポネは、その依頼を断固として断ります。

 二人の女神の争いは、ムーサの一人カリオペの主催する下級裁判にまで持ち込こまれ(ゼウスが仲介したという説もあり)、その結果、一年を3つに分けて、1/3をアフロディテと過し、残る1/3をペルセポネと過し、残る1/3をアドニスの好きに過すと言う結論が出ました。
   
 実はアフロディテ、これより前に、息子のエロスをあやしている時に、うっかりエロスの金の矢を自分の身体に射してしまいました。
その直後に見たのがアドニス。
アドニスは、自分の自由に過しても良い時間をもアフロディテと過しました。
 
 しかしながら、本来アドニス少年はアフロディテと居るよりも、狩をしているのが一番楽しかったのです。
恋を知るにはまだ若すぎたのです。
アフロディテが、「危ないから狩は止めて」、と言ってもアドニスは聞きいれません。
何時もアドニスと一緒に過ごしたいアフロディテは、仕方なく狩に同行します。
 
 一方、ペルセポネは、この状態を黙って見ていられなかったのです。
自分の異母弟で、アフロディテの愛人でもある軍神アレスに告げます。
「アフロディテは貴方をさしおいて、たかが人間の子を愛している!」
これは相談と言うより、「告げ口」。
数日後、アドニスは狩の最中に、手負いの大猪に襲われて、亡くなり、アドニスの流した血から、アドニスの儚い命のような赤いアネモネの花が咲きました。
そしてアフロディテが流した涙は、真っ赤なバラの花に変わりました。

 ギリシャ神話では、人が亡くなる時は、神の意志が働いている、と考えようです。
アドニスに手を下したのは、二人の仲に嫉妬するペルセポネか軍神アレス、はたまた恋を疎んじる処女神アルテミスとも諸説があるようです。
アレスが猪に化けてアドニスを襲ったと編集する本が多いような気がしますが、この事件で利点があるのは、実はペルセポネなんですね。
 
 結局はアドニスは一年を通して冥界で過す事になるんですから。

続く・・・・


2009/07/17

ギリシア神話の神々43

<アフロディテ・Ⅱ>

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 ピグマリオンとガラティアの孫にあたるキニュラスには美しい娘がいました。
名は「ミュラ」。
アフロディテの恩恵を受けるこの一家は、美男美女揃いで、憧れの的でもあったのですが、ミュラの世代になると次第に信仰心が薄れていきました。
こともあろうに、本人が言ったのか身内が言ったのか、諸説が有りますが「ミュラはアフロディテよりも美しい」と言われるようになります。
 
 アフロディテは、この類の噂は許しません。
ミュラに「叶わない恋」の罰を与えます。
程無く、ミュラは恋をした。
自分の父親に恋をした。
 
 近親間の恋愛はタブーです。
恋いの悩みに、ミュラは死迄考え、自室で首を吊ろうとする所を乳母に見つかって阻止され、泣く泣く、キニュラスに対する恋心を打ち明けるミュラ。
乳母は驚きながらも、死なせてしまうよりはと、キニュラスを手引きします。
古代ギリシャ人の夜は真っ暗でした。
 
 キニュラスは「名は明かさないけれど、自分を恋い慕う婦人」の元に12夜通い詰め、とうとう好奇心を押さえられなくて、蝋燭で女の顔を照らすと、目の前にいたのは娘のミュラ。
神をも恐れぬ所業に、キニュラスは動転して、娘を殺そうとします。

 ミュラは逃げた。
おなかの中には父キニュラスの子供を宿していますが、9ヶ月逃げて、彼女はもう生きているのもあきてしまいますが、かといって死ぬのも怖い。
彼女は祈りました。
「生きているものでも、死んでいるものでもないものになりたい」
 
 願いは聞き届けられ、彼女は一本のよい香りのする「ミュラ」の木に変わりました。
ミュラというのは「ミイラ」の語源でもあり、昔、良い香のするミュラの木は死体の防腐剤として使われていました。
ミュラは妊娠したまま木に変身しましたが、胎内で子供はすくすくと育っていました。
やがて自然に樹皮が破裂して(イノシシが猪突したとも、出産の女神エイレイテュイアが行動を起こしたとも諸説アリ)、中からは美しい男の子が誕生しました。

アドニスです。

続く・・・・

2009/07/16

ギリシア神話の神々42

<アフロディテ>

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 愛と美の女神アフロディテが、産まれて間も無い頃に歩いた島、キプロス島。
当然のようにここでは、女神信仰が深かく、中でもキプロスの王にして、彫刻家のピグマリオンは女神に傾倒しました。
彼は大理石(象牙とも伝えられる)で女神の像を創り上げますが、出来上がった女神像は、生身の女性等足元に及ばない位、美しかったのです。

 ピグマリオンはこの像に恋をしてしまいます。
彼は、寝ても覚めても女神像の事ばかり。
終いには、神に祈ります。
「この乙女に命を与えて下さい」
やがて、願いは聞き届けられました。
 
 冷たい彫刻に命が吹き込まれ、それは生きた女性となり、「ガラティア」と名付けられ、ピグマリオンの妻となります。
バーナード・ショウの有名な小説「ピグマリオン」、あの物語が、映画「マイフェアレディ」の原作として知られていますが、ギリシャ神話のピグマリオンが、そのオリジナルである事は意外に知られていません。
 
 現代では「ピグマリオン」とは人形愛好家を意味します。
ともあれ、この物語はここで終わり、ギリシャ神話には珍しいハッピーエンド。
二人の間には「パフォス」という名の女の子(男の子説あり)が生まれました。

続く・・・・




2009/07/15

ギリシア神話の神々41

<ハデス冥界の神・Ⅴ>

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 ハデスは、クロノスとレアの長男。
兄弟姉妹にはゼウス 、ヘラ、デメテル、ポセイドン、ヘスティアが居り、ゼウスが天を、ポセイドンが海を治める事が決まった時、ハデスは地下を統治する事となりました。
地下とは、ギリシャ神話では死者の国とされる「冥界」。
 
 ハデスに関する神話は、極めて少ないのですが、神話の登場人物としては重要なのです。
そんな少ないハデスの神話。
デメテルの娘ペルセポネに恋をして彼女を略奪し、そうまでして結婚したにも関わらず、この夫婦は一年のうち数ヶ月しか一緒に暮らせません。
後にハデスは、メンテやレウケに浮気したという物語もあります。
 
 メンテはペルセポネに足蹴にされて、同名の植物「はっか」に変身しました。
「はっか」はエリスに在る、ハデスの神殿に咲いていると言われました。
レウケもハデスに愛されたニンフの一人ですが、不死ではなかったので、死後、冥界で白ポプラの木となり、 ヘラクレスはこの木から冠を作りました。
 
 どれもゼウスに比べると一言で終わる「恋バナ」ですね。

 「糸杉」は、ヨーロッパでは墓地に多く植えられている木でもあり、神話ではアポロンの恋人キュパリッソスが変化した姿。
冥界の周囲を流れる河は、海の多産性を象徴するオケアノスとテテュスの娘である「ステュクス」 。
この河に誓った言葉は、神といえども従わないといけません。
誓いを破れば、1年間呼吸と飲食が止められてしまいます。

 冥界の渡し守カロン、長髪長髭の痩せた老人の姿であると想像されており、カロンの舟に乗らないと冥界には行けません。
ギリシャでは葬式の際、死者の口の中に小銭を入れる習慣が有りますが、それが三途の川の船賃となります。

 タナトス(死)とヒュプノス(眠り)は夜女神ニュクスの子で、ハデスの家来。
翼のある青年の姿で描かれている事が多いですが、人は死期が近づくとヒュプノスによって眠らされ、タナトスの翼に包まれて冥界に赴くと云います。

 死後の世界の一つ、エリュシオンの野。
英語「エリート」の語源にもなり、それだけに誰もが行ける場所ではありません。
生前、正しい行いの人生を送った者だけがここに住めました。
神話では、カドモスとハルモニア夫妻、オルフぺウスとエウリディケ夫妻が住んでいます。
ハデスの愛人レウケもここで白いポプラになりました。
 
 一般の魂はアスポデロスの野に行き、シシュポスやイクシオン等、生前悪人だった者は冥界で終わりのない罰を受ける事になります。
裁くのはハデスと3人の裁判官(ミノス・ラダマンテュス・アイアコス)。

続く・・・・


2009/07/14

ギリシア神話の神々40

<ハデス冥界の神・Ⅳ>

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 生きているにも係らず、とうとうハデス夫妻の前に到着したオルペウス。
オルペウスの奏でる音楽に、ハデスもペルセポネも感動し、そしてオルペウスの「妻を帰して欲しい」という願いを叶えようとしました。
二人は「エウリディケはオルペウスの後ろについて歩くが、地上に出るまでの間は背後を振り返ってはいけない」という条件を出したのです。
オルペウスは喜んで地上へ向かって歩き始めたが、ハデスの居城から地上への道は大変長かったのです。
 
 オルペウスは、何度も振り返って妻の顔を見たいと思ったことか。
そして、余りにも長い道のりの中、ハデスとペルセポネとの約束を半分疑ってもみたりもしましが、 それを我慢して、どんどん道を進みました。
そして、ようやく日の明かりが見えた頃、ここまで来れば大丈夫とでも思ったのでしょうか。
オルペウスは後ろを振り返ってエウリディケの顔を見てしまいました。
 
 そこにいたのは、ひどく悲しげな表情の愛妻。
背後に居たエウリディケの足は、まだ冥界にあったのです!
「何で、何で、振り返ったの? 神様の言葉を信じられなかったの?」
「あ」、と言う間もなく、エウリディケの身体は再び冥界へ引き込まれてしまいました。
オルペウスは、追いかけようとしましたが、ハデスの条件に従わなかった彼を、川の渡し守カロンは通しません。

 絶望を胸に一人、オルペウスはトラキアに帰って行きました。
妻を亡くした才能ある音楽家を、トラキアの若い女性が無視できるはずも有りませんが、オルペウスの方が亡き妻以外の女性を拒絶します。

 或る日ディオニッソスの祭りの狂乱のうちに、オルペウスはトラキアの女達に八つ裂きにされ、彼の身体はヘブロス河に投じられた。
この後、オルペウスの身体はムーサ達が拾って葬ったと云われますが、首と竪琴だけはレスボス島にまで流れ着きました。

 オルペウス自身は死んで、冥界に行きそこで妻と再会し、エリュシオンの野で幸せに暮らし、今度こそ、妻を振り返って見ても、誰も文句は言いません。

続く・・・・

 
2009/07/13

ギリシア神話の神々39

<ハデス冥界の神・Ⅲ>

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 オルペウスはトラキア出身で、ムーサの一人カリオペの子 。
父はアポロンであるとも、他の男性の子であるとも言われていますが、彼はアポロンから竪琴を与えられ、 歌と音楽の巨匠となりました。
 
 彼がその竪琴を奏でる時、人間のみならず動植物も音楽に聞き入ったと云います。
またオルペウスは、アルゴー船の冒険にも参加した英雄でも在りました。
このオルペウスはニンフの一人、エウリディケを妻とし大変仲睦まじく暮らしていたのですが、この幸せな夫婦の終わりは、意外にも早くやって来てしまいました。
 
 美しいエウリディケに言い寄る男性。
アポロンの息子アリスタイオス。
彼は、カドモスの娘と結婚していてアクタイオンという子供がいるにも関わらず、オルペウスが不在の間に 既に人妻となったエウリディケを追い掛け回し、エウリディケはそれを逃げ回っているうちに、草むらの中にいた毒蛇に咬まれて命を落としてしまいます。
オルペウスはこれを大変悲しみ、万難を排して妻を取り戻すと決意し、まだ生きているにもかかわらず、 竪琴を奏でながら冥界に降りて行きました。
 
 その音楽に魅せられたカロンは、不覚にも死人ではないオルペウスを舟に乗せてしまい、冥界の番犬ケルベロスも思わず竪琴に聞き入り、オルペウスを通してしまう程。
ハデスの元に到着する間に、オルペウスは様々な亡者に出合ますが、その間にイクシオンの車輪は止まり、 ダナイデスは水汲みを中断して音楽に聞き入いり、タンタロスは空腹を忘れ、シシュポスの岩まで静止する等、其れ位素晴らしい音楽でした。

続く・・・・

2009/07/12

ギリシア神話の神々38

<ハデス冥界の神・Ⅱ>

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 ナルキッソスは、河神ケーピソスとニンフのレイリオペーの子。
ナルキッソスが生まれる時、予言者テレイシアースが、「自分自身を見なければ長生きする」と告げました。
成長して彼は類稀な美少年と成ったものの、その美貌に誰もが魅入られたが、彼は受け入れません。
そんなナルキッソスに恋したのはニンフのエコー、おしゃべりが好きな快活な木の精でした。

 エコーは或る時、仲間のニンフと浮気するゼウスを匿った事がありました。
ゼウスがニンフといる間に、ヘラをそのおしゃべりで気付かせないようにしたのですが、ヘラは即座にそのトリックに気がついてしまいます。
激怒したヘラはエコーに罰を与えます。
それは他人の言葉を鸚鵡返しできても、自分からは話しかけられないという罰で、お喋りが好きなエコーにこの罰は辛い。

 明るかったエコーは、友達のニンフとも離れ、木陰から美しいナルキッソスを眺める日が続きました。
或る日、人の気配に気付いたらしいナルキッソスが口を開きました。
「誰かいるのかい?」
側にいたエコーが答えます。
「いるのかい?」
「だったら、そこから出ておいで」
「出ておいで」

 相手の言葉尻しか喋れないエコーでしたが、好意をよせる少年に話し掛けられたのが嬉しかったのか、ナルキッソスの前に踊り出のですが、エコーを見たナルキッソスは冷たい仕打ちを返します。
 
「なんだ、おまえか」
そう言い放つと、ナルキッソスはさっさと走り去りました。
「なんだ、おまえか」

 エコーは泣きながら、その言葉を繰り返し、哀しみの余り、エコーは深い洞窟の中に隠れ、泣き続けているうちに、エコーの身体は消えてなくなり、声だけが残こり、エコーは今でも、山の谷間や洞窟の中で呼べば応えるのです。

 さて、こんな性格のナルキッソス。
エコー以外のニンフにもつれない仕打ち。
精一杯の思いで伝える恋心を、好かれないのは仕方ないとしても、せめてもう少し優しい心を持っていてくれればと、ニンフたちは嘆き悲しみました。

 或る日、気の強いニンフの一人が神に祈ったのです。
思いつづけても、無視される苦しみを、悲しみも、ナルキッソスも味わうが良い!、と。
その願いを聞き入れたのは冥界に住む、因果応報の女神ネメシス。
ヒュプノス(眠り)やタナトス(死)と同じようにニュクス(夜女神)の子。
 
 ネメシスは人間の思い上がった無礼な行為に対する神の憤りを擬人化した女神だとされ、早速、ネメシスはナルキッソスに罰を与えます。
それは、恋しても恋してもその思いが報われないという罰。
 
 やがてナルキッソスは恋をしました。
水面に映る自分の姿に恋をしたのです。
池の中にいる美少年は、微笑めば笑い返してくれるが、抱きしめようとしても逃げてしまう。
声をかけても返事も無い、しかし思わせぶりに見つめ返してくれます。
そんな自分の姿に見惚れるナルキッソス。
水に映る自分の姿に恋焦がれ、求めても得られず、それでも思いつづけて、そうしているうちにナルキッソスは衰弱して命を終わらせてしまいました。
 
 彼は同名の植物「水仙」に変身し、魂は冥界を旅したが、その旅の途中でも水面に映る自分を見つめつづけていたと云います。

 エコーは英語でも「エコー」。
音の残響効果を示す言葉の語源となり、ナルキッソスは、精神医学用語「ナルシシズム」の語源とななりました。
己の美貌や才能に自惚れる事を指す単語として。

続く・・・・

2009/07/11

ギリシア神話の神々37

<ハデス冥界の神>

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 仏教で言う地獄に当たる場所が、神話ではタルタロス。
ここには我が子を殺してその肉を神々に供したタンタロスや、女神ヘラを寝取ろうとしたイクシオンなど、救い難い極悪人が永遠に続く罰を受けている他、ダナオスの乙女達(50人)も居ます。
 
 彼女等はゼウスとイオの子孫にあたり、 乙女達の父ダナオスはリビアの王。
ダナオスには、双子の兄弟アイギュプトスがいて、彼には50人の王子が居ましたが、双子の父エジプト王ベロスが亡くなった時、双子はその相続権を争ったのです。
 
 しかし、どうにも和解の兆しが見えなかったので、50人の王子と50人の乙女達を政略結婚させようとしました。
ダナオスは、この結婚に不吉な予感を感じて神託を仰ぐと、恐るべき答えがありました。
娘達は、嫁いだ後に殺されようとしているとの事。
ダナオスは娘達を遠くへ逃れさせますが、父親としては当たり前の手段でしょう。

 しかしペロポネソス半島のアルゴス迄、逃げてきた娘達はアイギュプトスの王子達に捕まってしまいます。
結婚式は再現され、王女達の暗殺計画は新婚初夜に決行される予定でした。
 
 しかし・・・・

 王女達は、父に言われて結い上げた髪の毛の中に一本の針を用意して、それで婚約者である王子の心臓を刺して殺したのでです(一人だけ、父の命令に背いて婚約者を逃がした王女が居ましたが)。
彼女達は死後、冥界はタルタロスに下りました。
新婚初夜に婚約者を殺した罪で、ざるのような穴が多数あいた壷で永遠に水を汲むと言う罰を受けています。

 アテナとヘルメスがダナオスの乙女達に同情して、娘達を泉で清めてやろうとしたが、冥府の裁判官がこれを許さなかったのです。

続く・・・・

2009/07/10

ギリシア神話の神々36

<ヘルメス・Ⅲ>

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 ヘパイストスの仕掛けた網に引っかかったアレスとアフロディテを見て、「相手がアフロディテならあんな目に遭ってもいい」と物好きにも思った(?)のがヘルメス。
早速、彼は愛と美の女神アフロディテに口説いて、そして二人の間にはヘルマフロディトスが生まれました。
 
 アフロディテ譲りの美貌の美少年にヘルマフロディトスは成長しましたが、 このヘルマフロディトスは両親に似ず、大変純情な少年だったと云います。
そのヘルマフロディトスは、15歳の或る時、サルマキスの泉にやってきました。
この泉にはニンフのサルマキスが居ます。
 
 このサルマキスは、アルテミスの従者と違って狩をすることは無く、 いつも泉に写る自分の姿を見ながら髪をすいていました。
サルマキスは、少年を見かけると、とたんに夢中になって追い掛け回しました。
しかし、ヘルマフロディトスはニンフを拒絶します。
それでもサルマキスはヘルマフロディトスを追いかけ、泉に飛び込もうとする少年を抱きしめました。

「彼と一つになりたい」、とでも、思ったのでしょうか?
 
はたまた、こんな願いを、どんな神々が叶えてしまったのでしょうか?
サルマキスとヘルマフロディトスは一つの体になり、豊かな乳房と男根を持つ美少女あるいは美少年が誕生したのです。

続く・・・・



2009/07/09

ギリシア神話の神々35

<ヘルメス・Ⅱ>

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 ヘルメスがアルゴスを退治する時、怪物を眠らせるために語った物語。
牧神パンは、ヘルメスがドリュオプス王の娘に生ませた、山羊足の子供で、彼は生まれた時から、陽気な性格だったが、その姿の奇怪さから乳母も逃げ出してしまいます。
こんな息子を、何故かヘルメスは喜んでオリンポスの神々に紹介し、神々は内心どうであれ、 喜んでパンを迎え、中でもディオニッソスは供に加えたのでした。
 
 長じて彼は、好んで山野を歩き、笛の音を響かせるようになりました。
明るい性格である反面、気難しく怒りっぽいという短所もある牧畜の神。
牧神パンが、恋したのはニンフのエコーやシュリンクス。
 
 エコーはナルキッソスに片思いした挙句に、木霊になったのは、比較的有名な話しですが、パンに言い寄られて攣れない仕打ちをしたせいで逆恨みされたと言う物語もあります。
ここでヘルメスが語るのは、後者のシュリンクスの方。
シュリンクスは、アルカディアの近辺を彷徨うニンフで、生真面目で内気な性格だったと言います。
彼女自身は、女神アルテミスに御供して、弓矢を持ち狩に明け暮れる毎日でした。
或る日、リュカイオンの山からの帰り道で、シュリンクスはパンに出会ってしまいました。
パンは今度こそ、シュリンクスに想いを伝えようとしたが、またしても果たせません。

 シュリンクスは身を翻して、小道を逃げ始め、森のニンフの足は速いが、神パンも跳ぶように駆け抜け、二人は追いつ追われつ駆け続けました。
シュリンクスはラードーンの河まで逃げてきて、ここで彼女は両手を差し伸べ、河に住むニンフに願っいます。
「私を守って! この姿を変えて!」 
 パンがシュリンクスを捕らえたその瞬間、彼女は葦に変身し、葦は風にゆれて、低い音をたてました。
パンはしばらくその音に耳を傾けていたが、しばらくして葦を折って長短の管を作るとそれを蝋で固めて作ったのが、シュリンクス笛。
パンの片思いは、美しい調べとして嘗ての恋しい人であったその笛から、美しい調べとして返されました。
これがパンとシュリンクスの物語、笙笛の由来。

続く・・・・




2009/07/08

ギリシア神話の神々34

<ヘルメス>

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 或る日、ゼウスは恋をしました(又かい!)。
ティタンの娘で、後に夜空に輝くプレイアデス(和名 昴)の一人となるマイアでした。
今度はレトの時のように、ヘラに酷い目に遭わされまい、と思ったかどうかは不明だが、二人はヘラが昼寝をしている間に、アルカディアのキレネ山中の洞窟の中で結ばれます。

 ヘラに隠れて産まれた子がヘルメス。
そんな彼は成長して、嘘つきと泥棒の神様となりました。
ヘルメスは生まれてすぐに、アポロンの牛を50頭盗み、 しかも、足跡から判らないように、 牛に麻靴を履かせたのです(この話は、シャーロック・ホームズの冒険:プライオリ・スクールに引用されています)。
うち2頭を犠牲に殺して、その肉を焼いて食べ、残りは洞窟に隠しました。
キレネ山の洞窟に帰ると1匹の亀を見つけて、甲羅をはがし、そこに牛の腸を7本張り、それが竪琴になりました。

 一方アポロンは予言の神でもあるので、一発で牛盗人がヘルメスであることをつきとめ、マイアの洞窟にヘルメスを攻め立てにやってくると、彼は悪業を一切否定します。
母のマイアも「生まれたばかりの赤ん坊が牛を盗むはずがない」と言います。
怒ったアポロンは、ヘルメスをゼウスの前に引き立て、牛を返せと責め立てるのですが、全能神ゼウスは既に事の真相は分かっていたのでした。

 ヘルメスに牛を返すように促し、ここでようやくヘルメスはアポロンを牛のところに案内します。
その時、ヘルメスは自分が発明した竪琴を鳴らしながら歩いたと云います。
その音色を聞いたアポロンは「牛はいらないから、その竪琴をくれ」と言い 、こうして、ヘルメスは本意道理に牛を手に入れたのでした。

 次に、ヘルメスは葦笛を発明してアポロンの牛追いの杖と交換(この杖は人を眠らせる事が出来る魔法の杖だった)しました 。
不思議な話しかもしれないが、こんな事があってアポロンとヘルメスはかなり仲が良いのです。
 
 ゼウスは、この子供を大変気に入り、以後ヘルメスは旅行、通信、商売の神となり、更に後年、彼は冥界に攫われたペルセポネを迎えに行ったり、百目のアルゴスを退治したりと、脇役的な活躍を見せるようになります。

続く・・・・



2009/07/07

ギリシア神話の神々33

<ヘパイストス・Ⅱ>

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 ヘパイストスの妻アフロディテは恋愛の女神。
彼女は、何時も誰かに恋をしていますが、ヘパイストスは殆ど浮いた話はありません。
そんな彼が珍しく恋をします。
相手は、自らが父ゼウスの頭を割って取り上げた義妹アテナ。
知恵と戦いの女神が、或る日、ヘパイストスの鍛冶場を訪れました。
女神は新しい武器の注文に訪れたのでした。
 
 しかし、ヘパイストス。
アフロディテと疎遠になっている最中だったせいもあり、欲求不満だったのかアテナに迫った!
処女の誓いを立てているアテナは逃げ回り、 足なえだったヘパイストスは、女神の敏捷な動きにはついていけません。
それでも何とか追いついたものの、女神の足元を汚しただけ。

 アテナがその辺に置いてあった羊皮で汚れた部分を拭いて、それを地面に投げ捨てると、何故かその場所が盛り上がり子供が生まれました!
本当に何故だ!?
ヘパイストスの精液が染み込んだ羊皮をアテナが投げ捨てたせいで、大地が身ごもった!のです。
 
 ギリシャ神話では自然の中にも神や精霊が多く居て、そしてその中でも大地母神ガイアは何にでも交わるし、生み出します。
望んでもいない相手に迫られたアテナだったが、目の前で生まれた子供エレクトニオスを育てる事になりました。
 
 エレクトニオスは、大地から生まれた者の証として下半身が蛇だったとか、二本の足の代わりに蛇がついていた、とか身体に蛇が巻きついていたとか言われています。
説は色々ありますが、異形の姿の子供には違いないようです。

 最初、アテナはエリクトニオスを箱に入れて、アテナイ王の3人娘に「決して、開けてはいけませんよ」と言って預けました(生まれたばかりの子供を箱に入れて成人するまでそのままにしておく、というのは女神の術の一つで、不老不死の効果があるそうです)。
 
 しかし、神話では「開けてはいけませんよ」と言われれば、箱だろうが壷だろうが開けられてしまうのです。
ここでも3人の娘たちは好奇心に勝てず、箱を開けると、中から出てきたのは、前述の子供。
びっくりして悲鳴をあげる娘達の声にアテナは気付いたのですが、 こんな事があってかエリクトニオスはアテナイにあるアテナの神殿で育ち、大人になってからアテナイ王になりました。
 
 馬で引くギリシャ戦車は、エリクトニオスが発明しました。
父ヘパイストスについて、鍛冶場でも修行していたからです。

続く・・・・


2009/07/06

ギリシア神話の神々32

<ヘパイストス>

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 ヘパイストス(英名バルカン:ローマ名ウルカヌス)は、ゼウスとヘラの初めての子として生まれたが、 彼は生まれたとき、体が不住でした。
その姿を見て腹を立てたヘラが、オリンポスの山頂から、海に向かって我が子を投げ捨てたのですが、 それを見て気の毒に思った海の女神テティスが幼少のヘパイストスを育てました。
 
 ヘパイストスは手先が大変器用だったので、成長するにつれ、工芸に素晴らしい才能を見せるようになり、彼がテティスを喜ばす為に、宝石に命を与え海を泳がせたもの、それが今日の熱帯魚になったそうです。
テティスの元で幸せに暮らしていたものの、生みの母ヘラに対する蟠りもあったのでしょう、 彼はヘラに黄金の玉座を贈りました。

 それは座った者を縛り付ける拷問まがいの物。
うっかり座ったヘラは、玉座につかまり、ヘパイストスをオリンポスに迎えるまで、開放されませんでした。
オリンポスの一員に入ったヘパイストスは、愛と美の女神アフロディテと結ばれました。
或る日、太陽神ヘリオス(或いはアポロン)は、アフロディテが、浮気している事を告げに来ました。

 ヘパイストスは、蜘蛛の糸よろしく極細の網をアフロディテのベッドの上に仕掛けます。
当時のアフロディテの浮気相手は、ヘパイストスの同母の兄弟にあたる軍神アレス。
何も知らないアフロディテとアレスがベッドの上で愛し合う 。
待っていたかのように天上の網があられもない姿の二人を捕らえ、 その姿のまま、ヘパイストスは他の神々に二人を引き渡したのです。
 
続く・・・・




2009/07/05

ギリシア神話の神々31

<ポセイドン・Ⅱ>

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 ティタン神族に、オケアノスやネレウスという海の神々がいます。
自然の恩恵そのままに、ネレウスには50人とも100人とも言われる娘達がいて、彼女達を「ネレイデス」と言い、そのネレイデスの中の一人がアンピトリテでした。
 
 アンピトリテは陽気な性格で、青い海で波と戯れ、引き潮になると姉妹で岸に出て踊るのを楽しみにしていました。
或る日の事、アンピトリテはナクソス島で踊っていた時、そんな彼女をに熱い視線を送っていたのが、海神ポセイドン。
ギリシャ神話にはよくある一目ぼれで、見えないエロスの矢が胸を貫きます。
 
 ポセイドンは荒々しくアンピトリテを追い掛け回し、その猛々しい様子に恐れをなしたアンピトリテは当然逃げ回ります。
ポセイドンは、彼女に誠意を見せようと、海で取れた真珠や珊瑚がアンピトリテに次々と贈られましたが、彼女は首を縦に振りません。

 趣向を変えてポセイドンが作り出したのは、歌って踊るなおかつ可愛い海の生き物でした。
その生き物はすぐさまアンピトリテの元に向かい、創造主であるポセイドンがどれだけ優しくて、彼女を愛しているか朗々と伝えました。
動物好きのアンピトリテはこの生き物を気に入り、それまで嫌っていたポセイドンと結婚する事になったのです。

 この時の生き物がイルカ。
イルカは功績を称えられ、ポセイドンによって星座の一つに加えられ、 ポセイドンとアンピトリテの間にはトリトンという子供が生まれました。
トリトンは下半身がイルカであるとも魚であるとも伝えられています。

続く・・・・

2009/07/04

ギリシア神話の神々30

<ポセイドン>

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 ポセイドンは、クロノスとレアの子でゼウスの兄に当たります。
ゼウスが父クロノスから政権を奪った時、別の兄ハデスと共に世界を三等分し、海の領域を治める事になりました。
別名、「海のゼウス」、それだけに彼は、情事の数も豊富です。
 
 ポセイドンは、豊穣の女神デメテルに思いを寄せていました。
デメテルは、ポセイドンにとって姉にあたりますが、 デメテルはこの弟が苦手だったそうです。
強引でしつこい求愛に、デメテルは困惑し、 「贈り物を下さい。陸の生物を作ってください。美しいものじゃないと嫌ですよ」そう言って、デメテルは遠まわしに、ポセイドンを遠ざけようとします。
 
 ポセイドンがこれまでに作ったものは、海のニンフを驚かせる為の、磯巾着や 烏賊や蛸。
余り観るべき物が無い作品が多いポセイドンにこの言葉は辛かったでしょう。

 やがてポセイドンは、デメテルに馬を作り、見事な美しい馬を贈られて、デメテルはかえって嬉しかったのでしょう。
この後、二人の間に名馬アリオンとニンフのレスポイナが生まれました。
ポセイドンは馬を作るにあたって1週間以上も試行錯誤したので、馬が出来るまで、ロバやキリン、河馬などの失敗作が世に出る事になりました。

  もう一つ、デメテル絡みで全く違う物語。
デメテルには、ゼウスとの間にペルセポネと言う可愛い娘がいました。
この娘が、神隠しになったので探し回り結局は、冥界の王ハデスに攫われていたのは、前述のとおり。

 ポセイドンは或る日、娘を探して彷徨うデメテルを見つけ、その弱々しい姿に思わずよろめきました。
デメテルは、追いかけてくるポセイドンに気付いて、馬に変身し、付近に放牧されている群れに混じります。
しかし、ポセイドンはあっというまにデメテルの変身を見抜き、自分も馬に変身し、後ろから襲い掛かりました。
こうして産まれたのが、 名馬アリオンとニンフのレスポイナだという説もあります。

続く・・・・


2009/07/03

ギリシア神話の神々29

<英雄オイディップス・Ⅳ>

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 オイディップスは盲目となった代わりに、他の五感が敏感になりました。
彼は国王である自分が去った後、残された双子の王子の権力争いを予言しましたが、この王子達、妹のアンティゴネ程には親思いではなかった様子。
殺人者である父を国から追放し、クレオンを摂政とし一年交代でテ-バイを治めたが、後に王位に着いたエテオクレスがポリュネイケスを追放してしまいます。
 
 この時、ポリュネイケスは「ハルモニアの首飾り」を携えてアルゴスに逃げたと伝えられ、この「ハルモニアの首飾り」は後に賄賂として大変役に立ったのです。
ポリュネイケスはアルゴスの王女と后とし、アルゴスの兵士を従えて故郷テ-バイに攻め込みます。
兵士の一人、アンピラオスは入隊する事を拒んだので、彼の妻に「ハルモニアの首飾り」を差し上げて、妻の勧めでアンピラオスはアルゴスの軍に加わりました。
 
 この兄弟喧嘩にも似た戦争で、アルゴスの兵士6人が死に、エテオクレスとポリュネイケスも相打ちで命を落とし、ちょうどこの時、帰国したのが長女アンティゴネ。
父オイディップスと伴に、アテナイの王テセウスに保護されていたのですが、オイディップスが亡くなったので故郷に戻って着たのでした。

 テ-バイは再びクレオンが治めましたが、このクレオンの出した布告がひどいものでした。
 「テ-バイの死者は葬儀を出すが、敵方は弔ってはいけない」。
二人の兄のうちポリュネイケスは、アルゴス側として戦死したので、葬儀もせず死んだその場所にそのままにされ、腐敗の進む兄の遺体を見ながら、アンティゴネは悲しみ、彼女は兄の亡骸に土をかけた事が、クレオンに知られてしまいます。

 クレオンは法に背いたアンティゴネを逮捕し、牢に入れました。
「兄弟と言えども、敵は埋葬してはならない」という人が定めた法と、「兄弟は何があろうとも手厚く葬る」という神が定めた自然界の常識の葛藤は、文学や美術ではなく法学でよく引き合いにされます。
牢に入れられたアンティゴネを開放して欲しいと願い出たのが、アンティゴネの婚約者だったハイモン。

 彼はクレオンの息子。
ハイモンがアンティゴネが閉じ込められた牢に行くと、既に生きている事に飽きた彼女は、母イオカステがそうしたように自ら首をつり、それを見たハイモンも悲嘆のあまり自殺してしまったのです。
そして、ハイモンに死なれた母エウリディケも悲しんで同じ道を歩みます。

 その後、王位は残ったもの、甥と姪、息子と妻に先立たれてしまったクレオンは、なおもアルゴスの6人の兵士達を埋葬しないままにしていたが、その兵士の遺体を返して欲しいと、言ってきたのがアルゴスの王。
それを断ると今度はテセウス率いるアテナイの侵攻が始まります。
このテセウス、ギリシャ神話を代表する英雄の一人で、癖のある性格ゆえ彼の人物評については賛否両論ありますが、無敵である事は間違いありません。

 さすがにテセウスの軍隊には歯が立たず、クレオンはアルゴス兵の遺体を渡し、 テセウスは国を追われたオイディップスを匿った人なだけに、それなりに情も深かったのでしょう。
テセウスがアルゴス兵の屍を荼毘に付し、これにて復讐劇は終了するのです。

続く・・・・
 
2009/07/02

ギリシア神話の神々28

<英雄オイディップス・Ⅲ>

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 テ-バイにオイディップスが着くと、国は大騒ぎでした。
町の西側で、スピンクスが謎を仕掛けては通行人を襲っていたので、ライオス王がこの怪獣についてデルポイに神託を伺いに行く途中、その王も山賊に襲われて死んでしまい、世継ぎの無いままの他界だったので、国は沈んでいました。
 
 王妃の弟のクレオンが、摂政として代わりに国政に参加していたが、彼にもスピンクスの問題はどうにもならなかったので、テ-バイの国にお触れが出ます。
それは「スピンクスを退治した者は未亡人となった王妃を娶り国王になれる」という内容。
 
 オイディップスは、スピンクスを退治しようと考えます。
何しろ彼は国も捨ててきたくらいですから、恐れも何もなく、国境付近に怪物スピンクスが居たので、オイディップスは謎に挑戦しました。
 
 スピンクスが出した問題と言は、「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足になるものは何か?」というもの。
「それは人間」とオイディップスは答えます。
たったこれだけの謎に、テ-バイの国民は四苦八苦していたのですが、スピンクスは謎が破られたのを嘆いて、そのまま崖から身を投げてしまいました。
 
 テ-バイに凱旋したオイディップスは、未亡人となったライオスの妻を娶り、テ-バイの王となり、王子として生まれ、父に捨てられながらも、王子として育ち、テバイの王位を継いだのだから、ある意味オイディップスは幸運なのかもしれません。
しかし、彼が知らずに妻としたイオカステは、生き別れたオイディップスの実の母でした。
イオカステとの間に双子の男の子(ポリュネイケスとエテオクレス)と女の子二人(アンティゴネとイスメネ)が生まれ、夫婦仲も良く、子供達にとっては良い父親であり、国王としては善政を施し国民に慕われました。

 しかし、やがてテ-バイの国に飢饉、疫病、災害が立て続けに降りかかり、ここは一つ、神託を伺うべしと、かつてそうしたようにアポロンの神殿に王妃の弟クレオンを向かわせました。
その答えとは、
「先王の殺害者の罪によるものだから、其の者を探し出して追放するべし」 というもの。
まさか犯人が自分だとは思わないオイディップスは、先王殺害の犯人を国を挙げて捜査します。

 テ-バイの預言者テレイシアースが遣って来て、渋る預言者がようやく重い口を開くと、「先の王ライオスを殺した犯人は他ならぬあなたです、オイディップス王」。
重い空気が流れる中、コリントスから使者が現れ、「父上であるコリントス王が亡くなったので、戻ってきてください」と使者は告げます。
 
 オイディップスは、コリントスへはもはや戻る事ができないと使者に告げると、「アポロンの神託で、私は父を殺し母を犯すと、言われました。父を殺さずに済んで良かったけれども、母を犯したくありません」と、オイディップスは言いました。

 それを横で聞いていた、妻イオカステの顔色がサッと青ざめ使者の言葉に耳を傾けます。
「それは早計でした。実は王子、貴方は捨て子だったのです。コリントスの山の中で足にピンを突かれて捨てられていたのを、当時牛飼いをしていた私が拾いまして、国王夫婦に届けました」。
使者は、オイディップスを赤子の時助けた元牛飼いで、国王にささげた男の赤ちゃんが気に入られて、牛飼いから国王の側近に出世していたのですが、「だから、王妃を襲うなんてあり得ません」と使者は言います。

 元牛飼いは何も悪いことを言っているとは、思わなかったのでしょうが、「足にピンを刺された子供」と言う言葉が、イオカステの脳裏を巡りました。
「と言うことは、オイディップス……。そなたは、私の子」
その時既に予言は、実現していたのです。

 その後、イオカステは自ら命を絶ち、オイディップスは妻であり母でもあったイオカステのブローチのピンで今度は自らの目を刺して、長女アンティゴネだけを従えて国を出ました。
前国王殺害者は、国外追放と自分が出した触れに、自分が従う形となってしまったのです。