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2009/09/30

ギリシア神話の神々108(星座編)

<冬空の7人姉妹・プレアデス星団>

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 寒い冬の夜 、おうし座の左肩に、青いベールに包まれ美しく輝くプレアデス星団を見る事ができます。
ギリシア神話では、プレアデスの七人姉妹、タユゲテ,エレクトラ,アルキオネ,ケラエノ,マイア,メローペ,ステロペの姿だと言われています。

 イギリスの詩人テスニンの物語詩に、眠りにつく前に、度々ツタで覆われた窓枠の向こうに、西へゆっくり傾いて行く大きなオリオンを見た。
私は、度々美しい色を見せて昇りくるプレアデスを見た。
ホタルの群れのように輝き銀色の編んだ髪にからまって。

 という有名な詩が残されています。
この美しい星団は遥か古代より、輝く天の宝石として愛されてきました。  

 ギリシア神話の中でこのプレアデスは、巨神(テイタン)族のひとりアトラスと、水のニンフ、プレイオネとの間に生れた七人姉妹であると云われています。
一番明るい星は、アルキオネ。
肉眼で六つの星しか見る事ができないのは、プレアデス姉妹のエレクトラが、トロイアの都が無残に滅びていくのを見ていられず、髪をなびかせて空を駆け巡り、彗星となって姉妹のところへ戻らなかったから。
六つの星の中で一番光の弱い一つは、プレアデス姉妹のメローペです。

 プレアデス七人姉妹の中のマイアは、ゼウスに愛されて、オリュンポスでも、重要な神であるヘルメスを生みましたが、この姉妹はそれぞれに愛らしく、美しい乙女達であったそうです。
姉妹達は、月の女神アルテミスに仕え、ポイオティアの森に住んでいました。
彼女達は月の美しい夜になると森の中の広場で、月の光を浴びながら美しく舞い踊るのでした。

 或る月の輝く夜、プレアデス姉妹が踊っているところへ、狩りの途中のオリオンが通りかかりました。
美しい女性に目のないオリオンは、もっとよく見ようと、姉妹達に近づいて行ったのです。
それに気がついた姉妹達は驚いてしまい、森の奥深くへ走って逃げましたが、狩人であるオリオンは獲物を追うように、どこまでも追って行きます。
追いつめられたプレアデス姉妹は、女神アルテミスに救いを求め、七羽の白い鳩にしてもらって空高く飛び去り難を逃れたのです。
これが天上に昇って星となったプレアデス星団だと云われています。

 アトラスはBC3世紀に書いた詩の中で、星々に個々の名前を与えました。

 彼女らがもつ7個の名は、アルキオネ、メローぺ、ケラエノ、タイゲタ、ステロペ、エレクトラ、そして女王にふさわしいマイア、等しくどれも小さく、そして暗い。
されど、ゼウスの意思をうけて、すべて輝く、朝に夕に、夏と冬に...。

 一番光の弱いこの星は、人間であるシュシュポスの妻になってしまった事を恥じるメローペの姿。
青いベールに包まれ、美しく輝くその姿はメローペの流す涙のようです。

続く・・・

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2009/09/29

ギリシア神話の神々107(星座編)

<エウロペと白い牡牛・おうし座>

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 おうし座は、大神ゼウスがひと目ぼれした、美しい娘エウローペをさらった時に化けた優雅な白牛とされています。
ファニキアの王、アゲノ-ルには3人の息子と一人娘のエウロペが居ました。
或る時、大神ゼウスは、オリュンポス山の頂きから下界を見下ろし、フェニキアの海岸近くで戯れるエウロペの姿を見つけました。
エウロペの美しさに夢中になったゼウスは、妻ヘラの目を逃れる為、1頭の牡牛に姿を変えてフェニキアへと降り立ちました。

 ゼウスの変身した牛は、雪のように白く透き通るような角を持ち、とても優しい目をしていたので、エウロペは、突然現れた牡牛に驚いたものの、その美しさに見とれてしまいました。
エウロペは、牡牛に恐る恐る近づき、摘んだ花を差し出すと牡牛は鼻面をエウロペにこすりつけて喜びました。
こうして牡牛と戯れるうちにエウロペの心から恐れが消え、ついにエウロペは牡牛の背にまたがりました。

 すると途端に牡牛は海に向かって走り出し、海を渡りはじめたのです。
背上のエウロペは、恐怖におののきながら牛の角をしっかりとつかみ、遠ざかる陸地を見ている事しかできませんでした。
やがて牡牛はクレタ島に辿り着き、ゼウスは想いをとげました。

この時、ゼウスの変身した牡牛の姿が星となり、牡牛座になったと云われています。

続く・・・

2009/09/28

ギリシア神話の神々106(星座編)

<ファエトンの最後・エリダヌス座>

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 エリダヌス川は、太陽神アポロンの息子ファエトンが、天を駆ける太陽を曳く馬車から落ちた川と云われています。

 ファエトンという、太陽神アポロンの息子がいました。
彼は、自分がアポロンの息子である事に誇りをもっていましたが、友人の誰もがそれを信じてくれなかったため、ファエトンはアポロンの宮殿に出かけて行き、自分が太陽神の息子である事を証明しようとしました。
アポロンはパエトンを自分の息子だと認め、証拠として何でも1つ望みを叶えてやろうと言いました。
するとファエトンは、友人達に証明する為に、太陽を曳く馬車を操らせて欲しいと頼んだのです。
アポロンはこの申し出に困り果ててしまいました。
なぜなら、太陽を曳く馬は、とても気性が荒く、他の神々でさえも乗りこなす事が、できなかったからです。

 しかし、ファエトンはアポロンの言葉を盾にとって、太陽を曳く馬車を借り、大空へと飛び出しました。はじめのうちは、万事怠り無く馬車を走らせていましたが、馬達は手綱を取るのがアポロンでないと気付いた途端に暴れはじめたのです。
馬車は、太陽の通り道である黄道を外れて、滅茶苦茶に走りはじめ、近づくもの全てを、太陽の熱で焼き尽くしてしまいました。
このままでは、世界がすべて焼き尽くされかねないと思った大神ゼウスは、仕方なく雷光を放ってファエトンを撃ち殺しました。
ファエトンの亡骸は、馬車から転げ、そして落ちて行ったのがエリダヌス川です。
ファエトンの亡骸は、ひどく焼けこげ、見るも無残な有様でしたが、水の精女達がパエトンの亡骸を拾い上げて葬りましたが、ファエトンの姉妹であるヘリアデス達はファエトンの死を悼み、墓の上に臥して何時までも泣き続けたと云います。
やがてヘリアデス達の身体は、ポプラの木へと変じて墓の上に宿り、流れ落ちた涙は琥珀となって、エリダヌス川の底に沈んだと云われています。

続く・・・

2009/09/27

ギリシア神話の神々105(星座編)

<もう一つのノアの箱舟・みずがめ座>

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 ギリシア神話では、美少年ガニメデスの姿と云われています。
ガ、ニメデスは、トロイのイーダ山で羊を飼っていた美少年とも、トロイアの王子とも伝えられ、その身体は永遠の美と若さを表す金色に輝いている程でした。
そこで大神ゼウスは、その美しさを愛で、ある時大きな黒鷲に姿を変えて、少年をさらい神々の酒盛りの席の小姓役を務めさせる事にしたのです。


 此方の伝説は、大変興味深いもので、プロメテウスの子デカリオンであるとする神話です。
世界が青銅の時代を迎えていた頃、人々は悪徳に溺れ、互いに争っては殺し合いをしていました。
それまで地上で暮らしていた神々は、一部を除いて天上界へ去ってしまったので、地上は益々、荒れ果てていってしまいました。
その頃大神ゼウスは、世界の余の惨状に、天災を起こして世界の人々を総て滅ぼそうとしていました。

 そんな荒れ果てた世界にあって、プロメテウスの息子デカリオンとその妻ピュラだけは、心正しく、彼の領地であったテッサリアを節度をもって治め、神々を敬うことも忘れていませんでした。
プロメテウスは、ゼウスが世界を滅ぼそうとしているのを知り、息子デカリオンとピュラだけは救いたいと考え、デカリオンに「箱舟を造ってその中に逃れよ」と神託を下しました。
デカリオンは言い付けに従って箱舟を造り、妻と共に乗り込みました。

 やがて天災は訪れ、ゼウスは雨を呼ぶ南風を遣わして、思う様暴れさせ、低くたれ込めた雲を絞っては雪崩のような雨を降らせました。
河の神達にも命令を下すと、河はあふれ出し洪水となって、地上の総てを押し流してしまいました。

 この洪水は9日間続き、人類で生き残ったのは、箱舟に乗ったデカリオンとピュラだけでした。
箱舟は、パルナッソス山の頂きに辿り着き、2人は無事を感謝してゼウスに供物を捧げました。
しかし、世界で生き残った人間が自分達だけだと知ると、どうやって再び人類を栄えさせればいいのかデカリオン達にはわかりませんでした。
そこで2人は、法の女神テミスに祈り、どうしたらいいかを訪ねたのです。
するとテミスは「頭を布で覆い隠し、大いなる母の骨を歩きながら後ろに投げよ」と神託を告げました。デカリオン達は母の骨を投げる等と言う恐ろしい行為をせよ、という神託に愕然としましたが、しばらく考えた末デカリオンは、「法の女神がそのような行為をせよというはずがない、これは大地を大いなる母と見て、その骨とは大地を形作る岩のことであろう」と考え、試しにそばに落ちていた石を肩越しに放ると、その石は見る見るうちに柔らかくなって人間の姿へと変わっていったのです。

 2人は人類が再び栄えるであろう喜びに満たされ、多くの石を抱えて投げました。
デカリオンの投げた石からは男が、ピュラの投げた石からは女が生まれ、こうして再び人類は増えていったのです。
この後、デカリオンは人類の第2の祖としての功績を神々に認められ、天に昇って水瓶座になったと 云われています。

 言うまでもなくこの伝説は旧約聖書のノアの箱舟に酷似した内容となっていますが、これはこの2つの話しの間になんらかの関係があるか、もしくはもともとは1つの話しであったのではないかと云われています。

続く・・・
2009/09/26

ギリシア神話の神々104(星座編)

<英雄・ペルセウス座>

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 ペルセウスは、ギリシア神話の英雄で、数多くの神話が残されており、1つは、アンドロメダ姫を救い出したといわれるお話ですが、それ以前のペルセウス誕生からのお話です。

 アルゴスの王アクリシオスに、ダナエーという美しい娘がいましたが、アクリシオスは、他に自分の後を継がせる子が居なかったので神託を伺いました。
すると、「お前の娘が男児を生み、お前はその子に命を奪われるだろう」と予言がなされました。
アクリシオスはこの予言を恐れ、ダナエーが年頃になると青銅で厳重に囲った塔の一室に閉じ込めてしまいました。

 その様子を大神ゼウスが眺めていて、ダナエーの美しさにまたしても悪い癖をおこし、黄金の雨となってダナエーの住む塔の中へ潜り込んだのです。
やがて時が経ち、ダナエーに男児が産まれ、その子はペルセウスと名付けられ、ゼウスの血を引く美しく力強い男児でした。
その子供の泣き声を聞きつけて、雷に打たれたよりも驚いたのはアクリシオスです。
アクリシオスは、母子共々殺そうかとも考えましたが、さすがに自分の娘を手にかける訳にはいかず、2人を木箱に入れて海に流しました。

 ダナエーは、ぐずるペルセウスを愛子ながら、波と風に運命をゆだねて揺られて行きました。
長い漂流の後、木箱がようやくたどり着いたのがセリ-ポス島、2人はディクテュスという親切な男の人に助けられて、ようやく落ちついて暮らすことができるようになります。

 やがて、ペルセウスは成人し平穏に暮らしていけるかと思った矢先に、また災難がやってきました。ディクテュスにはポリュデクテスという兄がいて、いまだ美しさの衰えぬダナエーに恋心を抱いていたのです。
しかし、ダナエーにポリュデクテスの妻になる気はなく、誘いを巧みに断わってきたものの、度重なると段々に難しくなってしまいます。
何れ強引な手段に出てきたら、息子のぺルセウスだけが頼りですが、一方ポリュデクテスにとってもペルセウスは邪魔者でした。
そこで彼は、ペルセウスをダナエーから遠ざける為、ペルセウスに向かって、祝宴の進物として怪物ゴルゴンの首を取ってくるように命じたのです。

 ゴルゴンは蛇の頭髪と猪の牙、青銅の手を持ち黄金の翼で空を飛び、視線を合わせた者を即座に石に変えてしまうという怪物の3姉妹です。
しかも姉妹のうち、ステンノ、エウリュアレの2人は不死身で、末娘のメドゥーサだけが可死だったので、ゴルゴンの首を取るというのは、常人では到底成しえない事でしたが、ペルセウスには3人の協力者がいました。
戦女神アテナと伝令神ヘルメス、流水の精女ナイアデスです。

 ペルセウスは、この3人の協力を得て、目指すメドゥーサの部屋へ忍び寄ると、視線を合わせるのを避けて青銅の盾にメドゥーサの姿を映し、それを頼りにメドゥーサの首を切り落としました。
翼の生えた天馬ペガサスは、そのメドゥーサの首からあふれた血の中から飛び出してきたと云われます。
異変に気がついたメドゥーサの姉達が騒ぎはじめましたが、隠れ兜をかぶっていたペルセウスを見つけることはできず、ペルセウスは素早くキビシスの袋の中にメドゥーサの首を放り込むと、ペガサスに乗って洞窟を飛び出しました。
こうして、ペルセウスは首尾良くメドゥーサの首を手に入れる事ができたそうです。

 帰途の途中エチオピアで、アンドロメダ姫と結ばれたペルセウスは、妻を連れて故郷へと帰って来ました。
ペルセウスの留守の間にポリュデクテスの乱暴は、度合いを増し、ダナエーは、ゼウスの聖廟に立てこもっていました。
ペルセウスはポリュデクテスの横暴に激怒し、死してなお石化の魔力の残るメドゥーサの首を突きつけ、彼とその取り巻きたちをすべて石にしてしまいました。

 そしてペルセウスは、アンドロメダとダナエーを伴いアルゴスへ向かいました。
ところがペルセウスが帰って来ると聞いて、昔の予言を恐れたダナエーの父アクリシオスは、アルゴスを離れ、テッサリアのラリッサ市へ逃れて行きました。
しかし、運命は皮肉でした。ペルセウスは祖父アクリシオスの行方を尋ねラリッサ市を訪れていたのです。
 
 その時、偶然ラリッサ市の王テウタミデスは、父王の葬儀を記念した5種運動競技会を開いていて、それを聞いたペルセウスも勇んでこの競技に参加しました。
ところが、得意の円盤投げの時、彼は手を滑らせて、円盤を客席の中へ投げ込んでしまったのです。
円盤は客席にいた老人の頭に命中し、老人を殺してしまいました。
そしてまさに、その老人こそ、祖父アクリシオス王であったのです。
こうして、神託の予言は成就されました。

 ペルセウスは、アクリシオス王の跡を継ぐことを拒み、従弟プロイトスの子メガペンテスと領地を交換し、ティリュンスの地でアンドロメダと共に安らかに暮らしたそうです。
そして死後、彼は生前の功績により妻アンドロメダ共々、天上に昇って星座となることが許されました。
これがペルセウス座、アンドロメダ座となったと云われています。

続く・・・
2009/09/25

ギリシア神話の神々103(星座編)

<天界を翔る天馬・ペガスス座>

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 ペガススは、ペルセウスがメドゥーサの首を切り落とした時、その血が落ちた岩から高く嘶きながら飛び出した天馬だと云われています。

 コリントスに、武術と勇気に優れた、ベレロポンという勇者が居ました。
その勇者ぶりは、ペイレネーの泉で水を飲む天馬ペガススを女神アテナから受取った黄金の手綱で捕らえ、乗りこなす程でした。

 ペレロポンが、アルゴス王プロトイスの許に身を寄せていた時、プロイトスの妻アンテイアが、ベレロポンにしつこく言い寄ってきました。
しかし、誇り高い青年であったベレロポンは、不貞の恋を激しく非難し、アンテイアの誘惑を総てはねつけたのです。
怒ったアンテイアは自分の衣服を裂き、プロイトスに、「ベレロポンに襲われそうになった」と嘘を告げました。
プロイトスは、ベレロポンに怒り狂いましたが、自分の客を殺すことはできません。
そこで、ベレロポンをアンテイアの父であり、リュキア王イオパテスの許へ「なんとか手段を講じてこの男を始末するように」という手紙と一緒にリュキアの地に送りました。
 
 手紙を読んだイオバテスは、ベレロポンに国を荒らしていた怪物キマイラの退治を命じました。
キマイラは、獅子と牡山羊の頭をもち口から火を吐くという恐ろしい化け物で、これならば、ベレロポンといえども倒せるはずはないと思ったのです。
ところが、ベレロポンはペガススに乗って意気揚々と飛び出し、キマイラに巨大な鉛の塊を投げつけてあっさりと殺してしまいました。
イオバテスは、その他にもソリュモイ人やアマゾンの女戦士族の討伐を命じましたが、ベレロポンはそれらを難なくやってのけ、最後にはイオバテス自らがベレロポンを殺す為に雇った兵士達も打ち倒しました。

 此処に来て、イオバテスもベレロポンを只者ではないと認め、末の娘と自分の国を半分与えて大いに持成したのです。
しかし、ベレロポンはこれ等の成功に気を良くして、驕り高ぶり、ある時彼は、自分こそ神々の一員になるにふさわしいと思い、ペガススに乗って天上界へ昇ろうとしました。
しかし大神ゼウスは、ベレロポンのこの思い上がった行為に怒り、一匹のあぶを遣わしてペガススのお尻を刺させました。
するとペガススは途端に暴れ出し、ベレロポンを振り落として、そのまま天へと走り去ってしまったのです。
ベレロポンはアレイオンの野に落ちて片足を失い、惨めな晩年を送ったそうです。

 ペガススは、メドゥーサの首と一緒にアテナに捧げられ、のちに詩の女神ムーサ達に与えられました。
ペガススはムーサ達の住むヘリコーン連山に放たれると、地面を蹴り、その蹄の跡から泉を湧き出させました。
その泉は「ヒッポクレーネ(馬の泉)」と呼ばれています。
そして、天上界まで走ったペガススはゼウスの雷光を運ぶ軍馬となり、やがて星と成ったと云われています。

続く・・・
2009/09/24

ギリシア神話の神々102(星座編)

<金の羊・おひつじ座>

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 ギリシア神話では、この羊はボイオティアの王アタマスの2人の子供、プリクソスとヘレを救う為、大神ゼウスが遣わした金の羊だと云われています。

 ギリシアの中部、ボイオティア地方を統治していたアタマス王は、イーノという女性を後妻に迎えました。
イーノは、アタマスの前妻である雲の精ネペレと王の間に生まれた2人の兄弟、プリクソスとヘレを引き取って育てていましたが、やがて自分に子供ができると、血のつながっていない2人を邪魔に思うように成って行ったのです。
イーノの2人への悪感情は日増しに強まっていき、ついにある年、彼女は2人を殺してしまおうと決意したのです。

 秋、種蒔きの時期が遣って来た時、イーノは女達に命じ、男達に隠れて小麦の種籾を炒っておかせました。
何も知らない男達はその種籾を蒔き、世話をしていましたが、当然の事ながら春になっても芽の出が思わしくありません。
不作を知ったアタマスは、解決策を求めて、デルフォイにあるアポロン神殿の神託を受けるべく使者を送りました。
しかし、イーノは女達に続き、この使者までも丸め込み、「前妻の子供2人を大神ゼウスへの生贄として捧げれば凶作がやむだろう」と言う偽の託宣を王に伝え、民の間にふれ回ってしまったのです。
自分の子供の命を犠牲にする事など、王の望む処ではありません。
しかし、その偽の託宣は既に総ての人々の知る所でも有ったのです。
民衆は、お告げに従うようにと王に迫りました。
王は、仕方なく2人を生贄にする事に同意してしまったのです。

 イーノの思惑どおり、プリクソスとヘレは、ゼウスの祭壇に引き立てられてしまいました。
ところが、プリクソスとヘレが儀式で無残な最期を迎えようとしたその時、2人の身体は突然現れた雲霧に包まれ、霧が晴れた時には既に2人の姿は、そこから消えていました。

 この奇跡を成し得たのは母親であるネペレでした。
自分の子供の危機を知ったネペレは、大神ゼウスに2人の助命を懇願し、使者である伝令神ヘルメスを通して、天駆ける金毛の羊を受取っていたのです。
ネペレは自らの力を使って2人を雲霧の中に隠し天空へ引き上げると、金毛の羊の背にまたがらせ、遥か遠く北方にあるコルキスの地へと運び去りました。

 この時、妹のヘレは眼下に広がる青い海原にめまいを起こし、羊の背から波間へと落下してしまいました。
以降、ヘレの落ちたこの場所をヘレスポントスと呼ぶようになったと云います。
命が助かったことを喜んだプリクソスは、自分を助けてくれた金毛の羊を感謝の印として、ゼウスの神殿に捧げ、その金色の皮をコルキスの王アイエテスに献上しました。

 ゼウスに捧げられた羊をその功から天に昇げ、牡羊座になったといわれています。

続く・・・
2009/09/23

ギリシア神話の神々101(星座編)

<アンドロメダ>

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 アンドロメダ・カシオペア・ケフェウスの3つの星座にアンドロメダの夫ペルセウス座を加えて「エチオピア王家の4星座」と呼ぶ事もあります。
神話ではこれらの星座は、エチオピアの王ケフェウス,王妃カシオペア,王女アンドロメダ,そしてポセイドンが、エチオピアに送り込んだ海の怪物(鯨座)とされています。

 エチオピアの王ケフェウスには、美しい妻のカシオペアと、更に美しい娘のアンドロメダが居ました。特にカシオペアは、娘の美しさが誇らしく、事ある毎に自慢していました。
しかし或る時、終にカシオペアは、「アンドロメダの美しさは、海神ネレウスの50人の娘達ですら及ぶまい」と言いふらしてしまったのです。
これを耳にしたネレウスは、激しく怒り、海神ポセイドンを動かし、エチオピアに洪水と大津波を起こしました。
あわてたケフェウスは、神々の怒りを鎮めるには、どうしたら良いか神託を求めました。
そして返ってきた答えは、「アンドロメダを海の怪獣へ生贄に捧げよ」。 と言うものでありました。
可愛い娘を生贄に差し出す事は、ケフェウスには何よりも辛い事でしたが、王として国を守る為には仕方が無く、アンドロメダは海岸の岩に鎖でつながれ、怪獣に食われるのを待つばかりとなりました。

 ちょうどその時、天馬ペガサス (ペガスス座) に乗った英雄ペルセウスが、エチオピア上空を通りかかりました。
彼はセリポス島の王ポリデクテスの命令で、視線を合わせただけで相手を石に変えてしまう化け物、メドゥーサを退治してきたところでした。
鎖につながれたアンドロメダ姫を見たペルセウスは、何としても彼女を救いたいと思い、彼はケフェウスの宮殿に行き事情を聞くと、「私が怪獣を倒しましょう。そのかわり姫を私に下さいませんか?」
と言いました。
怪獣に食われるよりは、とケフェウスは喜んで承知しました。
ペルセウスはさっそく岩陰から飛び出すと、袋に隠し持っていたメドゥーサの首を怪獣の鼻先へ突きつけました。
すると、死してなお魔力を保つメドゥーサの首は、たちまち怪獣を石への塊へと変えてしまったのです。

その後ペルセウスの父ゼウスが、海神ポセイドンの怒りを鎮めてくれました。
ペルセウスはアンドロメダ姫と結婚し、エチオピアの王となったと云われています。

続く・・・
2009/09/22

ギリシア神話の神々100

<ヘルマプロディトス・麗しきアンドロギュノス>

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 古代より、芸術作品中にしばしばその姿を表す、豊かな乳房を持ったなよやかな美青年、もしくは男根を具えた美女。
両性具有者の代名詞的存在であるその神は、名をヘルマプロディトスと云います。

 父は男性美の典型である男神ヘルメス、母は女性美の極致である女神アプロディテ。
彼の名前は、この父母の名を合体させただけの非常に安直なものですが、同時に彼自身の身体のあり方を示す意味深い名前でもあるのです。
男女両性を兼備するという彼の身体的特徴は、しかし生まれつきのものではありませんでした。
もともとは、普通の男の子で、両親の麗質を受け継いだ輝くばかりの美少年だったのです。
イダ山の洞窟で母親代わりのニンフ達に可愛がられ、それはそれは健やかに成長しました。

 15歳を迎えた或る日の事、少年らしい冒険心から故郷を離れ、当てのない旅に出た事からヘルマプロディトスの人生は変わります。
初めて見る国々、初めて見る風景に心躍らせながら遠くカリアの地に迄辿り着いた彼は、そこで滾々と湧き出る大層きれいな泉を見つけました。
それは水の精(ナイアス)の1人サルマキスが支配する泉でした。

 サルマキスは、仲間のナイアス達がこぞって処女神アルテミスに仕えている中、唯一色気づき、日がな1日美容やおしゃれにばかり時を費やす娘でした。
その日も華やかに身を飾り、泉の近くで花摘みをしていたところでヘルマプロディトスを見かけたのです。
ヘルマプロディトスは、心ゆくまで辺りを散策した後、眼前に湧き出る綺麗な泉に身を浸そうと衣服を脱ぎ捨て、水に飛び込みました。
彼の光り輝く裸身を見てますます恋に燃えた彼女は、獲物が自分の泉に飛び込んだのを見るなり、ものすごい勢いで衣を脱ぎ捨て、頭から泉に飛び込んだ水の精は、慌てふためくヘルマプロディトスの身体に蛇のように絡みつき、強引に口づけを奪います。
触れられるのを厭う少年が必死で逃げようとするのを力ずくで封じ、ひたと抱きついて勝ち誇った笑みを浮かべました。

 ヘルマプロディトスにとっては、殆ど呪いに等しいような、この恋に狂った女の祈りが天に届いたとき、彼ら2人の身体に恐ろしい異変が生じました。触れ合った肌と肌の境界があやふやになり、まるで影が重なるように溶け合って行き、仰天したヘルマプロディトスの悲鳴さえも既にもとの凛々しい声ではなく、男のものとも女のものともつかない中途半端に甲高い声に変わっていました。
逞しかった身体の線は、みるみる丸みを帯び、何と胸までふくらんでくる始末。

 絡みついていたサルマキスの姿が消え失せた後に残ったのは、まるで女のように柔和になってしまった――しかし男性の象徴もちゃんと残っているという、世にも奇妙な肉体になってしまった自分ただひとり。 
 
 望みもしないのに変な女に惚れられた挙げ句、両性具有者にされてしまったヘルマプロディトスは、自分の運命を激しく嘆き、父ヘルメスと母アプロディテに祈りました。
自慢の息子が、蒙った悲運に心痛した両親が彼の望みを叶えた為、サルマキスの泉は、恐ろしい魔力を持つ不浄の泉として後世に悪名を残す事となりました。

 しかし、両性具有となった後もヘルマプロディトスの美しさには変わりがなく、むしろ男にも女にもない摩訶不思議な魅力の持ち主として、それまで以上に注目を浴びるようになりました。
芸術作品に好んで描かれたのもその魅力、古代ギリシア以来、両性具有者は「普通の男性・女性が抱える欠落が補完された理想的人間、完全性の象徴」と見なされ、聖なる憧憬の対象とされました。男性のままでいたかったヘルマプロディトスにとっては、迷惑な話でしょうが、やはり人間は常ならぬ美に惹かれるものなのですね。
 
続く・・・
2009/09/21

ギリシア神話の神々99

<アルテミス・生と死の大女神Ⅳ>

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 同じ処女神とは言っても、始終男性と行動を共にして彼等に力を貸すアテナとは違い、清らかな乙女ばかりを側に侍らせるアルテミスは大変な男嫌いでした。
彼等の言い寄りに耳を貸さないばかりか、近づく事さえ許しません。

 偶然とは言え、彼女の裸を見てしまった者には、世にも恐ろしい罰が下りました。
女神は、狩りを終えると清らかな川や泉で水浴をするのが常でしたが、其の時、たまたま近くを通りかかり、水音やニンフの笑い声を聞きつけて顔を覗かせる不運な男が居るものです。
そんな男の1人であったシプロイテスは、激怒したアルテミスによって、何と女に性転換されてしまいました。
更に悲惨なのは、有名な狩人アクタイオンで、「わたくしの裸を見たと言いふらしてもいいのよ、そうすることができればね!」というヒステリックな叫びと共に泉の水を浴びせられた途端、雄鹿に変身してしまい、自分の連れていた50匹の猟犬にズタズタに噛み裂かれて生命を落とします。

 アルテミスは自分だけでなく、侍女達の純潔を汚そうとする男をも容赦しません。
お気に入りの侍女オピス(これは女神自身の別名でもあります)を犯した美男の狩人オリオンを怒りにまかせて射殺したという話があります。

 しかしながら、オリオンの死には多くの説があり、アルテミスが絡むものだけでも6つもあります。すなわち「オピスを犯して怒りに触れた」説、「傲慢にも女神に円盤投げの競技を挑んだため怒りに触れた」説、「傲慢にも地上の生物をすべて狩り斃してやると豪語したため怒りに触れた」説、「聖地デロス島で暁の女神エオスと交わったため怒りに触れた」説、「女神自身を犯そうとして怒りに触れた」説等ですが、何といっても最も有名でかつ最も面白いのは「女神と恋仲になり結婚しようとした為にアポロンの嫉妬を買って罠にはめられた」説でしょう。

 アポロンは何事もなかった様に、アルテミスを弓比べに誘いました。
アルテミスはさっと黄金の弓に矢をつがえ、弦を引き絞り、点にしか見えないほど遠い標的にぴたりと狙いを定めた刹那、バシュッ!という弦音と一条の光跡を残して矢は空を裂き、あやまたず命中しました。
波間に沈んでいく標的を指さして勝ち誇るアルテミスに、アポロンは実に満足げな極上の笑みを返しました。

 その後、頭を黄金の矢で射抜かれたオリオンの遺体が浜辺に打ち上げられ、アルテミスは悲嘆のどん底に突き落とされます。
海を渡っていた彼の頭を岩だと偽ってけしかけたアポロンの卑劣さにも、それを鵜呑みにして矢を放った自分の迂闊さにも腹が立ちますが、神の手で消された生命はもう戻りません。
せめて彼の姿をこれからも見続ける事が出来る様にと、女神はゼウスに頼んで恋人を天に引き上げ、星座にして貰いました。
これが冬空の王者オリオン座です。

 しかし実はもう1人、これ程あからさまな恋愛感情ではないにしろ、揺るぎない女神の好意を得た男性がいます。
その名はヒッポリュトス、有名なアテナイ王テセウスとアマゾン族の女王ヒッポリュテ(またはその妹アンティオペ)の間に生まれた息子です。
アマゾンの血を引く気性の激しい美少年ヒッポリュトスは、男女の愛を惰弱な汚らわしいものとして忌み嫌い、純潔の処女神アルテミスだけを崇拝していました。
女神もこの少年のひたむきな敬愛を嘉し、2人の間には大変清らかな愛情が行き交っていました。

 しかし、愛を侮蔑するヒッポリュトスの態度に愛の女神アプロディテが立腹し、生意気な少年に復讐すべく、テセウスの妃で少年の継母でもあるパイドラの心に義理の息子への狂恋を吹き込みます。
美しくも冷たいヒッポリュトスに対する王妃の禁断の恋は、テセウス不在の隙におせっかいな乳母を通じて彼に伝えられましたが、父の妻である女性からの道に背く言い寄りなど潔癖なヒッポリュトスにとってはこの世の何より汚らわしいもの。
少年に激しく拒絶されたことを知ったパイドラは露見を恐れ、夫宛ての遺書を残して首を吊りました。書いてあった言葉は、
「こともあろうに、ヒッポリュトスが義理の母であるわたくしの身を汚しました――」

 帰還したテセウスは、これを見て激怒。
真っ赤な偽りだという息子の言葉にも耳を貸さず、彼を王宮から追放し、更にかつて3つの願いを叶えてやろうと言ってくれたポセイドンに「おお神よ、不埒な我が息子に死を与えたまえ!」と祈ります。
効果は覿面、追放処分に呆然としながら馬車を駆っていたヒッポリュトスは、突然海から現れた怪獣に驚き暴れた馬を制御できず、馬車から転落し、暴走する馬に引きずられて若い命を散らしてしまいました。

 しかしアルテミスは彼を哀れみ、アポロンの息子である稀代の名医アスクレピオスに「どうか彼を甦らせてやって」と頼みました。アスクレピオスは伯母の願いに応えて見事ヒッポリュトスの蘇生に成功します。
息を吹き返し、もう二度と父の顔を見たくないという彼を女神はイタリアへ連れていくと、ウィルビウス(再生した者)という名を与えて二級の神となし、自分の祭祀を執り行わせることにしました。
高名な英雄にさえ一度失った生命を取り戻した者はなく、死後星にされたり神格化されたりするのが関の山だというのに、冥界からの帰還を果たした上生きながら神にされたヒッポリュトスは稀なる幸運者と言えるでしょう。
気に入らぬ者を徹底的に毛嫌いする分、心に適った者に対してのアルテミスは誠に愛情深いのです。
 
続く・・・
2009/09/20

ギリシア神話の神々98

<アルテミス・生と死の大女神Ⅲ>

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 オリュンポスの有力女神である割に、交際範囲が狭めのアルテミスですが、その分血を分けた家族(父を除く)とは大変強い絆で結ばれていました。
まず彼女は、他の誰よりも母神のレトを大切にしました。
幼い頃の決意そのままにがっちりと母を守り、アポロンと供に母に仇なす者を片っ端からその矢にかける最強の守護者です。
その代表的な犠牲者となったのが、巨人ティテュオスとテバイの女王ニオベの2人でした。

 ティテュオスは、レトを憎むヘラにけしかけられ、デルポイのアポロン神殿へ向かう途中のレトに飛びかかって、手籠めにしようとしましたが、母の悲鳴を聞いて駆けつけたアルテミスに瞬殺され(アポロンに殺された、またはゼウスの雷に撃たれたという説もあります)、タルタロスに突き落とされた後、2羽の禿鷹に肝臓を喰い破られる永遠の罰を与えられました。

 又、ニオベは7人の優秀な息子と7人の美しい娘を生んだことを誇り、傲慢にも女神であるレトを「たった2人しか子を生まなかった子無し同然の女」と罵った挙げ句、「あんな女よりこの私を拝むがよい」と女神の祭祀を妨害しました。
侮辱された母の怒りの訴えを聞いたアルテミスは、即座に弟と供にテバイに飛び、ニオベが嗤った「たった2人」の身でありながら、14人の息子と娘を手分けして皆殺しにしてしまいました。
自分の思い上がりが、招いた報復のあまりの惨さにニオベの血は凍り付き、滂沱と涙を流しながらそのまま石化してしまったといいます。

 これ程にも強く母を愛するアルテミスを、レトも又心底愛し、誇りにしました。
きらめく矢筒を背負った娘が、獲物を追って元気よく山々を駆けめぐり、お伴の乙女達と快活に遊び戯れる姿を見るのがレトの何よりの楽しみです。
「カリステ(最も美しい女)」や「アリステ(最も優れた女)」と呼ばれる事もある、天界屈指の美少女アルテミスが大勢のニンフ達の中でも一際みずみずしく光り輝く様をうっとりと眺めながら、世界一の子に恵まれた母は満悦の笑みを浮かべるのでした。

 双生の弟アポロンも、彼女と大変親密な関係にありました。
というより、処女神であるアルテミスの眼中に入る男といえば、父ゼウスの他はアポロンしかいません。
しかも前述の通り、正妃ヘラと暮らしているゼウスには、あまり甘えられないわけですから、必然的にアポロンが彼女の愛情を独占する事になります。
狩りを終えると、アルテミスは黄金の戦車を駆り、慕わしいアポロンが待つ立派な館へ向かいます。そして詩神ムーサや美神カリスらに輪舞を設ける様命じると、自らも弓矢を外して輝く装身具を着け、アポロンの奏でる竪琴やムーサ達の歌に合わせて、軽やかに舞い踊るのでした。
音楽の神としてのアポロン・ムーサゲテス(ムーサ達の指揮者)と対をなすアルテミス・ヒュムニア(讃歌の女神)としての姿です。

 もちろん彼女は、狩猟の女神としても弓術の神アポロンと対を成しますし、人間に死を齎す神としてもアルテミスは女性を、アポロンは男性を殺すものとして対をなします。
医術の神としてのアポロンには、出産の女神としてのアルテミスが対応するでしょう。
又、成人前の少年少女を養育する役目も共通なら、光明神としての性格も同じ。
2人が共有していないのは、アポロンの予言神としての権能とアルテミスの野獣の女王の地位くらいでしょうか。

 当に実力伯仲の好一対、眩い美貌も仲睦まじさも申し分ない双子の姉弟が並んでオリュンポスの宴席に着いている姿は、配偶神に見立ててもおかしくない眺めだったのではないでしょうか。
そんな相方を持って生まれた2人が、結婚に縁遠くなってしまうのも無理からぬ事です。

続く・・・

2009/09/19

ギリシア神話の神々97

<アルテミス・生と死の大女神Ⅱ>

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 ゼウスやアポロン、ヘルメス等は、驚異的に成長が早かった事で有名ですが、アルテミスもまた大変に早熟な娘でした。
何しろ生後数分で、彼女は弟を生もうとする母神レトの産婆となったのです。

 ゼウスの妃ヘラに出産を妬まれたレトは、大変な難産に苦しめられていました。
しかし、そのひどい陣痛の原因は弟アポロンであり、アルテミス自身は母を悩ませる事なく安らかに生まれたと言われます。
それを見た運命の女神モイラ達は、すぐさま彼女に出産の女神としての権能を与え、アポロンを生まんとして苦悶する母の助産婦を務めさせたのです。
生まれた途端に女の修羅場で、大仕事を果たす羽目になったアルテミスには、無心にお乳を飲んで眠っていればいい「普通の子供」の期間などありませんでした。
自分たち母子を憎むヘラの迫害の凄まじさも、それを甘受するしかなかった母の無力さも、胎内にいた頃から彼女はまざまざと知っているのです。

 父ゼウスへの懇願に快諾され、喜んだアルテミスは早速行動に移りました。
まず単身クレタ島に飛ぶと、河神に掛け合って娘を20人もらい受け、次いで大洋オケアノスを訪れて60人の愛らしいオケアニスたちを選出しました。
河神もオケアノス・テテュス夫妻も我が娘をレトの名高い姫神の侍女にできる事を喜び、いそいそと送り出しました。
彼女達は、皆女主人に倣って生涯処女を守ることを誓います。

 お伴のニンフ達を引き連れた女神は、次にリパラ島に赴き、ヘパイストスの鍛冶場で働くキュクロプス達を訪ねました。
やがて、ヘパイストスの弓矢を身に帯びた女神は、次に猟犬が欲しくなり、アルカディアの牧神パンの住居へ足を運びました。
ちょうど犬たちに餌をやろうとしていたパンは、快く彼女の願いに応じ、とびっきり勇敢で強く、風よりも足の速い犬達を13匹選りだして分けてくれました。

 80人の侍女に13匹の猟犬という大集団を連れて、アルカディアを歩いていると、アナウロス川の堤防付近でそれはそれは素晴らしい5頭の鹿が跳ね回っているのに遭遇しました。
雄牛よりも大きく、燦然と輝く黄金の角を持った鹿です。
猟犬をその場に留め、自ら俊足を駆って鹿たちを追い回し、見事5頭のうちの4頭を生け捕って自分の黄金の戦車を牽く聖獣にしました(逃げた1頭はケリュネイアの丘に棲みついて「黄金の角を持つケリュネイアの雌鹿」と呼ばれ、後にエウリュステウス王の命令を受けた英雄ヘラクレスによって生け捕られることになります)。

 その後、ミュシア地方のオリュンポス山(神々の住居のオリュンポス山とは別物です)に登って大きな松の木を切り、父神ゼウスの雷から火を移して永久に消えない松明を作れば、準備は完了。
この松明をもって女神は、夜の闇を照らし災いを祓うパイスポリア(光の運び手)となるのです。
自分が必要とするものを自ら手配し、あっという間に万端整えてしまったしっかり者のアルテミス。
これ以後、彼女はレトとアポロン以外の神々とは余り深く関わる事なく、愛する狩猟に没頭します。
人間世界についても関心は薄く、他の神々のように要らぬちょっかいをかけて揉め事を引き起こすこともなければ、無理な我侭を言って父ゼウスを困らせることもありません。
願い事の多いアプロディテやヘラ、アテナなどと比べれば、ゼウスにとってまことに手のかからない娘であったと言えるでしょう。
最もアルテミスにしてみれば、自分を嫌うヘラが側にいる以上、父といえども甘えることはできなかったという苦い事情もあったのかもしれません。

続く・・・

2009/09/18

ギリシア神話の神々96

<アルテミス・生と死の大女神>

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 美しくも冷たく、厳しくも恵み深い、ギリシア神話を代表する女神の1人です。
神々の王ゼウスと女神レトの間に生まれた愛娘で、双子の弟アポロン(アルテミスを妹とする説もありますが、彼女の誕生日はアポロンよりも1日早いので、姉とした方が妥当です)と同じく偉大な力を宿しています。

その権能は、

■黄金の弓矢で山野の獣を狩り斃す狩猟の女神であると同時に、彼らを愛し護る野獣の女王

■優しい矢(Agana belea)で女たちを射抜いて苦痛なく即死させる死の女神

■月満ちた子供を胎内の闇から光あふれる外界へ連れ出す出産の女神

■成人前の少年少女を保護する処女神

等多岐に渡り、アポロンよりもずっと原始的な、しかしより根源的なやり方で生物の生と死に深く関わっていることが解ります。
 
 又、アポロンと共に光明神としての性格も持っている為、後には月の女神セレネと同一視
され、月神としての職能も帰せられるようになりますが、これはいくら何でも過労というものでしょう。
太陽や月の運行は年中無休ですから、これを担当する神は他の仕事はできません。
もしアルテミスが夜毎に天空を駆ける月神であったら、彼女が楽しんだといわれる松明を掲げての夜の狩りは、全くできなくなってしまいますよね。
ですから天体としての月を司るのはあくまでもセレネ、アルテミスはせいぜい月属性の女神の1人と考えて両者を区別しておく方がギリシア神話は解釈しやすいと思われます。
でないと、処女神であるはずのアルテミスが美少年エンデュミオンに恋して50人もの娘を生んでのけた、なんてことになってしまいますから(実際はこれはセレネのエピソードです)。

続く・・・
2009/09/17

ギリシア神話の神々95

<プルトス・愛すべき神の恵み>

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 大地の実りをいっぱい詰め込んだ「豊饒・の角」を抱える幼い男の子・・・微笑みを誘う愛らしい姿をした福の神プルトスは、農耕の女神デメテルの愛児です。

 デメテルが、彼の父親となる人物と出会ったのは、調和の女神ハルモニアと英雄カドモスの結婚式での事。
神界を挙げて催された盛大な祝宴に列席した彼女は、ハルモニアの兄弟分として出席していた若者イアシオン(ゼウスとエレクトラの子)と熱烈な恋に落ちました。
宴果てた後、彼等はイアシオンが住むクレタ島に移動し、3度鋤き返した畑の上で心からの抱擁を交わしましたが、これを知ったゼウスは女神が人間を愛した事に激しく嫉妬し、自分の息子であるにも関わらずイアシオンを雷で撃ち殺してしまいました。

 デメテルが行った畑での生殖行為は、農地の生産力を高める豊饒の儀式の一形態です。
よって、この聖婚によって誕生したプルトスは豊かな富、特に穀物の実りを象徴する神として母デメテルや姉ペルセポネと共に崇拝されました。
エレウシスの秘儀に入信して両女神の恩寵を受けた者のもとにはプルトスが遣わされ、その家は豊かな繁栄を享受したといわれます。

 又、古代彫刻などに於いては、プルトスは平和の女神エイレネや幸運の女神テュケの腕に抱かれた姿で表されたり、職人達の守護神アテナ・エルガネ(工芸神アテナ)像と一緒に祀られたりしました。
これは平和・幸運・勤勉といったものが富をもたらす事の象徴です。
恵みの神というよりも、むしろプルトス自身が神々の恵みそのものといった感じですね。

続く・・・

 
2009/09/16

ギリシア神話の神々94

<ステュクス・ギリシア版三途の川Ⅱ> 

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 冥府の河神の1人に過ぎないステュクスが、何故不死なる神々の間で、それ程にも尊重される神となったのか? 
それはティタノマキアに際して彼女が立てたある功績のお陰でした。
元々、ティタン神族の一員であるステュクスは、同じくティタン神族に属する従兄弟のパラスと結婚していました。
恐らく、戦神であったと思われるこの夫との間に4人の子供達――権力の神クラトス・腕力の女神ビア・競争心の神ゼロス・勝利の女神ニケ――をもうけ、それなりに幸せに暮らしていたのです。

 しかし、そんな平穏な日々を撃ち破る大事件が発生しました。
神々の王クロノスの息子ゼウスが父と敵対し、オリュンポス山に立て籠もって戦いを挑んできたのです。
クロノスも即座にこれに応じてティタン神族を結集し、オトリュス山に陣を布いて息子達に猛攻を仕掛けました。
ティタノマキアの勃発です。

 10年続いたティタノマキアが、最終的にオリュンポス側の圧勝で幕を閉じると、ゼウスは真っ先にオリュンポスに駆けつけてくれたステュクスを褒め称え、彼女に特別の栄誉を与えました。
それは彼女を神々の誓いの大いなる証人と定め、ステュクス河の水にかけて誓った者は何があろうとその誓いを破ってはならないというものです。

 天界において「ステュクスにかけて誓おう」と言い出す神があると、すぐさま俊足の虹の女神イリスが黄金の水差しを持って冥府に飛び、ステュクス河の冷たい水を汲み取ってきます。
言い出した神は、その水を灌奠しながら厳粛な誓いを立てるのですが、万一その誓言が偽りとなった場合、彼(彼女)は不死の身でありながら呼吸すらしない仮死状態となってまる1年間昏倒した挙げ句、目覚めた後も9年間神々の集いから追放されるのです。

 なお、ここで言う「1年」を普通の暦の8年に相当する「1大年」のことであるとする説もあります。
もしそうなら偽誓の罰は、8年間の仮死状態+72年間の村八分となるわけで、刑期は合わせて80年、可也辛いものがあります。

 以上の特権を手に入れたステュクスは、冥府の一角に輝く銀の柱を巡らした立派な館を構え、1人で悠然と暮らしています。
4人の子供達は一緒ではありません。
彼等はティタノマキア参戦の褒美としてゼウスの側近に任命され、オリュンポスのゼウスの館で暮らしているのです。
これもまた母親として大いに自慢できる素晴らしい名誉ですね。
 
続く・・・
2009/09/15

ギリシア神話の神々93

<ステュクス・ギリシア版三途の川> 

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 人間の世界と神々の世界、或は生者の世界と死者の世界等、異なった範疇に属する2つの世界の間には、その境界を明示するものとして、何らかの自然の障壁がもうけられている場合が多いです。例えば日本神話なら、葦原中国(地上界)と常世国(不老不死の理想郷)との間は広大な「海」によって、また黄泉国(死の国)との間は巨岩でふさがれた「黄泉比良坂」によって隔てられているとされていますし、より有名な仏教の世界においては、この世とあの世は「三途の川」によって分かたれているとされています。

 この三途の川のギリシア版がステュクス河です。
大洋オケアノスが、世界に供給する莫大な量の水のうち、10分の1がこれに割り当てられているという凄まじい大河で、当然ながら泳いで渡ることなどできません。
これを渡るためには、渡し守のカロンのところに行って渡航料である1オボロスを支払い、彼の操る小舟に乗せてもらうしかありません。
 
 この河を司る神ステュクスは、河神には珍しく女性で、オケアノスとテテュスから生まれた3000人のオケアニス達の長女です。
死の世界の象徴として「憎むべき者」という不吉な名を付けられていますが、決して邪悪な存在ではありません。
それどころか、あらゆる神々から畏れ敬われるとても偉大な女神なのです。

続く・・・
2009/09/14

ギリシア神話の神々92

<タルタロス・陰鬱きわまる地底の牢獄> 

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 忌まわしいその名を聞いただけで、人間はおろか神々ですらも怖気をふるったという恐怖の対象、タルタロス。
それは冥王ハデスが支配する死の国の更に下、地下世界の中でも最底部に広がる暗黒の奈落です。

 何故それ程迄に恐れられたかといえば、そこが神に対して赦されざる大罪を犯した極悪人どもや神々の王に敵対した反逆神達にあてがわれる苛酷きわまる牢獄であるからです。
この様に書くとキリスト教の地獄のような、心身を焼き苛む劫火に包まれた、荒地を連想しそうですが、タルタロスはむしろじっとりとした冷湿暗鬱な深淵であり、少なくとも視覚的には、それほど人を震え上がらせる凄惨なものではなかったようです。

 とは言え、やはり牢獄は牢獄、快適な場所であるはずがありません。
上層にある冥府、すなわちエレボスとつながる唯一の出入口(エレボスとタルタロスの間にはカオスが広がっていますので、両者を結ぶこの通路はかなり長いものと思われます)は周囲に垣をめぐらした青銅の門によって固く閉ざされ、しかもゼウスの命令を受けた、ヘカトンケイル達によって厳重に監視されています。
一度入ったらゼウスの許しがない限り絶対に脱出不可能な環境の中で、さまざまな刑罰が罪人達の上にのしかかりました。

代表的な囚人たちは以下の通りです。

■ゼウス達と戦って敗れたティタン神族(後に解放)

■オリュンポスの神々に挑もうとした2人の巨人オトスとエピアルテス
→柱を挟んで背中合わせにされ、縄の代わりに生きた大蛇によって容赦なく締め上げられている。

■神々の全知を試すため我が子の肉でシチューを作って神々に供したタンタロス
→冷たい池に腰まで漬けられており、頭上には美味しそうな果実の実った枝が広がっている。しかし水を飲もうとすると水はサッと干上がってしまい、果実を取ろうとすると強風が枝をはね上げて決して手を届かせない。こうして欲しいものを前にしながら未来永劫飢えと渇きに苦しめられている。

■ゼウスの妃であるヘラを誘惑しようとしたイクシオン
→ゼウスが雲で作ったヘラそっくりの人形ネペレを女神本人と思いこんで犯している現場を押さえられた。散々に鞭打たれた挙げ句燃え盛る車輪に磔にされ、肉を焼き焦がされながら永遠にぐるぐると空中で回されている。

■ゼウスの愛人であるレトを陵辱しようとしたティテュオス
→アルテミスまたはアポロンに射殺された(あるいはゼウスの雷に撃ち殺された)後、タルタロスの大地に縛り付けられ、2羽の禿鷹に毎日肝臓を食い破られる罰を受けている。

■死神タナトスや冥王ハデスを騙して死を逃れようとしたシシュポス
→高い山の頂に巨岩を押し上げる労働を課せられているが、頂に着いた途端に岩は反対側へ転げ落ちてしまうため、その労苦には果てしがない。

■自分の従兄弟である夫を新婚初夜に謀殺したダナオス王の49人の娘達
→大きな壺に水をいっぱいに汲み入れるよう命ぜられているが、壺の底には穴があいているため、シシュポス同様永遠に刑罰は終わらない。

続く・・・
2009/09/13

ギリシア神話の神々91

<プレイアス・青き輝きをまとう姉妹星Ⅲ>
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 さて、プレイアス達は7人姉妹ですが、実際に夜空のプレアデス星団を見上げても肉眼では6個しか星は見えません。
この見えない1つは俗に「消えたプレヤード」と呼ばれており、7人姉妹の内の1人がとある理由から姿を消したものであると考えられています。

 誰が消えたのかについては2つの説があります。
1つはゼウスの愛を受けて、トロイア王家の祖であるダルダノスを生んだエレクトラが、我が子の都の滅亡を嘆き、振り乱した髪を長く引いた彗星の姿となって、天から去ったというもので、もう1つは姉妹の中で1人だけ、人間に嫁いだことを恥じたメロペが姿を消したというものです。
どちらにしてもさもあらんといった感じですが、それ以来残された6人は失踪した姉妹を慕って毎夜涙に暮れているのだそうです。

 7人姉妹とされているのに6個しか見えない矛盾の解決と、ガスに包まれた星団が潤んだように霞んで見えることの説明とを同時にやってのけた、なかなか出来のいいエピソードだと思います。神話的にも十分納得のいく理由づけですし、星の神話に必要なロマンにも不足はありません。あえて
蛇足を申し上げるならば、エレクトラ説の方がトロイア戦争という歴史絡みで、ドラマティックな印象が強いため、より優れていると言えるかもしれませんね。

続く・・・

2009/09/12

ギリシア神話の神々90

<プレイアス・青き輝きをまとう姉妹星Ⅱ>

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 プレイアス達は、天空を支える巨神アトラスとオケアニス達の1人プレイオネの間に生まれた娘達でした。
名前はそれぞれ、マイア・エレクトラ・タユゲテ・ケライノ・アルキュオネ・ステロペ・メロペ。
いずれも母に似て大変愛らしい女神達です。

 最初は、処女神アルテミスに侍女として仕えていましたが、やがてその美貌の為に男達に目をつけられてしまいました。
7人の中でも最も美しい長女マイアが、ゼウスと臥所をともにして、伝令神ヘルメスを生んだ事は有名です。
又、他の5人の姉妹達もそれぞれゼウス・ポセイドン・アレスらの愛人となり、子を生みました。
只1人メロペだけは、男神では無く人間の男シシュポスの妻となり、キマイラ退治で有名な英雄ベレロポンの父となるグラウコスを生みました。
7人とも男と交わりを持った時点で、アルテミスのお伴からは外れたものと思われます。

 或る日、母のプレイオネと一緒に、森の中で踊っているところを美男の狩人オリオンに目撃されたプレイアス達は、女好きな彼に追い回される羽目になってしまいました。
何と7年(あるいは5年)もの長きに渡って逃げ回った末、かつての主人アルテミスにばったり行き会ったので、「女神様、お助け下さい!」と嘆願すると、女神はこれに快く応じて彼女達を純白の鳩に変え、天に放ってくれました。
さらにこれを迎え入れたゼウスが彼女達を星に変え、姉妹仲良く夜空に輝くように計らったのだと云われます。

 しかしながら、その後オリオンもアルテミスとゼウスによって星座にされ、しかもプレアデス星団の属する牡牛座のすぐ隣に配置された為、哀れにもプレイアス達はいまだに安息を得られず、好き心を再燃させたオリオンに追いかけられ続けています。
ゼウスももう少し配置場所を考えてやればよいものを、よりにもよって真横とは・・・彼一流の悪戯心
ゆえと見るか、それとも無神経ゆえと見るか、実に悩ましいところです。

続く・・・
2009/09/11

ギリシア神話の神々89

<プレイアス・青き輝きをまとう姉妹星>

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 寒気に凍てつく冬の夜空は、黒々と澄み渡った背景に無数の輝星が散らばってとても華やかなものです。
長く屋外に出るのは、辛い季節ですが、おそらく1年のうちで最も眺め甲斐のある夜空ではないでしょうか。

 そんな冬の代表的星座の1つに牡牛座があります。
神々の王ゼウスがフェニキアの王女エウロペをさらう時に変身した雄牛として有名な星座ですが、視力の良い人なら、その牛の肩先に6個ほどの小さな星が寄り集まっているのが見えるでしょう。
日本では「昴(すばる)」の名で知られているプレアデス星団です。

 誕生後まだ数千万年という若さで、母体である星間ガスに包まれたまま潤んだような蒼白の光を放っている非常に美しい星の群れです。
天体写真をご覧になれば、まさに天界の至宝とも言うべき美観にきっと息を呑まれることでしょう。
ギリシア人達は、この素晴らしい星団を、仲睦まじい7人姉妹の女神プレイアス達が、昇天した姿であると考えました。
初々しいきらめきは確かにうら若き女神の化身に似つかわしいものがあります。

続く・・・
2009/09/10

ギリシア神話の神々88

<ヘスティア・温かい家庭の象徴Ⅲ>
 
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 ところでゼウスは、自分と一緒に家庭守護と嘆願者保護の仕事を受け持つこの姉を非常に大切にし、大きな特権を与えました。

 まず1つ目の特権は、家の真ん中と云う最も良い場所を自らの聖所とする事でした。
ギリシア人達は、家の守り神たるヘスティアを厚く崇め、宴を始める時には、他の神々に先んじてまず彼女に献酒し、宴果てれば再び彼女に献酒してその神威を尊びました。
 
 そして2つ目の特権は、人間の家のみならず、あらゆる神々の家、すなわち神殿にも自分の居場所を持ち(というのは神殿にも必ず炉がありますから)、全ての祝祭に於いて捧げられる犠牲の最初と最後の分け前を我が物として受け取ると云うものです。
この最初と最後というのは、彼女がクロノスとレアの長子でありながら、末子とも成った事を受けてこのように定められたのだそうです。

 更にこれ等の特権とは別に、ヘスティアはゼウスの姉たる者の当然の権利としてオリュンポス十二神の地位も保持していました。
しかし、後に自らの意志でその座をディオニュソスに譲ったと云われます。
これは生まれてきたのが遅かった為に十二神に入れなかった、甥を哀れんでの行為だと云いますから、本当に優しい女神様だと考えられていたのでしょうね。

 とは云え、別にこの説が定説という訳では無く、ディオニュソスがギリシアでメジャーな存在となってからも依然としてヘスティアの方を十二神に入れる向きもあります。
地味ながら人々から揺るがぬ尊崇を受けていたヘスティアと、遅れてやってきた外様の神ながらギリシアに一大センセーションを巻き起こしたディオニュソス、いずれも十二神にふさわしい神格ですから、どちらの説を採られるかは個人のお好みというところです。

続く・・・
2009/09/09

ギリシア神話の神々87

<ヘスティア・温かい家庭の象徴Ⅱ>

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 ヘスティアは、神々の2代目の王クロノスと妃神レアの最初の子として生まれました。
しかし、「自らの子によって王位を奪われる」という予言に怯えていた、父クロノスは娘の誕生を喜ばず、彼女をひっ掴むと頭から丸飲みにして、自分の腹中に幽閉してしまいました。
やがて時を経て、6人姉弟の中で唯一呑まれずにすんだ、弟ゼウスの策謀により父の腹から救出されましたが、後から来た弟妹達に押されて一番底に居たヘスティアは、最後に吐き出され、その為長子でありながら姉弟中最も若い女神となりました。

 優雅で清らかな美女に成長した彼女は、やがて男神達の注目の的となります。
中でも弟のポセイドンと甥のアポロンが、彼女に恋して熱心に求婚しましたが、しかし結婚の意志なく、又自分を巡って身内の2人が、争い合う事を憂えた女神は双方を拒絶し、生涯を乙女として暮らすことを誓います。
この宣誓が神々の王たるゼウスによって認められた為、2人の男神も諦めざるを得ませんでした。

 こうしてヘスティアは、煩わしい恋愛沙汰を引き起こすエロスの矢を受け付けず、心安らかに日々を過ごす処女神となりましたが、周りの男神達の心はそう簡単に平らかにはなりません。
先の2人の他にも彼女に想いを寄せた神がいました。
庭園の神プリアポスです。

 女神レアの祝祭に神々が招かれた折、宴に疲れてうたた寝をしているヘスティアを見かけた彼は、その清楚な美貌と無防備な寝姿にたちまち恋情を覚え、よからぬ魂胆を抱いてそっと忍び寄りました。
彼女の側に屈み込み、のしかかろうとした・・・その瞬間、
近くに居たロバが、目一杯派手に嘶いたのです。
プリアポスも仰天しましたがもっと驚いたのはヘスティア、何しろ目を覚ましたら男が自分の上に屈み込んでいるのですから! 
女神が絹を裂くような悲鳴を上げると、不埒な男神は慌てふためいて逃げていきました。
後日他の神々に「まさかヘスティア様とは知らなくて・・・」と必死で言い訳したそうですが、さてさて、本当に知らなかったのかどうか。

 この事件以来、彼女の危機を救ったロバは聖獣として大切に扱われるようになりました。
他方プリアポスは、彼に恥をかかせたこの獣を憎み、自分への犠牲としてロバが捧げられると大変喜んだという事です。
(なお、このエピソードはヘスティアではなくニンフのロティスの物語として伝えられることもあります)

続く・・・

2009/09/08

ギリシア神話の神々86

<ヘスティア・温かい家庭の象徴>

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 ギリシアの家は、それが王宮であれ一般市民の家であれ、団欒の場となる広間を中心に建てられており、広間の中央には炉が設けられていました。
この炉は家庭生活のシンボルであり、そこに燃える炎はギリシア人にとって非常に神聖なものでした。

 この炉を司る女神がヘスティアです。
自らに捧げられる聖なる炎そのままに穏やかで優しく、温かで親切な心の持ち主であり、彼女に限っては、人間に立腹して罰を下したなどという話は聞いた事がありません。
又、始終世界を飛び回っている他の神々とは違い、自分の聖所である炉から決して離れません。
その不動性ゆえ印象が薄く地味だと云われますが、逆に言えば必ずそこにいてくれる女神、いつ帰っても必ず迎えてくれる女神として、神にも人にも絶大な安心感を与える存在なのです。

 彼女は家を建てる事を発明した女神であり、強固な家庭守護の力を司ります。
人間達は、新居を建てるとゼウスやヘルメスと並んでヘスティアの来臨を乞い、末永く我が家を護りたまえと熱い祈りを捧げました。
更に、生まれた子供を育てるかどうかが、親の胸先三寸だった古代ギリシアでは、新生児は家の炉端でヘスティアに引き合わされることで初めて家族として承認されたと云います(さもなければ家から放り出され殺されました)。

 慈悲深い彼女は、嘆願者達の保護者をも務めました。
救いを求める者が、誰かの家に駆け込んで炉端に座り込んだら、その家の主はどれほど厄介だと思っても彼らに保護を与えてやらねばなりませんでした。
もしも無下に追い出せば、ヘスティアと供に嘆願者を守るゼウスの怒りに触れ、ひどい破滅が降りかかるからです。
彼女を祀った町の公会堂もせっぱ詰まった嘆願者達の格好の駆け込み寺でした。

続く・・・
2009/09/07

ギリシア神話の神々85

<セレネ・夜天を統べる聖なる女王>

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 漆黒の夜空に無数の星々を従え、燦然と煌いて、君臨する黄金の月。
日毎に形を変えながらも美しさには、変わりがなく、優しく下界を照らして悪しき闇を払う――その気高い輝きに古代の人々は神の姿を見たものでした。
 
 ギリシア神話に於ける月神は女神で、その名をセレネといいます(メーネと呼ばれることもあります)。その姿は、まばゆい光を放つ黄金の冠を戴き、きらきらと輝く裾長の衣裳を身にまとい、背には長い翼を持った絶世の美女として描かれます。
彼女は毎夜、兄である太陽神ヘリオスの後を受け、2頭の白馬に牽かせた黄金の戦車を駆って天空を馳せ行きます。
そして暁方になると、東の空に薔薇色の光を放って、輝き出る妹のエオスと入れ替わるように西の海に沈みます。

 ヘリオスが昼の世界で起こることすべてを見張っているのと同様に、セレネは夜の世界の監視者です。
彼女の光のお陰で旅人は道に迷わずに済み、悪事を働かんとする者は見顕され、夜間の安全が保たれるのです。
 
<月の恋物語>

 文字通り輝くばかりの美貌の持ち主で在り、しかも独り身であったにもかかわらず、セレネはさほど恋多き女神ではありませんでした。
彼女が関係を持った相手として、名を挙げられるのは、まず実兄のヘリオスです。
職務柄すれ違いばかりのこの兄妹が、いつ共寝の機会を持ったのかは謎ですが、2人の間には四季を司る女神ホーラ達が生まれました。

 又、美女に目がない天空の王ゼウスも彼女に恋し、臥所を伴にしてパンディア、ヘルセ、そしてネメアという名の娘をもうけたと言われています。
しかし、これが三姉妹を生んだという事を意味するのか、それとも単に1人の娘がパンディア・ヘルセ・ネメアという3つの名で呼ばれただけなのかは明らかではありません。
この中で最も有名なのはパンディアで、彼女は天界の女神達の中でも一際優れた美女であったと言われています。

 他には、牧神パンに恋い焦がれられた事もありました。
パンは、美しい雪白の羊毛皮を贈って彼女の気を引き、森の中に誘って想いを遂げました。
ギリシア神話としては、珍しい事に、2人の間には子供が生まれなかったようです。

 さて、これら3人の男神との情事に於いては、セレネ自身が相手に恋をしていたという気配は希薄で、特にゼウスやパンの場合は、明らかに男神の側からの誘いかけによるもの。
他所からの光を受けて初めて輝く月そのままに、セレネの恋は受動的です。

 しかしそんな彼女が唯一、自分から熱烈に愛した相手がいました。
その名はエンデュミオン――ゼウスの孫に当たる大変美しい青年です。
在る時、彼はゼウスから「このまま生きて死ぬか、不老不死となって永遠に眠り続けるか、好きな方を選ぶがよい」と言われて後者を選びました。
不老不死の願いが叶えられた代わりに、小アジアにあるラトモス山の洞穴の中で永久に覚めない眠りについたのです。

 花盛りの青春美を保ったまま安らかな寝息を立てるエンデュミオン――その姿をある夜、天の高みからセレネが目撃しました。
一目見た瞬間、それまでどちらかと言えば、冷ややかな方だった女神の胸に熱い恋情の火が点ります。 
魅せられたセレネは、吸い寄せられるように洞穴に天降り、エンデュミオンの端正な美貌をうっとりと眺めました。
見る程に愛し心は募るばかり、意を決して青年の傍らにそっと添い臥し、口づけをしてみましたが、まったく目を覚ます気配はありません。

 普通の眠りではない事に気付いた女神は、それならばと青年の夢の中に入り込みました。
そして、夢の中ではちゃんと息づいていた恋しい青年と心ゆくまで抱擁を交わした後、後ろ髪を引かれながらも天へ帰っていきました。
この世にも不思議な恋愛の虜となったセレネは、その後も夜毎ラトモス山に通い詰め、夢の中のエンデュミオンと交わりを重ねて何と50人もの娘を生みました。
彼女達は、暦月を司る女神でメーネ達と呼ばれます(この50という数字は、8年で1周期とするギリシアの暦に於いて、前半4年間の月数が49、後半4年間の月数が50であることに由来すると思われます)。

 是ほどの娘をもうけた後でも、セレネの愛は衰えません。
空を行く月がラトモス山の陰に隠れたら、女神が恋人の臥所を訪れている証であると言われます。
有名な魔女メデイア等はこれを利用して、自分が闇夜を欲するときにはセレネに術をかけてエンデュミオンへの恋心を燃え立たせ、望むがままに月の姿を空から消したそうですが、さて、今宵の小アジアでは月は消えているでしょうか?

続く・・・
2009/09/06

ギリシア神話の神々84

<三美神・天上の舞姫>

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 美しき水の女神エウリュノメが、ゼウスと愛を交わして生んだ、世にも優しく愛らしい三姉妹です。
彼女達は、美や愛嬌、優雅といった性質の体現者であり、当然の成行きとして美と愛の大女神アプロディテに忠実な侍女として仕えています。
女主人の世話以外の主な仕事は、ゼウスの宮殿で神々の宴会が催された際に舞姫となり、アポロンの竪琴やムーサ達の歌に合わせて、優美な輪舞を披露して列席する神々の心を楽しませること。

 この輪舞の姿が、所謂「三美神」として知られる図像で、両端の2人が前を向き、中央の1人は鑑賞者に背を向けたポーズで描かれます。よく「3人で理想的女性の徳目である愛・純潔・美を象徴する」などと言われますが、それはあくまで芸術作品の中だけの話。
ギリシア神話のカリス達には、そのような区別はありません。
 
<異説だらけの女神達>

 ギリシア神話に「矛盾する異説」は付き物ですが、カリスの人数や個人名、その両親については取分け沢山の伝承が在ります。
一応「ゼウスとエウリュノメの娘で、人数は3人、名前はアグライア・エウプロシュネ・タレイア」というヘシオドス説が最もよく知られていますが、幾つかの叙事詩ではカリス達は、ヘラの娘であるとされています。

 ホメロスの『イリアス』ではカリスの1人として、パシテアの名前が挙げられており、クイントゥスの『トロイア戦記』では、このパシテアと結婚した事で眠りの神ヒュプノスはヘラの娘婿となったと歌われています。
又コルートスの『ヘレネー誘拐』に於いても、ヘラはカリス達の聖なる母であると言われています。
 
 それ以外にも、地方限定ものとして「クレタとパエンナの2人」と云うラコニア説や「アウクソとヘゲモネの2人」と云うアテナイ説等が在ります。
ヘシオドス説さえ知っておけばギリシア神話を読む上で困る事はありませんし、余力が在ればヘラの娘説迄、合わせて押さえておけば十分でしょう。

続く・・・
2009/09/05

ギリシア神話の神々83

<ヘスペリス・麗しき宝の番人達>

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 昔々、陽の沈みゆく彼方、世界の西の果てに在る、小さくも美しい楽園に、それはそれは愛らしい3人の乙女達が住んでいました。
彼女達は、ヘスペリスと呼ばれる黄昏の女神達、園の直ぐ傍らで、天空を支えている巨神アトラスの娘神でした。

 他の神々から遠く離れた孤独な暮らしではありましたが、彼女達は別に淋しいとも思わず、楽しく毎日を送っていました。
何故なら姉妹3人常に一緒ですし、可愛いペットも居ますし、それに神々から賜った大切な使命もあったからです。

 その使命とは、神々の女王ヘラの宝物である「黄金の林檎の木」の世話をし、その貴い果実を不埒者に奪われないようしっかりと護る事です。
この木はヘラが、夫君ゼウスと結婚した折に祖母のガイア女神から贈られた記念の品で、これを大変気に入った女神は、自分の所有地であるこの極西の楽園に植え、ヘスペリス達と竜のラドンに守護を命じたのでした。

 守るといってもヘスペリス達は、か弱い娘の身ですから、実際の用心棒役はラドンがしてくれます。
100の頭を持つと言われる、恐ろしい猛竜も乙女達にとっては頼もしい仕事仲間であり、人跡絶えた僻地に暮らす大事な共同生活者。
宝樹の幹に巻きついたラドンを囲んで、世にも美しい澄んだ声で歌いながら輪舞を踊るのが彼女達の日課となっていきました。

 しかし、彼女達やラドンの努力にも関わらず、この宝はいずれ必ずや奪われてしまう運命でした。「いつかゼウスの息子がやってきてこの木から黄金の輝きを奪うだろう」という予言が女神テミスより下されていたのです。
それを知っていたアトラスは、女怪メドゥーサを退治して、ギリシアに戻る途中だった英雄ペルセウスが、ヘスペリデスの園で少し休ませて欲しいと乞うてきた時、さてはこれがかの「ゼウスの息子」かと疑って手荒く追い払おうとした為、怒った彼にメドゥーサの首を突きつけられて岩山に変えられてしまいました。
これが現在のアトラス山脈であると言われています。

 しかし予言が指していた「ゼウスの息子」とは実はペルセウスの事では無く、彼の曾孫に当たる大英雄ヘラクレスだったのです。
名高い「12の難業」の11番目として「ヘスペリデスの園より黄金の林檎を取って参れ」と命ぜられた彼は、散々な苦労の果てにこの秘苑を探し当て、乙女の眼には凶暴な修羅としか見えない猛々しい姿で乗り込んでくると、威嚇を発したラドンを一矢のもとに射斃し、響き渡る悲鳴にも構わず煌く果実をもぎ取って行ってしまいました。
 
 台風一過の園に残されたヘスペリス達は、無惨にも討たれてしまったラドンの傍らで、その死を悲しみ、女神の宝が奪われた事を嘆いてヘラクレスを人でなしと罵るしかありませんでした。
後日アテナによって林檎が無事返却された為、嘆きの種は1つ減りましたが、心優しき乙女達の胸に刻まれたもう1つの傷――すなわち、共に林檎を守った友の死という悲しみは、何時までも癒されなかった事でしょう。

続く・・・

2009/09/04

ギリシア神話の神々82

<ニュクス・闇の太母>
 
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 夜の女神ニュクスは地下の闇を表す神エレボスとともにカオスから生まれた原初神の1人です。
愛の神エロスの働きを受けて、兄弟のエレボスとギリシア神話史上最初の結婚をし、天上の光を表す神アイテルと下界を照らす昼の女神ヘメラ、そして冥府に住まう三途の川の渡し守カロンを生みました。
とりわけ娘のヘメラとは仲がよく、同じ館に住んでそれぞれの仕事を交替で果たしていました。
 
 しかし、太古の女神達は、単為生殖だってお手のもの。
ニュクスは、この他にも自分1人の力で沢山の子供を生みます。
この父の居ない子供達は、殆どが闇の世界に属する暗く忌まわしい神ですが、中には人間に優しい眠りの神ヒュプノスや正義を嘉し悪を罰する因果応報の女神ネメシスなど、明るい側面を持つ神々も居ない訳ではありません。

 姉のガイアや姪のテテュスと並んで、最初の世界作りに貢献した偉大なる太母、それがニュクスなのです。
 
<最強の仲裁役>
 ニュクスは、人間と神々の世界に静寂に満ちた安らぎを齎す神でした。
彼女の支配する処に騒々しい争いは無縁で、人間達は如何に激しく戦っている最中であっても日が暮れれば武器を揮う手を止め、「夜の言う事を聞くのも悪くはない。また明日」と言って双方の陣に帰りました。

 ゼウスでさえもこの女神の面前で、事を荒立てるのを憚り、彼女の息子ヒュプノスに対して烈火のごとく腹を立てながらも手出しを控えた事が在るほどです。
ヒュプノスはある日、ヘラに頼まれてゼウスを眠らせ、女神が継子ヘラクレスの乗った船に嵐を送って遥々コス島まで流してしまうのを助けたのですが、目覚めたゼウスが猛烈に怒って彼を引っ捕らえ、天から叩き落とそうとしました。
しかしいち早く逃れてきた息子の助命嘆願を受け入れたニュクスは、神々の王にも引けを取らぬその権威で息子の身を守り、ゼウスも彼女の不興を買うことを恐れてしぶしぶながら引き下がったのです。

 普段は物静かで在りながら、いざという時には頼もしく守ってくれる存在。
真に持つべきものはこういう母ですね。
我が子を守りきることができず、その復讐にまた別の我が子を傷つける、そんな不毛な連鎖を繰り返したガイアと比べると、全く泣けてくるほどの違いではないでしょうか。

続く・・・
2009/09/03

ギリシア神話の神々81

<エオス・朝の告げ手Ⅲ>

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 さて、これら一連の情事によって、エオスは3人の息子を新たに授かりました。
まずケパロスとの間には、絶世の美少年パエトンを(彼をアプロディテが見そめてさらい、自分の神殿の守り手にしてしまいました)、次いで最も付き合いの長かったティトノスとの間には、エティオピア王メムノンとアラビア王エマティオンの兄弟を。

 中でも勇猛果敢なメムノンをエオスはとりわけ愛していましたが、彼は叔父に当たるプリアモス王を救援する為に参加した、トロイア戦争に於いて、海の女神テティスの愛児であるアキレウスに殺されてしまいます。
激しく慟哭したエオスは、オリュンポスの神々が、ネレイスの1人に過ぎないテティスを分不相応に重んじていることを恨み、日の出を遅らせようと企みますが、ゼウスの目に止まり、それもできず。

 せめて息子に、何らかの栄誉を与えてやってくれと涙ながらにゼウスに乞い、遺体を焼く火葬壇の灰から「メムノン鳥」と呼ばれる気性の荒い鳥を生み出してもらいました(または王の死を嘆く部下達を鳥に変えたともいわれます)。
この鳥達は、毎年メムノンの命日が来ると彼の墓に集結し、まるで追悼競技会でも行うかのように互いに激しく戦って死んでいき、亡き王の魂を喜ばせるそうです。
 
続く・・・
2009/09/02

ギリシア神話の神々80

<エオス・朝の告げ手Ⅱ>

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 しかしながら、その視覚的な輝かしさに比べると、エオスの女神としての威光はお世辞にも赫々たるものとはいえませんでした。
残念ながらエオスの地位は、オリュンポスの階層の中でも可也下の方で、権威も権力もほぼ皆無。兄のヘリオスは、ロドス島を領地として与えられ、そこで大々的に崇拝されたというのに、この差は一体何なのでしょうか。

 エオスが上位の神々から侮られた大きな理由――それは彼女の浮薄な性格、およそ女神に相応しからぬ尻の軽さにありました。
元々彼女は、同じティタン神族の一員である星の神アストライオスを夫とし、四方の風神達や無数の星々の母となっていたのですが、愛する夫は神々の大戦・ティタノマキアの敗戦時に他の同族達もろともタルタロスに幽閉されてしまいました。

 夫と引き離されたエオスは、或る時女好きの軍神アレスに言い寄られ、独り身の気楽さで深く考えもせずふらりと共寝をしました。
ところがこのアレス、よりによって美と愛の女神アプロディテの公認愛人だったものですからさあ大変。
恋人を寝取られ、愛の支配者としてのメンツを丸潰れにされた、アプロディテ。

 偉大なる女神の呪いは、立ち待ち効を奏し、以後エオスは若い美男と見れば見境なしの女版ゼウスともいうべき恋の狩猟者になってしまいました。
しかも、これまたアプロディテの呪い故か、彼女が欲しいと感じる相手は、もはや同じ身分の男神ではなく、塵芥にも等しい死すべき身の男ばかり。
不死なる女神が、人間の男に身を任せるなど恥ずべき事なのですが、エオスは周囲の神々の苦々しげな視線にも構わず、せっせと美青年漁りを繰り返しました。
毎朝天空を駆けている間に地上を物色し、気に入った若者を見つけると戦車にさらい上げて極東にある自分の宮殿に連れ帰ってしまうのです。
 
 こうして略奪された数多の青年達の中でも最も有名なのは以下の3人です。
しかし、その恋の顛末はいずれもハッピーエンドではありませんでした。

■オリオン
→海王ポセイドンの息子にして、地上最高の美男と称された巨躯の狩人。
その美貌に一目惚れしたエオスは彼をさらったが、何故か自分の宮殿ではなく、アポロンとアルテミスの聖地であるデロス島に連れていく。
そこでしばらくは蜜月の日々を過ごしたものの、オリオンがアルテミス女神と出会ってしまうとあっさりそちらに乗り換えられた。
女神達の中でも最高レベルの美少女であり、狩りの腕前も無敵のアルテミスが相手では、勝ち目はない(異説ではデロス島が穢されたことを怒ったアルテミスにオリオンを射殺されたともいう。どちらにしても彼女に彼を奪われたことには変わりなし)。

■ケパロス
→ポキス王デイオンの息子で、アテナイ王女プロクリスに婿入りした美しい王子。
新婚2ヶ月目のある朝、彼が1人で狩りに出ていたところをエオスが見そめて拉致し、宮殿に監禁して寵愛した。
しかし、新妻に恋着するケパロスが女神との不倫の床を嫌い、彼女に向かってプロクリスの魅力や新婚生活の思い出を延々と語って聞かせたので、 流石の彼女も籠絡を諦め、アテナイに帰してやらざるを得なくなってしまう。

■ティトノス
→トロイア王ラオメドンの息子で、高名なプリアモス王の兄弟。
例のごとく美貌に惹かれてこの若い王子をさらったエオスは、心底彼に惚れ込み、自分の正式な夫にして永遠にともに暮らそうと考えた。
そこでゼウスに「彼を不死にして下さい」と頼んだが、迂闊にも不死より大事な不老を願い忘れた。
ゼウスは、この致命的なミスに気付いていたと思われるが、前述のとおり女神と人間の恋は好ましいことではない為、あえて気を利かせてはやらなかった。
かくしてティトノスは、老いはすれども永遠に死ねないという世にも悲惨な身体となり、花盛りの時期を瞬く間に過ぎて白髪頭の翁になった。
エオスはそれでもしばらくの間は彼の面倒を見ていたが、さらに老衰が進んで寝たきりになると嫌気が差し、宮殿の奧深くに幽閉して視界から消し去ってしまう。

 彼女自身の迂闊な行動も目立ちます。
こうした思慮の浅さや詰めの甘さもまた、軽い扱いの一因となっていたのかもしれませんね。

続く・・・
 
2009/09/01

ギリシア神話の神々79

<エオス・朝の告げ手>

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 暁の東の空、夜の名残である瑠璃色を圧して輝きいで、時には白く、時には紅く、又時には眩い黄金に天地を染める明けの光は、この上もなく神聖で麗しいものです。
その美しさには、科学文明の発達した現代人の我々でさえ、心が洗われるのですから、古代の人々が神の顕現をそこに見たのもごく当然のことでした。

 ギリシア人の奉じた暁の神エオスは、その輝きのイメージに相応しく、目も覚める程に華やかなうら若い美女です。
詩人達は「薔薇色の指の女神」「サフラン色の衣裳をまとえる女神」「黄金の玉座にいます女神」等の麗句をもって彼女を形容し、その光彩の妙を讃えました。

 初代太陽神ヒュペリオンの娘にして、2代目太陽神ヘリオスの妹である彼女は、兄より早く天に昇ってその先導を務めます。
12名の時の女神ホーラ達を従えて、ランポス(光明)・パエトン(光輝)という2頭の白馬に牽かせた黄金の戦車を駆り、きらめく朝露をまき散らしながら万物に目覚めを呼びかけます。

 まずエオスが空に現れてくれなければ、続くヘリオスも出ていけないので、新しい1日はスタートせず、世界はずっと前日の夜の眠りに捕らわれたままになってしまいます。
そういう意味では、彼女こそ昼を導く女神であると言っても良い為、次第に本来の昼の女神であるヘメラが持っていた、「夜の女神ニュクスと入れ替わりで世界に光をもたらす」という役割を吸収し、習合・同一視されるように成っていきました。
時にエオスが、ニュクスの娘と称されるのは、このヘメラとの同一視によるものです。

続く・・・