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2011/06/30

人類の軌跡その137:ミステリー⑲古美術を贋作した名人の失策

<エトルリアの像の親指その3>

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◎マンガンと通気孔

 その次に作られたのが「大戦士」で、一家が完成できた最後の作品です。
リッカルド・リッカルディは、この像が完成する直前に、落馬事故で他界し、像がメトロポリタン美術館に売れた後、一家は仲間割れを起こし、チームとしての共同作業は終わりを告げました。

 メトロポリタン美術館は、3点の像を1933年2月に展示を開始しましたが、多くのイタリア人専門家は偽物の疑いをかけ、1937年に美術館がこれ等3点に関する論文を出版すると、論争は表面化したのでした。

 美術館側が弁明の為の調査を開始したのは、実に22年の歳月が過ぎてからでした。
徹底的な調査の結果、3点の像の上塗りにマンガンが含まれている事が判明し、紀元前800年頃に繁栄したエトルリアでは、マンガンを発色剤として、使用されていませんでした。

 しかし、美術館当局は、まだ詐欺に遭遇したとは信じていませんでした。
決定的な証拠は、1年後、本物のエトルリア古美術を調査した専門家によって発見されました。
エトルリア人は、常に塑像を始めから完成した姿で作り、焼いていました。
従って、炉に入れた時、焼きにムラが出来ない様に、塑像には通気孔を開ける習慣が在ることが、判明したのでした。

 リッカルディ一家は、塑像を部分ごとに焼き上げ、通気孔を作っていなかったので、塑像が巧みな模造品である事を、この失策が証明しました。

 そして、問題に異論の余地の無い決着を付けたのは、像の制作に協力した彫刻師アルフレード・フィオラパティでした。
1961年1月5日、当時75歳の老匠は、ローマのアメリカ大使館に出向き、自分の所業を統べて語り、自分が真実を語っている証拠に、彼は「老戦士」の左親指を提出したのでした。
彼は、仕事の記念品として、其れを保管していたのでした。

終わり・・・
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