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2011/08/05

人類の軌跡その165:末路⑦

<アナスタシア番外編>

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20世紀FOX 1956年度アカデミー賞受賞作品「追想(アナスタシア)」より

◎帝政ロシア終焉の謎を語る時に良く登場する皇女アナスタシア

 最近ではディズニーアニメでも取り上げられ、古くには映画「追想」の中でイングリット・バーグマンがアナスタシアを演じています。
1917年の二月革命以後、ロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世とその家族は臨時政府によってサンクトペテルスブルク(当時の名前はペトログラード)郊外のツァールスコエ・セローの離宮に幽閉されていましたが、7月に就任した首相ケレンスキーは一家を流刑地シベリア(トボリスク)送りにします。

 ニコライ2世の妻アレクサンドラは、イギリスのヴィクトリア女王の孫娘に当たりますので、親戚に当たる英国王室からの救援を最後まで期待していたと云われています。
後に十月革命が勃発してボルシェビキ政権が確立したとはいえ、当時のロシアは赤軍と白軍の勢力が拮抗していた時代で、皇帝一家の存在が情勢を大きく左右させる可能性も在り、当時の政府で皇帝一家の命運を握っていたのがスヴェルドロフで、彼は皇帝一家をモスクワに移送する途中、自分の故郷エカテリンブルクに立ち寄らせ、商人イパーチェフの館に滞在させます。

 そして運命の1918年7月16日、館にボルシェビキ軍が押し寄せ、皇帝夫妻、4人の皇女と皇太子アレクセイ、従者4人を含む11人が銃殺されたのでした。
現在考えられているのは、皇帝一家虐殺でヨーロッパ諸国からの非難を恐れたスヴェルドロフは、対外的には自分の故郷エカテリンブルクの狂信的なボルシェビキの一方的な仕業に仕立て、本人はモスクワ移送を計画していたとし、この時処刑したのは、皇帝ニコライ2世一人と表向きに公表しそれ以降、この問題を語る事自体、党内部ではタブーとしたのです。

 虐殺から数日後、白軍がエカテリンブルクを奪回し、皇帝一家が処刑された事実を調査しましたが、遺体は何処に埋められたのか判明せず、難を逃れた皇女達が何処かに生きていると云う噂が広まり、一説にはシベリアを横断し日本に逃げたと言う説まで存在しました。

続く・・・

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