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2011/08/12

人類の軌跡その171:末路⑬

<ルードヴィッヒ二世 番外編その3>

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◎ウィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー

 1813年5月22日ライプチヒに生まれました。ウェーバーの「魔弾の射手」とベートーヴェンの 「第9交響曲」 を聴いて感動し作曲家となることを決意します。
 1842年、ドイツのドレスデン宮廷歌劇場で自作のオペラ「リエンツィ」を初演し、大成功を収め、この成功により宮廷楽長となったワーグナーは、ロマン的オペラ「タンホイザー」や「ローエングリン」を完成させますが、 1849年にドレスデン蜂起に荷担して逮捕状を発せられ、スイスに亡命を余儀なくされます。

 このスイス亡命時代に総合芸術論「オペラとドラマ」と「ニーベルングの指輪」四部作を書きあげ、ロマン的オペラから楽劇への決定的一歩を踏み出しました。亡命時代を経て、1860年からはヨーロッパを演奏旅行します。このときリストの娘で指揮者ビューローの妻コジマと恋愛関係になります。

 経済的困窮は極まるばかりでしたが、 64年バイエルン国王ルードヴィッヒ二世の強力な援助を受け、作曲に没頭し、70年にはコジマと正式に結婚、その後自作上演のためのバイロイト祝祭劇場を建て、念願の「ニーベルングの指輪」四部作などを上演していきました。
その後「パルジファル」 を完成してバイロイトで初演しますが、翌年83年2月13日、ヴェネツィアにおいて心臓発作に襲われ息を引き取りました。

 ワーグナーの芸術は、作品の規模の大きさばかりでなく、土台となっている知識の広さによっても特徴づけられます。
彼は自分で舞台作品の台本を書きましたが、そこでは一般にいわれるゲルマン神話ばかりでなく、ギリシア神話をはじめとして、シェークスピア劇などありとあらゆる世界文学が下敷きとなっています。
そうした台本が、そのまま作曲上の試みとして、音楽に移し変えられているところに、彼の作品の特徴があるといえます。
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