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2011/08/24

人類の軌跡その178:末路⑳

<ナチス全体主義への道>

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ドイツ・ハイパーインフレーション

◎ナチス党独裁以前

 第一次世界大戦に敗北したドイツは、ヴェルサイユ講和条約によって、軍備の制限、海外領土のすべてを喪失、本土の一部喪失、天文学的な賠償金を課されましたが、これはドイツにとって、大いなる屈辱以外のなにものでもありませんでした。

 ドイツ国民の中には、この敗戦を純粋的な軍事敗北ではなく、国内の異分子による背後からの騙し討ちであるとの考えを持った者が存在し、ワイマール共和国への反発を持った者は多かったのです。
この中には、アドルフ・ヒトラーも居ましたが、戦後期の政治的、経済的混乱は確かに在りましたが、その後には、アメリカ資本の流入により一時的な経済復興が成されました。

◎世界大恐慌

 しかし、1929年のアメリカ・ウォール街で発生した、株の大暴落に端を発する世界大恐慌によって、ドイツ復興の中心的な役割を果たしていたアメリカ資本が撤退・縮小してしまい、ドイツは先進国中最悪の経済状態に陥ります。
失業率は30%を越え、国民は恐慌に有効な手を打てない現政権に幻滅し、有効な手を打てるだけの強力なリーダーシップを有する指導者を渇望し、民主政治よりも独裁政治をも求める様に成りました。

 そこで脚光を浴びたのは、国家社会主義労働者党、通称ナチス党党首であったアドルフ・ヒトラーであり、ヒトラーは持ち前の弁舌で、この様な状態を上手く利用したのでした。
彼は、現在の恐慌状態を造りだしたのは、ヴェルサイユ条約であり、更にユダヤ人の脅威を前面に押し出した、単純明快な弁舌で人々の心を掌握し、1932年の総選挙では、一躍第一党に躍進し、翌年1933年1月31日には念願の首相に就任しました。

◎国内での権力掌握

 政権を獲得したヒトラーは、この状況を最大限に利用します。
1933年に起こった国会議事堂放火事件を政敵である共産党の仕業として(共産党による放火説、ナチス党による謀略説などが存在しますが、犯人は不明)、共産党を弾圧し、又嘗ての政権党であった社会民主党などの政党を弾圧・解体を断行します。

 これによって有名無実化した議会に全権授権法を可決させ、事実上の独裁者と成りました。
1934年には、既に如何なる実権も掌握していないものの、ヒトラーの政治的な最後の障害と目していた、大統領フォン・ヒンデンブルクの死去に伴い、大統領職をも兼務し、自らを総統(Fuerer)と称したのはこの時でした。

続く・・・
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