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2011/09/02

人類の軌跡その186:歴史の狭間で①

<失われた国々:オーストリア~同族ドイツ人国家に併合された独立国~>

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ドイツ議会に於けるオーストリア併合宣言

 歴史的にもヨーロッパ列強の一国で在り、第一次世界大戦の発端と成ったオーストリア=ハンガリー帝国は、第一次世界大戦敗戦によって崩壊し、戦後、敗戦国として厳しく処罰され、多数の領土を喪失しました。
戦後オーストリアは、共和国家として再出発したのですが、その前途は多難の道でした。

◎領土縮小

 旧オーストリア帝国を継承したオーストリア共和国は、サン・ジェルマン講和条約により、ボヘミア・モラヴィア、ガリツィア、ブコビナ、スロヴェニア、カルニオラ、ボスニア=ヘルツェゴビナ、トリエステ地方などを放棄させられ、83,000平方キロメートルの領土と650万人の人口を持つ小国家に縮小します。
放棄させられた地方の中には、ドイツ系住民が多数を占めていたにも関わらず、軍事的見地からイタリアに割譲させられたチロル地方も存在していました。

◎経済恐慌

 1929年の世界大恐慌はオーストリア等の東欧諸国にも波及し、輸出量が激減した為、貿易収支は経常的に赤字となり、結果として負債返済の停滞状態に陥りました。
1931年5月には旧帝国領の東欧諸国への融資が不良債権と成り、クレディット・アンシュタルト銀行と東欧諸国との取引関係にあったドイツの銀行が倒産に陥り、東欧諸国の経済に大打撃を与え、経済混乱に更なる拍車を掛ける事と成ります。

 この経済混乱により、失業者は激増し、国民は有効な手を打てずにいる政権に失望し、強力な指導力を持つ独裁者の出現を渇望する事に成りました。

◎首相ドルフス暗殺事件

 1933年に隣国ドイツで成立したヒトラー政権は、嘗ての大ドイツ帝国を復活すべく、近隣のドイツ系住民が多数を占めている領土の割譲を要求します。
その最初の標的となったのがオーストリアでした。
オーストリアは、ドイツと同じドイツ系民族の国家で在る為、併合に抵抗が無いものと当初から予想されていました。

 又、当時のオーストリアは、世界大恐慌の影響で経済混乱していた一方、隣国ドイツでは、ヒトラーによる経済計画の成功によって、経済混乱から脱却しつつある姿を目の当たりにしていた一般民衆は、ドイツとへの併合を渇望する様に成っていたのです。
更にヒトラーがオーストリアのナチス勢力を強力に支援し、オーストリアのドイツ併合のムードを盛り上げて行きました。

 しかし、首相ドルフス率いるオーストリア政権はドイツへの併合を強く反対します。
これに対し、ヒトラーはオーストリアのナチス勢力を使ってドルフス暗殺を行う等の(1934.7.25)反独姿勢の封じ込めを断行しました。

続く・・・

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