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2011/09/07

人類の軌跡その190:歴史の狭間で⑤

<失われた国々その⑤:エストニア、ラトヴィア、リトアニア~悲劇の小国家~>
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ドイツ軍、リトアニア侵攻

 通称バルト三国である、エストニア、ラトヴィア、リトアニアは、ロシア帝国崩壊により、第一次世界大戦後に独立を果たしたものの、小国であるが故に、その存続は危ういものでした。
 
◎領土問題

 バルト三国は、ソビエト連邦(以下ソ連)とバルト海との間に位置し、ソ連のバルト海貿易に於ける中継点として繁栄し、又軍事的意味に於いてもバルト海の制海権確保の為に必要不可欠な位置に在りました。
更に歴史的事実から、旧ロシア帝国領で在り、領土回復を目論むソ連の標的と成りました。

◎滅  亡

 1939年8月にドイツとソ連との間に結ばれた独ソ不可侵条約には、東欧、バルト三国での勢力範囲を定めた秘密条項が存在しました。
具体的には、ポーランドの東西割譲、バルト三国のソ連支配の容認であり、1939年9月のポーランド滅亡、1940年6月のフランス崩壊によって、ソ連のバルト三国に対する併合圧力は増加していきます。
ソ連はまず、傀儡である共産党に政権を握らせ、その政権に領土保全の為、駐留要請を行い、ソ連は、この要請を受諾し、1940年8月3日~6日にリトアニア・ラトヴィア・エストニアに軍事駐留しました。
その後、ソ連軍の力を背景に、ソ連邦への編入要請を半ば強制させ、ソ連はこれを受諾し、バルト三国はソ連邦に併合されたのです。

◎軍  備

 バルト三国の総兵力は3万人にすぎず、大国ソ連に対抗する事は、事実上不可能でした。


続く・・・
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