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2011/09/21

人類の軌跡その201:歴史の狭間で⑯

<第二次世界大戦前夜の周辺諸国:イタリアその②>

◎軍 備

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1942年,北アフリカ・キレナイカ・イタリア軍M13/40戦車

 イタリアは、工業全般について未熟であり、基盤が弱く、エチオピア侵攻とスペイン内戦介入は、軍備消耗を招いていました。
其の為、軍備の機械化は著しく遅れ、既に第二次世界大戦時、米英と前面的に交戦できるだけの工業力、経済力を失っていたのです。

陸 軍

 当時陸軍は37個師団を擁していたが、小銃は1891年製と云う既に骨董品扱いされていた代物であった事からも伺う事が可能です(ちなみに日本陸軍の正式歩兵銃である38式歩兵銃は、1902年製である)。

 更に、戦車運用に関して、険しい山岳地帯が多いイタリア国土に対応するべく、軽量化・小型化が優先されるという決定的な試行錯誤を演じ、この事は、後のアフリカ戦域で、イギリス戦車、対ソ戦では、ソ連製の戦車に全く対抗できませんでした。

海 軍

 自国沿岸海域と地中海域を主要な作戦海域とし、フランスとの戦闘を念頭に置いて整備されていましたが、高速性を優先し、防御力を犠牲にした事は、致命的ともいえる結果を齎します。
すなわち、爆弾一発で沈没しかねない危険性を有する事と成り、事実、戦艦ローマは1943年にドイツのたった一発(二発の説有り)の誘導爆弾「フリッツX」(艦対艦もしくは艦対地巡航ミサイル、トマホークの前身にあたる「誘導爆弾」)で沈没する醜態を晒す事に成りました。

空 軍

 陸軍とは対照的に、早くも1911年の対トルコ戦で世界に先駆けて飛行機を実戦使用したという先進性を有していましたが、工業力の未熟さ、飛行機の命とも言える高性能エンジン開発の失敗等、工業的な問題から、更には雑多の飛行機メーカー(22社あったという)がそれぞれの飛行機を生産する、不統一性の為、低い工業力のイタリアにとっては、種類が多い割には生産機数が少ない事態を生じさせてしまいます。

 また、前述した多種多様な機体存在した為、メンテナンスには多大な苦労が存在し、稼働率は全保有機の1/3以下と少なく、結果として、一部では名機を輩出しながらも、全体的には多種多様で統一性のない内容と成りました。

続く・・・


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