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2011/09/29

人類の軌跡その206:歴史の狭間で21

<第二次世界大戦前夜の周辺諸国:イギリス 大英帝国の威信を賭けてその③>

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◎軍  備

陸 軍

 第一次世界大戦後のイギリス陸軍は、緊縮財政の煽りを受け、大幅な兵力削減を行いました。
しかし、ヒトラーの台頭によるドイツの脅威が顕著となった、1936年から軍備拡充に路線を変更します。
只、四方を海に囲まれたイギリスにとって陸軍は、海軍、空軍に比べると優先順位は下位を甘んじていました。
是は第一次世界大戦での塹壕戦による、甚大な人的損害の記憶が生々しく、陸軍部隊のヨーロッパ大陸派遣を行う決断が出来なくなっていた為、ヨーロッパ大陸に於いて、ドイツ覇権を阻止するのでは無く、本土防衛が第一の目的であった為なのです。

 陸軍の正規部隊は、少数の職業軍人で構成されており、主な予備役は地方別志願制予備軍で、訓練は不十分の上、装備も不足していましたが、緊急時には容易に動員できる利点を有していたのです。
伝統的にイギリス陸軍は、志願制を導入していましたが、第一次世界大戦終結後に、志願した兵士の大部分が大量失業した事実から、志願者が定員に達しない慢性的な定員不足問題に悩まされており、其の為、限定徴兵制を行い、1940年には50個師団までの編成を行います。

 戦車運用は、第一次世界大戦の戦場に、世界最初の戦車を実戦投入した、戦車先進国でした。
しかし、当初の目的が、塹壕戦に於ける歩兵の援護の為、この運用思想の域を出る事が出来ず、戦車は歩兵の援護が最大の運用目的だったのです。

 1927年にイギリス演習機械化軍(EMF)が編成されます。
是は、戦車、装甲偵察車、歩兵、砲兵、航空機支援を含み、将来の機甲師団の主要な編成の全てを網羅していましたが、旅団規模であり編成も短命に終わりました。
しかしこの実験演習は、戦車の有効性を示すに十分で、この運用実績に従い、陸軍は1934年、足の遅い歩兵支援用の戦車(歩兵戦車)と敵の戦車と対抗可能な機動性を有した戦車(巡航戦車)を要求していましたが、海空軍が優先された事も在り、遅々としてその配備は進みませんでした。

続く・・・



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