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2008/10/18

「火の鳥・鳳凰編」より名台詞

火の鳥・鳳凰編より

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「人間も虫も生命の重さについてはおなじ……」

 『火の鳥・鳳凰編』は、奈良時代に仏教が政治に利用され、そこに茜丸、我王という2人の仏師が巻き込まれていくストーリーです。
茜丸のライバル・我王は、生れたその日に崖から落ちて片目片腕になり、心がすさみ、人殺しを繰り返します。
しかし、愛する女性(本当は、虫の精)を殺したことをキッカケに、命の重さに気づいていきます。

「生きものは、などんなちっぽけなものでも、生をうけたからには、なにか生きる役目をもっているはずじゃ」

 殺人を繰り返した我王は、狂い病にとりつかれた村に迷い込みます。
その時、村びとから懇願されて魔よけの像を彫り、我王は生まれて初めて、お礼を言われます。
そして、その事実を目撃した良弁僧正が、仏師こそ、我王の使命だと認めるのです。
ここで引用した言葉は、その時の良弁僧正の言葉です。

「苦しい試練にたえぬいたとき、きっと おまえの心の中に、ほんとうの仏がつくられるだろう」

 再び、良弁僧正が我王にかけた言葉です。
苦しい試練に出会っても、本当にそれを乗り越えたとき、心はまっすぐ、明るくなるものです。
それを知っていれば、苦しい試練も、なんのその、と言いたいトコロですが……(^^;)。

「虫魚禽獣死ねば…どれもみんなおなじ!人が仏になるなら…生きとし生けるものはみんな仏だ!」
 良弁僧正が亡くなられたとき、我王は悟りを得ます。その時の言葉です。
私は悟っていないので、わかりませんが、「生きとし生けるものはみんな仏だ!」という言葉は、おこがましいかもしれませんが、自分自身も含めてそうあってほしい、と思います(^^)。

「生きる?死ぬ?それがなんだというんだ。宇宙のなかに人生などいっさい無だ!ちっぽけなごみなのだ!」
   
 悟った瞬間、我王は宇宙と一体になります。
そして、宇宙と一体になったとき、すべてが宇宙生命に満ちあふれていることを深く知るのです。
これぞ、『火の鳥』の真骨頂です(^o^)。

「おれは生きるだけ生きて……世の中の人間どもを生き返らせてみたい気もするのです」

 我王の師・良弁僧正は、仏教が政治に利用され、自分もまた、その道具として使われたことで、すべてに愛想をつかし、自ら即身仏となる道を選びます。
しかし、“生きているから美しい”と気づいた我王は、上の言葉を残します。

『鳳凰編』は、火の鳥シリーズでも特に、私が好きなストーリーの一つです(^o^)。

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