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2011/11/08

人類の軌跡その236:伝説から歴史へ⑤

<朝鮮半島の歴史その①:箕氏朝鮮の誕生(伝説部分)>

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 朝鮮の建国伝説については、箕氏(きし)朝鮮についての伝説と檀君(だんくん)伝説の2つが存在します。

 箕氏朝鮮の伝説によれば、箕氏は徳の在る人物で、最初中国殷王朝の最後の王で在る紂(ちゅう)王に仕え、紂王の無道を諌めて疎んじられたが、殷を滅ぼした周の武王により朝鮮に封じられ、民の教化に務めたと云います。

 この伝説は、司馬遷の「史記」にのみ記述が見られ、朝鮮側には文献上も伝承としても類話が一切存在せず、それに類する遺跡も存在しません。
 但し、後の儒者が文献に取り入れ、李氏朝鮮の時代に「箕氏廟」が平壌に造られてもいます。

◎檀君伝説

 一方の朝鮮建国神話が、檀君(だんくん、タングン)伝説で、以下の様に伝えられています。

 天帝桓因(かんいん、ホワンイン)の庶子の王子桓雄(かんゆう、ホワンウン)は、人間世界を治める為地上に降ろす事に成りました。
桓因は桓雄に天符印を三個(剣・鏡・鈴あるいは剣・鏡・曲玉の神器)授けて、「天下って人間界を治めてみよ」と命じ、桓雄は三千の供を率い、太白山頂上の神壇樹(栴檀(せんだん))の木の下に天降り、そこを神市と名づけました。
桓雄は風伯・雨師・雲師の三神を従えて、穀物・命・病・刑・善悪等、人間に関する360余事を司り、人間界を治め、教化に務めました。

 天降った樹の下の洞窟に住む一匹の熊と一匹の虎とが桓雄を慕い、人間に成って忠義を尽くしたいと願ったので、桓雄は百草一束と大蒜二十本を与え、洞窟に籠って百日間の修行をする事を命じました。
ところが気短な虎は、修行に耐えられず逃げ出して人間に成り損ね、熊は首尾よく修行を全うして美女と化しました。
そこで桓雄は、その熊女を娶って王子の檀君王倹(おうけん、ワンゴム)を生ませ、王倹は平壌城(またの名王倹城。今の平壌では無いとする説も在ります。)に都を定め、初めて朝鮮の国を開きました。
その後、都を白岳山の阿斯達(あしたつ、アサダル)に移し、1500年間国を治めましたが、周の武王が箕氏を朝鮮に封じたので、蔵唐京に移り、後に阿斯達に戻って山に隠れ、山神と成り1908歳もの長寿を全うしました。

 この説話が初めて文献としてみられるのは、高麗後期の僧一然(1206~1289年)の「三国遺事」で在り、後に檀君による建国の年は、西暦紀元前2333年に定められました。

続く・・・


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