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2011/12/05

人類の軌跡その256:アレクサンドロス大王③

<アレクサンドロス大王の遠征その③>

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◎フィリッポス2世BC382年~BC336年(在位 BC359~BC336年アレクサンドロスの父)

 アレクサンドロスの父フィリッポス2世は、マケドニア王で在った兄が戦死した為、兄の子アミュンタス4世の摂政となり(BC359)、ついで軍隊に推されて王と成りました。
農民の生活基盤を安定させ、彼らを重装歩兵隊に組織し、小貴族を騎兵隊に組織して軍事力を強化し、新戦術を持って軍を統率しました。
マケドニア東方のパンガイオンの金山を支配下におき、財政資金を獲得した他、領土を拡大して植民を行いました。

 アレクサンドロスの母オリンピアスの他に5人の周辺有力者の娘を妻とし、政略結婚も行なっています。
BC343年にアリストテレスを迎えて、アレクサンドロスや同年輩の貴族の少年達を教育させ、アレクサンドロスは、是によりギリシア的教養を身につけ、博学・好学であったと伝えられています。
この当時、ギリシアは、ポリスの栄光の時代を過ぎ、ポリス間の抗争や革命に終始し衰退期に入っていました。
フィリッポス2世がマケドニアに隣接するテッサリアやトラキアへ支配を拡大するなか、アテネの同盟市で在るオリュントスを占領しビザンティオンを攻撃すると、アテネはテーベと連合して援軍を派遣しました。
両軍は、BC338年にカイロネイアで会戦し、マケドニアが勝利します。

 フィリッポス2世は、テーベには厳しく、アテネには寛大に臨み、翌BC337年、フィリッポス2世は、ギリシアの各市をコリントに集めコリントス同盟(ヘラス連盟とも)を結成しましたが、スパルタだけは参加しませんでした。
この同盟では、盟主にフィリッポス2世が選ばれ、各ポリスの自治と自由を保証・内政不干渉・革命の禁止などを決議し、マケドニアの勢力の下で、ギリシャポリス間の抗争に終止符が打たれ、又、ペルシアへの遠征が決定され、フィリッポス2世が全権指揮官に選ばれたのでした。

 遠征の準備が進むなか、翌BC336年、フィリッポス2世は、娘の結婚の宴席で暗殺されます。

続く・・・


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