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2011/12/27

人類の軌跡その272:伝記の陰の真実その⑩

<アンクル・サム>

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 食肉缶詰工場を経営する、ウィルソン兄弟は、日頃から自分たちの工場は、1日に牛150頭を処理し、缶詰にする能力が有るので、ニューヨーク州一だと自慢していました。
その様な時、アメリカとイギリスが1812年に戦争に突入した時、自身満々の兄弟は軍隊に樽で、牛肉と豚肉を供給する契約を取り付けました。
兄のサミュエル・ウィルソンは得意満面で、その陽気な性格から、可也の人気者で、アンクル・サムと呼ばれていたのです。

 或る日、彼の工場を訪問した人物が、樽の総てにE.A.-U.S(政府側の契約者エルバート・アンダーソン、アメリカ合衆国の頭文字)のスタンプが押してある事に気づき、工員の一人にこの文字が何を意味するか尋ねました。
「知らないよ」と工員は答えましたが、訪問者はすかさず、「エルバート・アンダーソンとアンクル・サムの事かね?」と言ったと云います。

 之は、後に長く語り継がれるジョークと為り、訪問者や工員が、この話を周囲に広めて行きました。
1830年代に漫画家が、題材として選び始め、サムは1854年にこの世を去りましたが、ついに議会が彼の名前を、国民の心に永遠に残すように取り計らい、1861年、サミュエル・ウィルソンをアメリカ合衆国のシンボルと公式に認める決議が採択されました。

 因みに、イギリスのまるまると太った陽気なマスコット、ジョン・ブルには、アンクル・サムの様なモデルになった実在の人物は存在しません。
1712年に「法律は底なしの穴」の題名で出版されたジョン・アーバスノットの不器用な政治風刺文学で、ジョン・ブルは誕生したのでした。

 この本は後に「ジョン・ブル」の歴史と呼ばれる様に成りましたが、その中でジョン・ブルがイギリス人を、リュイス・バブーンがフランス人を、ニコラス・フラッグがオランダ人を代表していました。
しかし、ジョン・ブルだけが、歴史家、評論家、漫画家の心を捕え、彼らによって不朽の存在となったのでした。

続く・・・
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