2012/02/01

人類の軌跡その296:時には日本について③

<日本武尊③>

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火の鳥 手塚治虫

◎美濃の国へ

 この信濃越えは皇子達一行を苦しめ、深い霧で度々方向を見失い、やがてこの山の神が白い鹿の姿を借りて皇子達の前に現れ、皇子はそれとは知らずにその鹿に蒜(ニンニクの類)を投げつけ、鹿は死んでしまいました。
しかし、それと同時に一行は、たちまち道に迷ってしまいました。
今度は白い犬が現れ、皇子達が導かれる様にその後に従うと、一行は美濃国(岐阜県)に出ることが出来ました。
その山では今まで多くの人が突然病気になったりして苦しんでいたのですが、それより後、蒜を噛んで山に登るとそのような害に遭うことがなくなったそうです。
美濃では皇子達は、越国を迂回した吉備武彦の軍と合流します。
一行は尾張国で休憩を取りますが、ここで皇子は尾張氏の娘の宮簀媛を娶ることになります。

 死を覚悟で出発した東国遠征、尾張まで辿り着き、大和国は目前でした。
皇子は伊吹山に民を苦しめる神が居ると伝え聞き、征伐に向かうのですが、この時、其れまで身から離さなかった草薙剣を初めて外して、宮簀媛に託して山に登ります。
伊吹山に来た皇子を見て、山の神は蛇に変じて皇子の道を塞ぐのですが、皇子は蛇が山の神とは知らず、その蛇を踏みつけて山の奥へと入っていきました。
怒った神は雹を降らせ、霧を出して皇子を道に迷わせました。

 皇子は命からがら山を下り、そのまま宮簀媛の家に戻らず、伊勢を目指しますが、皇子の命数は尽きようとしていました。
鈴鹿の能褒野迄来た時、皇子は余命を自覚し、「東国の遠征は果たしましたが、自分は生きて戻れそうにありません」という天皇への遺言を吉備武彦に託し、その地で亡くなります。

皇子の霊魂はその後白鳥と化し、河内国に至ったと云われます。
そして皇子のお墓は亡くなられた能褒野と、途中その白鳥が立ち寄った大和の御所と河内国の3ヶ所に祀られる事に成りました。
皇子が宮簀媛に託した、草薙剣は結局、尾張氏がそのままお守りする事と成り、その祭祀の為に建てられたのが現在の熱田神宮です。

 なお、この年代ですが、日本書紀の1年をそのまま現在の1年と考えると、紀元110年に成りますが、貝田禎造の推算ではこの時期の1年は現在の3ヶ月に相当するとして紀元367年という計算に成るとの事です。
安本美典の推算では紀元390年頃の計算になりますから、4世紀後半の物語と考えて良いでしょう。

日本武尊終わり・・・
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