2012/02/15

人類の軌跡その307:大航海以後④

<スペインとオランダその④>

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◎日本に於ける対外貿易

 スペインからネーデルラントへの貿易主役交替は、日本の歴史でも歴然とした事実でした。
戦国時代、盛んに日本に来航していたのは南蛮人と呼ばれたスペイン、ポルトガルでした。
西暦1600年、オランダ船リーフデ号が初めて日本に辿り着きました。
実はこの船は2年前の1598年オランダを出帆し、胡椒を買い付ける為にインドネシア方面に向かっていましたが、嵐に遭遇後漂流して、現在の大分県近くの海岸に漂着したのでしたもので、出航時110名を数えた船員の殆どは死亡し、生存者は僅か24名、当時の海外貿易が如何に命がけの航海か理解出来ると思います。

 時代は関ヶ原の戦いの直前、徳川家康は世界情勢にも関心が高く、リーフデ号乗組員のオランダ人達から情報収集しました。
後に彼等の殆どはオランダに帰るのですが、徳川家康の意に沿って日本に残留を決意した人物が、ヤン=ヨーステンとウィリアム=アダムスでした。
ヤン=ヨーステンは、屋敷が江戸に与えられ、その屋敷跡が八重洲と成りました。
ウィリアム=アダムスはオランダ人では無く、イギリス人でイギリスがネーデルラントの独立を支援した結果で、彼のリーフデ号での職種は水先案内人、羅針盤等の計測儀を頼りに船の航路を決めていく重要な役割です。ウィリアム=アダムスは、徳川家康の外交顧問と成り、三浦半島に領地を与えられ、三浦按針(みうらあんじん)と名乗ります。
 
 これ以後、オランダ、イギリスの商船が日本に来航する様に成りますが、オランダは、宗教活動を一切行わず、商業活動に徹し、イエズス会宣教師を常に伴うスペインを打破、やがて日本貿易を独占します。
ヨーロッパでの力関係の変化が、そのまま日本との貿易にも反映されているのです。

スペインとオランダ終わり・・・
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