2012/02/16

人類の軌跡その308:大航海以後のアメリカ大陸①

<アメリカの征服とヨーロッパの変容>

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◎大航海時代以前のアメリカ大陸

 コロンブスの到達以来ヨーロッパ人が続々とアメリカ大陸に来航する事と成ります。
アメリカ大陸の先住民は、約2万年前アジアから到達した、モンゴロイドで在り、シベリアとアラスカの間、ベーリング海峡が結氷していた時代、徒歩で往来したものです。
彼等はやがて南北アメリカ大陸と周辺の島に広がり、中央アメリカのメキシコ高原と南アメリカのアンデス高地に高度な文明が発展します。

 メキシコ高原は紀元前6000年頃、農耕文化が成立します。
主な農作物はトウモロコシが主力作物で、本来アメリカ大陸には小麦、米等穀物は原生していません。
因みに家畜の種類も少なく、アンデス高地にはアルパカ、リャマ等駱駝科の家畜が存在しますが、メキシコ高原には居ませんでした。
 
 メキシコ湾岸地域に最初に現れる文化が、紀元前9世紀頃のオルメカ文明。
オルメカ文明を基礎に紀元前2世紀頃、メキシコ高原を中心に発展したテオティワカン文明です。
マヤ文明は、ユカタン半島で開花しました(3世紀~103世紀)。
マヤ文明は、オルメカ文明の影響を受け成立し、石造りのピラミッドや神殿等、巨大な遺跡が現在に残され、複雑な象形文字も現存しています。
マヤ文明は10世紀を境に衰退し、スペイン人がこの地域に侵入した時、マヤ人達は先祖の様に巨大な建造物を造る力を有していませんでした。

 メキシコ高原では、テオティワカン文明の後、トルテカ文明が引き続いて栄え、数々の民族が興亡を繰り返しますが、スペイン人が侵入した時に繁栄していた国が、アステカ帝国で在り、首都はテノチティトラン、人口20万を数える当時の世界で最大級の大都市でした。
テノチティトランはアストラン湖の中に浮かぶ島で、島に渡る為の堰堤が三本在り、初めてこの都市を見たスペイン人達は、その壮麗さに驚いたと伝えられています。
現在、アストラン湖は消滅し、その場所にメキシコシティが建設されており、アステカ帝国はスペイン人によって滅亡し、テノチティトランも破壊されたのでした。

続く・・・


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コメント

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興味あります☆

初めまして。
演技とかに携わっているせいか、歴史や神話に大変興味があります。
自分でも、もちろんいろいろ調べているのですが、なかなかまとまりません(^_^;)このブログのようにまとまっているととてもよくわかりやすいです!
また見に来ますね☆
ちなみに今、一番興味あるのは、神話の一番初めってなんだろう?です。。