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2012/04/03

人類の軌跡その341:貿易①

<商業覇権の推移その①>

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奴隷売買

◎大西洋の三角貿易 

 アメリカ大陸と西インド諸島では、ヨーロッパからの入植者がサトウキビ、綿花、タバコを栽培する一方、金・銀を採掘しましたが、その労働力となったのは、アフリカ大陸から強制的に連れてこられた奴隷達で在り、生産した商品はヨーロッパに向けて輸出されました。

 一方ヨーロッパからは、工業製品、銃等の武器、綿織物やガラス工芸品等の雑貨をアフリカ、取分けギニア湾に面した地域に輸出します。

最後にアフリカが輸出する商品が奴隷で、ヨーロッパ商人は雑貨を売って、奴隷を買い、アメリカ大陸に運び、三角貿易は達成されました。
三角貿易の影響に関して、奴隷貿易で一番活躍した国がイギリスで、特にリバプール商人が有名で、この結果イギリスは、資本を蓄積して工業化を推進して行きます。

 アメリカ大陸では三角貿易の結果、農業のモノカルチャー化が進行し、単一種の作物しか栽培しない為、生産する作物が値崩れすると、モノカルチャー経済の国は経済破綻に遭遇しました。

 奴隷の供給と成ったアフリカは、社会に破壊的な影響が発生し、16世紀後半から19世紀初頭迄で、一千万人以上のアフリカ人が、奴隷として連れ去られたと云います。
更に多い数字を主張する研究者も存在しますが、人口が急速に減少した場合、その社会が発展する事は不可能です。
現在、アフリカは貧困で喘いでいますが、これは奴隷貿易によるダメージから、回復していないと考えて良いと思います。

 ヨーロッパの奴隷商人達は、奴隷狩り等の行為を行う事無く、ヨーロッパからの船がアフリカの港に入港した時には、現地の奴隷商人達によって、必要な奴隷が準備されていました。
アフリカ人の奴隷商人が居り、彼等は奥地に入って違う部族の村を襲撃して、奴隷を狩り集めました。
ベニン王国など、奴隷貿易で繁栄した国が成立したりもします。

 集められた奴隷達は、アメリカ大陸や西インド諸島に運ばれるのですが、この奴隷船こそが地獄でした。
奴隷船の内部構造は、一回の航海で、可能な限り多く運べる様に、船の内部を低い天井で仕切って奴隷を横に寝かせています。
逃亡や反抗が起きない様、全員の足首が鎖でつながっていました。
男女とも頭は剃られ全裸で在り、腕には会社のブランドマークが焼き付けられていました。

 大西洋横断に要する日数は約40日から70日。
船中の、衛生状態は最悪な為、伝染病、衰弱等で、奴隷達の死亡率は8%から25%、ほぼ6人に1人の割合で死んでいきました。

続く・・・


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