2012/05/04

人類の軌跡その367:清朝⑦

<清朝その⑦>

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『金瓶梅』より

◎明清の文化

 学問の中心は陽明学です。
 明代の儒者王陽明が開祖で、宋代に生まれた朱子学を批判します。
王陽明は官僚出身で有能な地方官でした。
何度か反乱鎮圧にも活躍して軍事的才能も在りましたが、ある時、宦官に憎まれて左遷されます。
このときに、儒学に悟りを開いて陽明学を確立しました。

 王陽明は、朱子の「性即理」に対して「心即理」説を唱え、朱子は書物を読んで物の「理」を研究する必要性を説きましたが、王陽明の「理」は、自分の心の中にあるはずだと云います。
其れを現す言葉が、「わが心に問うてみて納得できぬことは、たとい孔子の言でも肯定しない」なのです。

 「知行合一」説も有名ですが、非常に哲学的で難解な内容ですが、普通理解されているような「正しいと思ったら行動をしなければならない」という意味では全く在りません。

 陽明学派には過激な思想家が多いのですが、その代表格が李卓吾、李贄(りし)とも云います。
彼の説はあまりにも過激なので、最後は捉えられ獄中死してしまいます。
儒学者でありながら、「論語は偽善者の養成所」と痛烈な批判を行なっています。

 考証学
 明末清初の王朝交代期には、儒学者たちは身の処し方に悩みます。
「忠」という儒教道徳からすれば、明に仕えていたのなら、清の支配を認めてはならない筈なのです。
 顧炎武、黄宗義という学者は明末清初の学者で、清に仕えることを潔しとしなかった人達です。
彼らがはじめたのが考証学、彼らは明が滅亡したのは、明の時代の学問が現実の問題に役に立たなかったからだと考え、そこで、実地検証にもとづいた実践的な学問を確立しようと試みました。
 
 考証学は、実証的な学問方法として発展し、現在の近代的学問方法と変わる処なく、歴史研究では多くの成果を挙げました。
特に清代の考証学者銭大(せんたいきん)は有名です。

 庶民文化の活況
 明代に「四大奇書」が成立し、『水滸伝』『三国志演義』『西遊記』『金瓶梅』が之に当たります。
宋や元の時代から、講談やお芝居で演じられてきたものが、現在に伝わる小説の形に成りました。
江戸時代の日本文学にも大きな影響を与え、 有名な怪談『牡丹灯籠』の原作『牡丹亭還魂記』もこの時代のものです。

 清代では曹雪斤の『紅楼夢』が有名で、作者は、満州八旗の名門貴族出身、祖父は康煕帝の側に仕え、政府が南京で運営する織物工場の長官でした。
康煕帝が、南京に行幸した時には、彼の家に宿泊しています。
但し、曹雪斤の時代には没落していて貧しい暮らしをしていたと思われます。
『紅楼夢』は、自分の家をモデルにして、満州貴族の繁栄と没落を描いた作品です。

 実学の発達
 明代の文化の特徴に実学の書物が多く書かれた事です。
 李時珍の薬草の百科事典『本草綱目』
 宋応星の工業技術解説書『天工開物』
 徐光啓の農業の解説書『農政全書』等
 実際に役に立つ学問は庶民が必要としているもので、先の小説類も庶民が楽しむものでした。
そろばんが流行、普及したのも明の時代で有った事も記述しておきます。

続く・・・
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