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2012/05/16

人類の軌跡その377:アメリカの独立④

<アメリカ独立その④>

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ヨークタウンの戦いより英国軍コーンウォリス将軍の降伏

◎アメリカ合衆国の成立

『独立宣言』の内容は非常に明確で、「すべての人は平等」と書かれていますが、奴隷制度の事を如何に考えていたのでしょうか?
此処で述べられた「すべての人」の中には黒人奴隷やネイティヴ・アメリカンは入っていません。
独立できても黒人奴隷やネイティヴ・アメリカンに自分達と同じ権利を与える気持ちは全く在りませんでした。

 実は、独立宣言執筆の中心で在るトマス・ジェファーソンは、奴隷制度の廃止を考えており、彼が最初に書いた宣言の原稿には、其の事がはっきりと記述されています。
しかしながら、起草委員は複数居り、ジェファーソンの原稿に書かれた、「奴隷制廃止に触れるのは如何なものか?」との意見が出てきます。
植民地側の指導者達の中には、奴隷を使ってプランテーションを営む者も居ます。
例えば、軍司令官ジョージ・ワシントンは何百人もの奴隷を使い農園を経営していました。
奴隷制廃止は、この様な人物には重大問題と成りますし、不協和音が起こり、独立戦争を戦えません。
結局、ジェファーソンの原稿から奴隷制度に触れた部分は削除されたのでした。

 ジェファーソンの逸話として、ジェファーソンは妻を亡くした後、自分の身の回りの世話をしていた黒人奴隷の女性と関係を持ちます。
結果、その黒人女性との間に子供をもうけていますが、この様なお話は、結構一般に流布していましたが、ジェファーソンは自分の体験から奴隷問題を真剣に考えたのでしょう。
因みにジェファーソンは、後の第三代合衆国大統領に成りました。

 戦争は、1781年のヨークタウンの戦いで、アメリカ・フランス連合軍の勝利が決定的と成ります。
この時の兵力が、アメリカ軍8800人、フランス軍7000人。
やがて、1783年パリ条約で、イギリスは正式にアメリカ合衆国の独立を承認しました。

 1787年、合衆国憲法が制定され、その特徴は、人民主権、三権分立、連邦制でした。
合衆国は、自然に出来上がった国では無く、植民地の人々がその国の方向性を議論しながら作った国です。
最新の政治学説を取り入れて理想の国づくりを目指し、三権分立はフランスの思想家モンテスキューが専制政治を阻止する為の方法として唱えたものです。
現代世界で、先進資本主義国はほとんど三権分立を採用している程に普及している形態ですが、合衆国がその最初でした。

 連邦制、独立前の13の植民地が独立後は州と成り、州の独立性を重視し、州の連合体が合衆国との考え方です。国名のUnited States of Americaに反映され、アメリカ合衆国と一般的には訳しています
建国当初、中央政府と、州政府の力関係を如何にするか、大きな論争に成りました。
独立前の13植民地は、その成り立ちに従った方法で、植民地を統治していましたから、中央政府には大きな権限を持たせず、州の独自性を尊重する考え方が、建国当初の方針でした。

 今でも、アメリカでは州毎に州法が存在し、州警察が組織され、州兵制度による軍隊が編成されています。
州警察は、その州の中でしか活動できず、例えば、カリフォルニア州で殺人事件を起こした犯人がニューヨーク州に逃げると、カリフォルニア州の警察はもう捜査できません。
ニューヨーク州の警察は、自分の管轄で起こった事件ではないので犯人を捕まえる事ができず、州をこえて犯罪捜査をおこなえる警察として組織されたのが連邦警察、FBIなのです。

 アメリカ合衆国初代大統領が、独立戦争の英雄ジョージ・ワシントン。
ワシントンにはこの様な逸話が伝わっています。
独立が決定し、アメリカの今後の方針を議論している時、一部の軍人グループがワシントンを国王にしようと考えました。
故郷の農園に帰っているワシントンの所に出かけて、王様になって下さいと頼んだと云います。
若し、ここでワシントンが承諾していれば、アメリカ合衆国でなくて、アメリカ王国になっていたかも知れません。又、ワシントンは軍司令官で軍を掌握していますから、その可能性も皆無では在りませんでした。
しかし、ワシントンは、「これからは王様の時代ではない」と断わり、他に候補者は存在せず、選挙で国家元首を選ぶことにしました・・・・結果はワシントンが選ばれました。

 さて、ワシントンが大統領に就任し、役人や、議員達は大統領に対してどう呼びかけて良いのか解りません。
ヨーロッパでは国王に対して「選ばれし陛下」とか「いと高き仁慈深き御方」等、儀礼用語を使用します。
側近「どのようにお呼びしたらよろしいでしょうか?」、ワシントン「ミスター・プレジデントでいいよ」日本語に訳したら、「大統領さん」くらいの感じでしょう。
親しまれる大統領の伝統が、ここから生まれ、大統領就任は1789年、後年描かれた肖像画のワシントンが手に持っているのが、新しく建設する首都の設計図で、彼の名前を因み、現在の首都ワシントンに成りました。

アメリカの独立終わり・・・

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