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2012/05/19

人類の軌跡その380:フランス革命・ブルボン王朝の終焉③

<フランス革命③>

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『ベリー公のいとも華麗なる時梼書』より

◎革命の勃発

 「アンシャン=レジーム」に対する批判が、増大を見せた時期の国王がルイ16世(在位1774年~92年)です。肖像画とは異なり、地味で温和な人物と云われています。
国王として難局を乗りきる様なリーダーシップや政治的感覚は持ち合わせていなかったと思われます。
趣味は、狩猟と錠前作り、宮殿の中に工作室を設営して、暇が在れば鍵を作り、話術が苦手で、人付き合いも上手くなく、妃のマリー=アントワネットは夫に不満でした。

 ルイ16世の時代、国家財政の赤字増大が大きな問題になっていました。
国家財政の収入が5億リーブル、支出が6億2千リーブル、財政赤字は45億リーブルに達し、収入の9倍の赤字をかかえていたわけです。

 赤字増加の原因は、まず、ルイ14世時代以来の対外戦争の出費で、これをルイ16世の時迄、解消出来ず、更にアメリカ独立戦争を援助した事も、赤字を増す結果と成りました。
イギリスに打撃をあたえる為にアメリカ独立を援助しましたが、その結果領土が増えた訳でもなく、何の見返りも在りませんでした。

 又、宮廷の浪費、マリー・アントワネットの浪費は国民の反感を招いていましたが、国王も負けず劣らずで、例えば、ルイ16世が所有している馬車は217台、馬が1500頭。
馬の世話は手間が掛かり、1500頭の馬を維持する事は、飼育係もそれ相応の人数が必要に成ります。
狩猟の為の猟犬が1万頭、宮殿で使うローソク代だけで数万ルーブルを要したと云います。
無駄な出費と理解していても、国王の体面も在り、簡単に止める事も出来ません。

 このままでは、国家財政の破綻は目に見えています。
ルイ16世は財政改革をおこなう決意を示し、テュルゴーを財務長官に任命し、財政改革を推進させました。
財政改革の実行には、貴族階級の特権を制限せざるを得ず、当然、貴族達は財政改革に反対して、テュルゴーは十分な仕事が出来ないまま、財務長官を退きました。
その後、財務長官に任命されるのが銀行家出身のネッケルです。

 政府の収入を増やすには増税を行う事が得策ですが、第三身分からはこれ以上増税する事ができない位課税されています。
現在迄一切の免税特権を保っている第一身分と第二身分に課税する事が浮上します。
彼等は、資力を保有していますが、免税特権を手放す事に、聖職者や貴族が賛成する筈も在りません

 遂に、国王ルイ16世は、第一、第二身分へ課税を実施すべく、三部会を召集しました。
三部会は、第一、第二、第三の三つの身分の代表から構成され、国王が国民の支持を取りつける為に開かれる身分制議会です。
しかし、絶対王政の時代には、国民の支持など関係なく国王は権力を行使しますから、1614年以降は開かれていませんでした。

 1789年5月、三部会がはじまります。
全国から選ばれた各身分の代表が、ヴェルサイユ宮殿に集まりました。
ここで、ルイ16世の態度が問題でした。
国王は、貴族に課税を行いたいが為に三部会を召集したのですが、彼自身の心情として、平民に大きい顔をさせたく在ません。
第二身分の議員が集まると、個別に謁見してねぎらいの言葉をかけたりするのですが、第三身分の議員には慇懃無礼、全然態度が違うのです。

続く・・・

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