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2012/05/23

人類の軌跡その383:フランス革命・激動期の始まり①

<フランス革命⑥>

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ヴェルサイユ行進

◎ヴェルサイユ行進

 「封建的特権の廃止宣言」「人権宣言」によって、全国的な農民蜂起は終息に向かいます。
ところが、国王ルイ16世は、是等の宣言を承認しませんでした。
この時点では、未だ国の主権者は国王なので、国王が承認しなければ正式の法律として効力を持たないのです。
承認を渋る国王に対して、市民の苛立ちは高まっていきます。

 又、政治的な混乱と前年の不作の影響でパリの物価が高騰しはじめ、下層市民には食糧が手に入り難くなっていました。
一家の台所を預かるパリの主婦層が、食料調達に苦労を重ねている時に流れてくるのが、ヴェルサイユの噂でした。
ヴェルサイユには食糧が十分在り、国王や王妃達は庶民の暮らしに関心も持たず、今日も十分に食べていると云います。
10月5日、この食料事情を打開しようと、パリ在住の女性がパリ市役所前の広場に集なりました。
人数は7千人とも伝えられ、彼女達を組織した者が存在したのでしょうが、詳しい背景は不明です。
彼女達は、国王と議会に食糧を要求する為に、「パンをよこせ!」と叫びながら、ヴェルサイユに向かって行進を始めました。
武器を携え、大砲迄持ち出します。

 パリからヴェルサイユ迄の道のりは25km程の距離が在ります。
大砲を引き、約6時間歩き続けて、途中から雨が降り出し、全員びしょ濡れに成りながらも、怒りは消えません。
ヴェルサイユに着いたのが夕方4時頃、国王は例によって狩りに出かけていたので、彼女達は更に4時間待たされました。
皆の興奮が冷めやらぬところに、国王は帰ってきて、彼女達の代表と会見しました。
武器を携えた集団ですから、怒らせてはどうなるか解りません。
王は、彼女達に丁重に接してパンの配給を約束し、王妃と一緒に宮殿のバルコニーから挨拶する等のパフォーマンスで、その場を切り抜けようとしましたが、結局、「人権宣言」等を承認させられました。

 更に、女性達は国王一家に「一緒にパリに帰ろう」と進言します。
「ヴェルサイユの様な場所に貴族達に取り囲まれて暮らしているから、私達庶民、第三身分の気持ちがわからない、平民の街パリで一緒に暮らして欲しい」、と云う意味です。
パリにも宮殿が在り、暮らすことは可能ですが、平民に囲まれて針の筵に座る事に成りますから、国王としては辞退した処ですが抵抗しきれず、翌日、国王一家は女性達に連れられてパリに入りました。
女性達の言葉が残っています。
「私達はパン屋とおかみと息子を連れてきたよ!」

 これ以後、国王一家はパリのテュイルリー宮殿に住み、事実上パリ市民に監視されて暮らす様に成り、国王と一緒に議会もパリに移動しました。

 この後暫く政局は安定した状態が続き、国民議会は国王の抵抗なく憲法制定作業を続けていきます。
議会の主導権を掌握したのは、ラファイエットやミラボー等自由主義貴族と云われる人達でした。
彼等は、アンシャン=レジームを壊して国政の改革を考えていますが、それは国王を中心とした政府を考えていました。
イギリス風の立憲君主制で、ラファイエット達は民衆には人望が高く、名門貴族で国王からも信頼されており、これが政局安定の理由です。

 国王は表面上、議会に協調し、このまま何事もなければ、フランス革命はここで終了したかも知れません。
ところが、ここで事件が起きます。

続く・・・

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