2012/06/04

人類の軌跡その393:ナポレオンの生涯②

<ナポレオン・ボナパルトその②>

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ヴァンデミエールの反乱

◎ナポレオンの登場その②

 ナポレオンが軍人となって6年目、1789年、フランス革命が始まり、革命の進行に従って、フランスを捨てて国外に亡命する貴族達が増えます。
軍隊の将校は総て貴族階級で、亡命者の中には軍の将校も居り、更に革命に非協力的な指揮官は、軍務を外され処刑される事も在ります。
将校が少なくなれば、革命政府に忠実で、真面目に励む将校には出世の機会で、しかも、ジャコバン派独裁の時期には、身分に関係なく能力本位で将校の抜擢もはじまりました。

 ナポレオンは、この機会を逃さず、出世の為の努力を開始します。
まずは、ジャコバン派の独裁を支持する内容のパンフレットを自費出版し、ジャコバン派に近づき、ロベスピエールの弟と知り合いになって、自分を売り込むのです。
更には、港町ツーロンを占領していたイギリス軍と王党派の反乱を撃退するという功績をあげ、25歳で少将に昇進し、革命の混乱期でなければ、あり得ないような出世です。
少将は、軍隊の階級の中では大将、中将に次ぐ将官の階級です。
 
 テルミドールの反乱で、ロベスピエールのグループが処刑され、ジャコバン派の独裁が終焉を迎え、更にナポレオン自身も、ジャコバン派という事で逮捕されてしまいました。
釈放されますが、軍務をはずされて左遷状態に置かれ、この不遇の時に、ナポレオンは復活の機会を掴もうと、有力者のサロンをあちこち訪れました。
社交界に出入りするのですが、そこでナポレオンが見初めた相手が、ジョセフィーヌです。
彼女は、貴族出身の未亡人で、ナポレオンより6歳年上、夫はジャコバン派独裁で処刑され、死んだ夫との間に二人の子供が居り、しかも、ナポレオンと知り合った当時は、バラスと云う愛人が居ました。
 
 ジョセフィーヌの愛人バラスは、大物政治家で、のちに総裁政府で総裁になるという実力者です。
このバラスが、ナポレオンのツーロン反乱鎮圧の活躍を覚えていて、彼に機会を与えるのです。

 1795年10月、ヴァンデミエールの反乱が起こります。
王党派がパリ中心部でおこした武装蜂起で、街の中心部で発生した反乱だけに、政府も鎮圧に手間取りますが、この時に、バラスがナポレオンに鎮圧を命じるのです。
ナポレオンは、バラスに大砲の使用許可を上申します。
都会の真ん中で大砲を使用する事は、無関係の市民に被害が及び、その被害の予想も出来ないので、誰も実際に使用経験が在りません。
結局、使用許可が下り、ナポレオンは大砲を使って、見事に反乱を鎮圧します。

 この功績で、26歳のナポレオンは国内軍司令官に就任、見事に復活を遂げます。

 1795年10月、総裁政府が成立します。
翌年1796年、ナポレオンはイタリア方面軍司令官に任命され、第一回対仏大同盟との戦争は継続され、イタリア経由でフランスに侵攻するオーストリア軍を阻止する事が、ナポレオンに与えられた任務でした。

続く・・・
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