2012/06/11

人類の軌跡その399:ナポレオンの生涯⑧

<ナポレオン・ボナパルトその⑧>

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アルコレ橋を渡るナポレオン(イタリア戦域1796年)

◎ナポレオン、フランス軍の特徴

 一番の特徴は、フランス兵の士気の高さです。
兵士一人ひとりが戦う自覚を持っていました。
それは、抽象的にいえば「革命の成果」、具体的には「土地」を守りたかったからです。

 フランス革命によって、封建制度が消滅したフランスでは、ジャコバン派の政策等により、亡命貴族の領地が政府に没収され、多くの農民達がこれを手に入れました。
フランスが、対仏大同盟に負ける事は、フランスに王政が復活し、亡命貴族達が元の鞘に納まり、手に入れた土地が取りあげられると事を意味します。
革命によって手に入れた土地と自由を失いたくない意識が、フランス人の気持ちであり、兵士の気持ちです。
例え自分が戦場で命を落としても、我が家の土地を守れるのだと思えば、必死に戦います。
之が、フランス軍の強さの理由です。
当時のフランスは、ロシアを除いて最大の人口が在り、当然兵士の数も多かったのです。

 では、他の国はどの様な状況なのでしょう。
フランス以外の兵士は、全然戦う意欲はありません。
金で雇われた傭兵で在り、プロイセンの様に、農民が無理矢理兵隊に徴兵され、戦争の意義を理解し、自分の意志で戦っているわけでは在りませんでした。
従って、ヴァルミーの戦いでは、フランス義勇軍の雄叫びを聞いただけで、プロイセン軍は恐れをなして退却しています。

 二つ目の理由として、フランス軍には、被占領地、被征服地の民衆の協力が在り、「敵領の民衆を圧政から解放しよう。われわれは革命軍なのだ」と云った様に、ナポレオンは自由・平等の旗をかかげて戦争を遂行しました。
敵国に侵攻しても、敵はその国の支配者階級である封建領主や貴族で在り、民衆は味方なのです。
イタリアでナポレオンが歓迎された様に、各地の民衆、つまり平民階級はナポレオンの軍隊が、自分の国に攻めてきて封建制度を打ち倒すことを期待しました。
 
 三つ目の理由として、ナポレオンの戦術の上手さを挙げます。
ナポレオン軍の機動力を重視し、常に敵軍よりも早く行軍し、戦場に到着するや、敵軍が結集する前に、攻撃を加えます。
例えば、フランス軍4万、ロシア軍6万の兵力での、戦闘を仮定すると、兵力ではフランスが劣りますが、ロシアは6万でも、予定戦場に一度に6万人の兵士が到着する訳では無く、現在の様に整備された道路が存在する訳では在りませんので、軍隊は部隊毎に多くのルートに分かれて、徐々に終結します。
フランス軍は、ロシア軍が終結するより早く、行軍を完了し、まだ敵軍が分散している時に攻撃をしかける事で、数的劣勢は充分に補う事が可能でした。

続く・・・
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