2012/06/12

人類の軌跡その400:ナポレオンの生涯⑨

<ナポレオン・ボナパルトその⑨>

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マレンゴの戦い1800年イタリア戦域

◎ナポレオン、フランス軍の特徴その②

 フランス軍の移動が早い理由は、兵士が歩くのでは無く走るのです。
フランス兵の言葉として、「皇帝は我々の足で勝利を稼いだ」が残っています。
又、フランス軍は夜や雨の中でも行軍が可能でした。
夜間行軍は他国の軍隊は不可能で、夜間行軍を行えば、兵士が逃亡し、雨ではサボタージュで動こうとしません。
更にフランス軍は荷物が少なく軽装備の為、走る事が出来ました。
軽装の理由は、現地で必要な物資を調達できる為で、敵地の民衆の協力があるからです。
ロシア軍やオーストリア軍の様に、何ヶ月分かの食糧を、荷車に積んで、戦地へ輸送する必要がないのです。
機動力を発揮し、兵力の集中、中央突破、各個撃破で勝利を治め、戦術の大きな特徴として、歩兵、騎兵、砲兵を有機的に結合させたと云われます。

 ナポレオンは追撃戦も得意で、会戦でフランス軍が勝てば、敗れた敵軍は退却します。
ナポレオン以前の戦争では、敵が退却すれば、戦闘は終了しますが、ナポレオンは、退却する敵を追撃して、徹底的に殲滅しました。
 
 ナポレオン以前は、戦火を交えても、戦っているのは封建領主同士、貴族同士です。
属している国が違うだけで、身分としては仲間同士の為、勝敗が決すれば、深追いしてそれ以上の損害を与える事は在りませんでした。
ナポレオンのフランス軍は、封建領主の軍隊では在りませんから、完璧な勝利を追求します。
又、追撃命令を出すと、部隊は散開して指揮官の目が届きません。
封建領主の軍隊では、兵士の逃亡、サボタージュは当たり前の為、行いたくても追撃を命令できませんでした。
最終的には、フランス兵の士気の高さに、総てが起因しています。

※同時代人の証言

「彼が戦場に姿を現せば兵士4万人分に値する」(英・ウエリントン将軍)
「我々は一種の光芒に包まれて進軍しているような感じだった。私は50年後の今でさえ、その温もりを感じる事ができる。」(仏・マルモン元帥)
「望みを叶えようとする時のナポレオンの声には、強烈な説得力と魔力があり相手をその気にさせ、自分の欲望通りに事を運ぶ事にかけては、どんな手練れの女性も叶わなかった。」(ナポレオンの侍従長コーランクール)


◎没落のはじまり

 1810年前後が、ナポレオンの絶頂期で、やがて、ナポレオンの大陸支配が個人的栄光とフランス産業の利益の為という事が明らかに成って行きます。
最初は封建制度を打ち倒すフランス軍を歓迎していた諸国民も、ナポレオンの支配に抵抗をはじめます。
ナポレオンが自由・平等という考えを広めた結果、皮肉な事に各国で民族意識が高まり、特に、諸国の批判を受けた政策が、大陸封鎖令でした。
ヨーロッパ諸国は、一番産業の発展しているイギリスに、原材料や食糧を輸出して経済が成り立っていいました。
その行為を禁止したのですから、反発は当然です。

続く・・・
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