2012/06/19

人類の軌跡その406:ナポレオンの生涯⑮

<ナポレオン・ボナパルト番外編その①>

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「ナポレオン1世」

◎ナポレオンの歴史的評価

 ナポレオンの政治には、二つの側面が存在し、その一つは、専制君主、軍事独裁者としての側面で在り、皇帝の地位に就くことによって、フランス革命の民主主義的な側面を否定しました。
一方ではフランス革命の継承者としての側面を持ち合わせ、フランス革命から始まるフランスの政治経済の改革を推し進め、革命の成果を確実にフランスに根付かせました。
具体的には、中央集権化、フランス銀行設立、学校教育制度の整備、民法典の整備等の仕事です。

 ナポレオンが行った、ヨーロッパ各地での戦争には、如何なる様な意味があるのでしょう。
第一に、フランス革命を守る為の革命戦争の継続と考えることが可能です。
ナポレオンはフランス軍を解放軍と呼び、服属した地域に、人民主権、自由、平等などフランス革命の理念を広げ、封建制度を打ち壊して行きました。

 又、ナポレオンの戦争は、世界各地の植民地と市場をめぐる、イギリスとフランスとの最終段階と考えることが出来ます。
ルイ14世時代の17世紀末から18世紀全体を通じて、フランスとイギリスは断続的に戦争状態が続いています。
ヨーロッパでは、スペイン継承戦争、オーストリア継承戦争、七年戦争と、常にイギリスとフランスは敵対する陣営として争っていました。
アメリカ大陸やインドでは、アメリカ独立戦争がその好例で、1689年のファルツ継承戦争から1815年のナポレオンの最終的な没落迄、イギリスとフランスとの抗争を第二次英仏百年戦争と呼称する事も在ります。

 その様な意味で、ナポレオンの戦争は、フランスに利益をもたらす戦争でした。
最初、各国の民衆から歓迎されたナポレオンのフランス軍も、次第に自国の利益の為に、他国を抑圧する侵略軍としての側面が垣間見え、ヨーロッパ各地で、フランスの支配に対する抵抗が起きはじめます。
之こそ、ナポレオンが没落していく最大の理由です。

◎ナポレオンの戦争によるフランスの戦死者数

1805年~1809年 198,000名
1810年~1814年 555,000名
1815年 30,000名
1805年からの合計戦死者数 783,000名


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