FC2ブログ
2012/08/10

人類の軌跡その449:アメリカ合衆国①

<アメリカ合衆国の発展その①>

800px-SanFranciscoharbor1851c_sharp_convert_20120810212955.jpg
19世紀中半のサンフランシスコ

◎領土の拡大

 1783年、パリ条約で独立を達成したアメリカ合衆国ですが、独立時の領土は大西洋岸からミシシッピ川迄でしたこの後、急速に領土を拡大していきます。
1803年には、フランスからルイジアナ西部を買収します。
地域的には、ミシシッピ川からロッキー山脈迄に相当し、領土は倍増しました。
当時、フランスはナポレオンが、ヨーロッパ制覇に乗り出している時期で、ナポレオンとしては、直接的に利益をもたらす事の無い北米大陸から撤退し、ヨーロッパ本土に覇権を集中する目論見であったと思われます。
合衆国はフランスに1500万ドルを支払いましたが、この金額が正当であるか否かは、判断できません。
1818年には、イギリス領カナダとの国境線を確定します。

 1846年にはテキサスを併合します。
テキサスは本来メキシコ領ですが、合衆国からの移住者が増えた結果、1836年にメキシコから独立し、テキサス共和国と成り、更に合衆国に併合されたものです。
合衆国は、メキシコからの領土獲得を画策しており(テキサス共和国は、メキシコ領だったカリフォルニアとニュー・メキシコに対する領有権を主張していました)、両国間で戦争となりました。

 アメリカ=メキシコ戦争呼ばれるこの戦闘は、1848年迄続き合衆国の圧勝で終わります。
一時はメキシコの首都メキシコ・シティを米軍が占領する程の戦闘遂行能力を発揮し、合衆国はカリフォルニアとニュー・メキシコを領土に加えました。

 カリフォルニアの北オレゴンは、1846年イギリスより併合し、合衆国は現在私達が地図で見慣れた形に成りました。

 西部への領土拡大を、アメリカ人は「明白な運命(マニフェスト・デスティニー)」と考えていました。
ここでアメリカ人とは、アングロ=サクソン(イギリス)系の、白人のアメリカ人で在り、彼等は、農地を切実に求めており、新しい領土はフロンティア(辺境)と呼ばれ、豊かな生活を求める農民達が移住、開拓していきました。

 辺境開拓の歴史の中で、有名な出来事が1848年、カリフォルニアでの金鉱発見です。
アメリカン川で金が発見されると、そのニュースはまたたくまに広まり、一攫千金を夢見てカリフォルニアに移住者が殺到しました。
ゴールドラッシュが始まり、カリフォルニアは人口が急増し、特に1848年の金鉱発見のニュースを聞いて、人が殺到した翌1849年でした。
その為、49's(フォーティーナイナーズ)というあだ名が、カリフォルニア人の通称に成っていると云います。

 西部辺境へ人が移動し、新しい町が次々に生まれて行きますが、行政機構の整備が間に合わず、なかでも、治安維持体制が万全でない中で、自衛の為に銃を持つことが当然とされました。
これが伝統となって、現在でも合衆国では簡単に銃を手に入れることができます。
先進国としては、異常な慣習に思えますが、歴史的な背景も存在しているのです。

続く・・・
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント