FC2ブログ
2012/08/11

人類の軌跡その450:アメリカ合衆国②

<アメリカ合衆国の発展その②>

USS_Constitution_vs_Guerriere_convert_20120811223330.jpg
USS Constitution vs HMSGuerriere

◎政治

 ルイジアナ西部をフランスから買収した人物が、ワシントン、アダムズに続いて第三代大統領に就任したジェファーソン(在職1801年~09年)です。
ジェファーソン大統領就任について、民主主義の発展と良く云われますが、その意味は、ジェファーソンは初代大統領ワシントンのもとで国務長官を務め、同じくこの時副大統領のアダムズと政治方針で対立していました。
やがて、アダムズはフェデラリスト党、ジェファーソンはリカブリカン党の中心となり、アダムズは、第2代大統領に当選すると、フェデラリスト党で政府を固めて、リカブリカン党を弾圧しました。
ところが、第三代にはリカブリカン党のジェファーソンが選出されました。
重要なのは、対立する党派間であっても、政権交代がスムーズに行われた事で、民主主義の発展と後世に伝えられたのでした。

 此の間、ヨーロッパではフランス革命、ナポレオン戦争と、激動が続き、アメリカ合衆国にも影響を与えます。イギリスはフランスの貿易に打撃を与える為に、ヨーロッパに向かう合衆国の商船を拿捕し、通商を妨害します。合衆国はヨーロッパの戦争に対して、中立を宣言しているですが、大英帝国には通用しません。

 終にアメリカ合衆国は、イギリスに宣戦布告し、米英戦争(1812年~14年)が勃発します。
北米大陸で僅かな戦闘も行われましたが、アメリカとイギリスが雌雄を決する様な戦いは無く、合衆国はイギリスに攻め込む戦力は存在せず、一方イギリスも合衆国を必要に攻撃する意思は無く、ナポレオンの没落と共に、勝ち負けなく戦争は終わります。
しかしながら、この戦争により、イギリスからの輸入が途絶えた為、合衆国内で綿工業が発達しました。
イギリスからの経済的自立が達成された意味を踏まえて、この戦争を第二次独立戦争と呼ぶ事もあります。

 ナポレオンが没落し、ヨーロッパの秩序がウィーン体制で再編成されると、1823年、合衆国第五代大統領モンローが、いわゆる「モンロー宣言」を出します。
ナポレオン戦争に乗じて、独立を達成した中南米諸国を、スペインが再び植民地化しないように訴えたものです。ヨーロッパ諸国がヨーロッパで何をしようと、合衆国は干渉しない、反対に、ヨーロッパ諸国は新大陸に干渉する事を拒絶する内容でした。

 中南米諸国を新たな市場と考えていたイギリスが、モンロー宣言に同調した為、スペイン等神聖同盟諸国は干渉を行いませんでした。
モンロー宣言は、中南米諸国の独立を支援する為の宣言ですが、やがて、合衆国は中南米諸国を自国の勢力圏内と考える様に成って行きました。

続く・・・
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント