2012/10/29

人類の軌跡その503:第一次世界大戦前夜

<帝国主義諸国の世界分割>

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 19世紀後半、独占資本・金融資本が発達すると列強は、資本輸出先として植民地を求め帝国主義政策を選択し、やがて、植民地獲得の為、帝国主義国間の対立が激しくなります。

◎先進資本主義国が植民地を求めた理由

 1870年代から先進国では重化学工業が発展してきました。
膨大な資本と設備を必要とする為、生産は少数の大企業に集中し、企業合同(トラスト)、企業連合(カルテル)、企業結合(コンツェルン)の形で企業が巨大化し、独占資本が形成されました。
同時に金融資本も成長し、独占資本に資金を供給する大銀行が諸産業に大きな影響力を持つようになります。

 独占資本・金融資本は国内では投資しきれない過剰な資本を海外への輸出に振り向けます。
その為に、政府を動かして投資先の国と条約を締結していきますが、相手国が西欧と異なる外交・経済体制を持ち、資本輸出が困難な場合には、軍事力によって条約を強制し、時にはその国家を滅ぼし直接支配しました。
これが、従属国や植民地を求めた理由で、古代ローマ帝国の様に領土拡大を目指した事から、このような政策を帝国主義政策と呼称し、各国は先を争って世界分割に乗りだし、又、その為に軍備を増強したのです。

◎資本輸出としての鉄道建設と借款

 典型的な資本輸出は鉄道建設で、資本と技術が集約された鉄道建設は、製鉄、機械工業に需要を与え、沿線での工場建設や鉱山開発を促進し産業全体を牽引しました。
1870年代から世界中で鉄道建設が盛んになり、総延長距離は例えばアジアでは1870年に8000キロだったものが、10年事に倍増し1910年には102000キロに延びています。
この大部分は帝国主義列強により建設されたもので、ロシアがフランスの資本を導入して建設したシベリア鉄道は有名です。

 相手国政府に資金を貸し付ける借款も資本輸出の一つの形態で、これは相手国の関税収入や鉄道敷設権を担保にして、半植民地化する手段としても有効でした。

◎アフリカ分割をめぐる帝国主義国の対立

 1880年代以降に成ると、列国の植民地獲得競争は激化します。
アフリカ大陸に関して、ヨーロッパ諸国はお互いの衝突を回避する為に、1885年のベルリン会議で、「先に占領した国が領有する」(先占権)と云うルールを一方的に作り分割していきました。
イギリスはエジプトからケープ植民地迄、自国の植民地を連続させるアフリカ縦断政策を、フランスはアルジェリアからジブチを連結するアフリカ横断政策をとりました。
その過程で両国軍が、1898年スーダンのファショダで衝突し(ファショダ事件)、両国間の緊張は開戦寸前迄に高まりましたが、フランスの譲歩で戦争は回避されたのですが、植民地分割が帝国主義国間戦争に発展する可能性を示した事件でした。

続く・・・

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コメント

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No title

こんばんは。
30日のご挨拶です♪
今年もあと約2ヶ月となりましたね。歳のせいか?やたらと月日が経つのが早く感じます^^;
明日からかなり冷え込むようですが、そろそろ冬の準備が必要ですね。

こんばんは

どうしても満州鉄道を連想します。
鉄道が政治経済で重要な役割を持っていた時代。
いつの間にか、鉄道の役割は物資の輸送より、人を運ぶことに主体が変わりましたね。