2012/11/22

人類の軌跡その519:ニューディール政策①

<大恐慌とニューディール政策①>

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 1929年にはじまった合衆国の大恐慌は世界恐慌に発展し、各国に深刻な影響を与え、合衆国ではローズヴェルト大統領がニューディール政策によって恐慌克服をめざしました。

◎暗黒の木曜日

 アメリカの「永遠の繁栄」を謳った共和党のフーヴァーが、合衆国大統領に就任した半年後の1929年10月24日、ニューヨーク株式取引所で空前の高騰を続けていた株価が急落しました。
所謂「暗黒の木曜日」で、株価は下落を続け、これをきっかけにアメリカ経済は大恐慌に見舞われました。

 国民総生産、工業生産高、個人消費支出共に、1929年と比較して1932年には60%に迄落ち込み、失業者は1929年の150万人から33年には約1300万人に増加、四人に一人が失業者と成りました。
経営悪化と取り付け騒ぎで1930年からの3年間に5000行以上の銀行が破綻し、900万人の預金が引出し不能に成り、都市には配給のパンを求める失業者の列が続き、農村では農作物価格が急落し、輸送代さえ回収できない為、農作物は打ち捨てられ、農民は困窮を極め、破産して小作農に転落する農民が続出しました。

◎フランクリン・D・ローズヴェルト

 自由主義経済を信奉するフーヴァー大統領は、景気の自動的回復機能に期待して積極的な不況対策を講じず、国民の信頼を失い、代わって1932年の大統領選挙では、民主党のフランクリン・D・ローズヴェルトが「ニューディール(新規まき直し)政策」を掲げて当選しました。

 ローズヴェルトはニューヨーク州の名家出身で、26代大統領のセオドア・ローズヴェルトは彼の伯父にあたり、少年時代には毎夏ヨーロッパに避暑に出かけるような生活の中で何不自由なく成長し、20代で上院議員となり、第一次大戦時には海軍次官補、1920年には副大統領候補とエリートコースを進みますが、21年に小児麻痺を患い、その後7年間闘病生活をおくった事は、彼に政治家として幅をもたらしたのです。

 1933年大統領に就任したローズヴェルトは最初の「百日議会」で矢継ぎ早に「ニューディール政策」実施の為の法案を成立させていきました。

続く・・・

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