2012/11/23

人類の軌跡その520:ニューディール政策②

<大恐慌とニューディール政策②>

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◎ニューディール政策

 主要な法案として全国産業復興法(NIRA)、農業調整法(AAA)、テネシー河流域開発公社(TVA)があります。
全国産業復興法は、企業にカルテルを認める一方、企業活動に対する国家統制権を強化し、生産調整と価格安定を図り、労働者には団結権、団体交渉権を認める事で購買力の向上を図るものです。
農業調整法では、農産物価格の安定の為、農家に補償金を与えて作付け制限を実行しました。
テネシー河流域開発公社は、ダム建設や森林開発等、テネシー河流域の総合開発を政府の公共事業として実施し、同時に失業者を雇用するもので、ニューディールの象徴的な事業となりました。

 又ローズヴェルトは、ラジオ放送で「炉辺談話」として国民に語りかけた初めての大統領でした。大統領就任一週間後の「炉辺談話」で「もう銀行は潰れません、安心して下さい」と話したあと、銀行への預け入れ額が引出し額を上まわるようになったと言います。

◎社会改革にむかうニューディール政策

 景気は回復に向かいはじめましたが、失業者は1934年段階で1000万人を数え、労働運動に対する企業の弾圧が激化する等の問題が生じてきました。
これに対し、1935年、ローズヴェルトは、失業保険や老齢年金等の社会保障制度をはじめて確立し、労働者の諸権利を保障したワグナー法を制定します。
労働者や一般大衆の要求に沿った是等の社会改革は、「左傾化」として保守勢力からは批判されましたが、労働者大衆からは圧倒的な支持を受け、リンカーン以来共和党を支持してきた黒人も民主党支持に回りました。

 1936年の大統領選挙でローズヴェルトは再選され、ニューディール政策は継続されましたが37年には不況に見舞われ、財政支出による有効需要創出策とファシズム諸国に対抗する為の軍備拡張によってようやく恐慌から脱出しました。
不況克服という意味ではニューディールの効果は不十分なものでしたが、政府による経済への介入・統制や社会政策はのちに資本主義諸国の経済政策に受け継がれていきました。

◎大恐慌から世界恐慌へ

 大恐慌によって合衆国が輸入を縮小し、海外に投資していた資本を引き上げた為、恐慌は、五カ年計画を実施していたソ連を除く各国に波及して世界恐慌へと発展しました。

 1930年以降、世界貿易は縮小し、各国は国際収支の悪化を防ぐ為、輸入品に高関税をかけ保護貿易政策をとる一方、金本位制を停止し為替を管理下に置いて自国の貨幣価値を切り下げて輸出の拡大を図りました。

 イギリス、フランスの様に広大な自治領や植民地を持つ国は、販路と資源を確保する為、排他的な経済ブロックを形成しましたが、そこから閉め出された日本、ドイツ、イタリアは、軍需産業育成によって恐慌の克服を図り、国際秩序の再編をめざして対外侵略を志向します。
こうして、1920年代後半の国際社会の基調だった国際協調主義や軍縮の流れは断ち切られ、国際的緊張が高まってきました。

続く・・・

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