2012/12/12

人類の軌跡その536:太平洋戦争開戦前夜の日本①

<太平洋戦争勃発の原因①>

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帝國海軍戦艦長門

 太平洋戦争が勃発した原因の一つとして、「軍部の暴走」がまずあげられますが、この軍部の暴走の基と成ったものが「統帥権」の扱いと「軍部大臣現役武官制」でした。

◎統帥権

 統帥権とは、軍隊の最高指揮権の事であり、戦前は天皇大権の一つとされ、大日本帝国憲法(明治憲法)では下記のとおり規定されていました。

第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第12条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム

 内容的には陸海軍の組織と編制等の制度、及び勤務規則の設定、人事と職務の決定、出兵と撤兵の命令、戦略の決定、軍事作戦の立案や指揮命令等の権限でした。
1878(明治11)年の参謀本部独立に伴い、軍政(人事、予算などの軍に関する行政事務)と軍令(作戦立案に関する統帥事務)は分離され、天皇は軍令について、陸軍参謀総長及び海軍軍令部長の輔弼(天皇の権能行使に対し、助言を与えること)、軍政については陸軍大臣及び海軍大臣の補弼を受け陸海軍を統帥しました。

 明治期より第一次世界大戦時迄は、元勲・藩閥が政治・軍事両面を掌握していた為、後世に統帥権独立をめぐって発生する様な問題が顕在化する事は在りませんでした

 それが明白に成った事例が、ロンドン海軍軍縮条約に関しての統帥権干犯問題でした。

 第一次世界大戦後、戦場となったヨーロッパでは経済的、人的損害が甚大であった為、国民からの厭戦気分が高まり、更に1929年に起こった世界大恐慌による経済的大打撃によって国家財政は逼迫し、軍隊の縮小、すなわち軍縮の気運がいっそう高まり、この中で調印されたのが、ロンドン海軍軍縮条約をはじめとする軍縮条約でした。

 交渉は、日米の対立もあり難航しましたが、アメリカの妥協案によって、
1、主力艦(戦艦クラス)についてはワシントン条約による建造休止期限を1931年末から1936年末に延長。
2、補助艦(巡洋艦以下クラス)については補助艦総括で日本は対米69.75%、大型巡洋艦で60%とするが、アメリカは3隻の起工を遅らせて、1936年迄の条約期間中は7割とする。
3、潜水艦は3国とも52,700トンとする
等の妥協案が成立しました。

 交渉に先立って日本では補助艦総括対米70%、大型巡洋艦対米70%、潜水艦自主的保有量78,000トンが必要であるとする海軍と、財政緊縮と国際協調の立場から軍縮を主張する濱口内閣が対立しており、妥協案についても加藤寛治軍令部長らの猛烈な反対が在りました。
しかし、岡田啓介軍事参議官らの努力もあって妥協が成立、4月22日に条約は調印されたのです。

 因みに、海軍側の要求は補助艦艇対米70%、条約では対米69.75%と、0.025%少ないだけで在り、トン数に換算すれば6,000トン程度でした。 
又、当時の日米の国力差を考えると対米70%弱という条件は格段に高いもので、実情は日本にかなり有利な内容で有ったと思われます。

続く・・・


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