2012/12/25

人類の軌跡その552:太平洋戦争開戦前夜の日本⑫

<開戦前夜③>

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宋美齢(左)とフランクリン・ルーズベルト大統領(右)1943年2月22日撮影

◎日本政府の状況

 日本政府内では当初妥協派が優位でしたが、この条件を提示されたことで、軍部の中に強硬意見が主流になり、その影響で天皇も「開戦やむなし」と判断されたと云われています。
海軍を中心にアメリカとの戦争には勝てない、とする意見が根強く存在したのですが、ハルノートに書かれた条件を受け入れることが出来ない陸軍が、強引に押し切り開戦に踏み切ったとの評価が一般的です。
(但し、当時の日本の石油消費者の半分が海軍であり、残りの3分の2が陸軍、3分の1が民間であること、また日露戦争以来、対米戦だけを念頭に戦備を整えてきたのも海軍であることも事実です。更に開戦直前、石油の備蓄量は海軍が2年半分、陸軍と民間が僅か半年分の確保が成されているに過ぎませんでした。)

 尚、日本がアメリカに提示した交渉の為の乙案は以下の通りです。
1、日米は仏印以外の諸地域に武力進出を行わない。
2、日米は蘭印(オランダ領インドシナ)において石油や錫などの必要資源を得られるよう協力する。
3、アメリカは年間100万キロリットルの航空揮発油を対日供給する。

備考
A、交渉が成立すれば日本は南部仏印進駐の日本軍は北部仏印に移駐する。
B、日米は通商関係や三国同盟の解釈と履行に関する規定について話し合い、追加挿入する。

◎アメリカ政府の状況(ハルノートの提示経緯)

 アメリカ政府は日本の乙案に対し11月21日協議し対案を示す事としましたが、その原案はそれ以前に検討されており22日迄に更に協議され以下の様に修正されました。

『アメリカ政府の暫定協定案』

1、日本は南部仏印から撤兵し、かつ北部仏印の兵力を25000人以下とする。
2、日米両国の通商関係は資産凍結令(7月25日)以前の状態に戻す。
3、この協定は3ヶ月間有効とする。

 この案は3ヶ月間の引き延ばしを意味しており、当時軍部から要望されていた対日戦準備迄の交渉による引き延ばしに沿った案で在り、アメリカ政府はこの暫定協定案についてイギリス、中国、オランダにも連絡をしており、反対する多くの電報を受け取っています。
しかも25日迄はこの暫定協定案が検討されており、推定によれば26日早朝迄に、ハル国務長官とルーズベルト大統領の協議によりこの案は放棄され、26日午後ハルノートが手交されたと思われます。
なぜ急に暫定協定案を放棄しハルノートを提示したかは現在迄、明確では在りません。

 ハル国務長官は、個人の日記で25日に中国からの抗議により暫定協定案を放棄したような記述が存在しており、ルーズベルト大統領については26日午前、スティムソン長官からの日本軍艦艇が台湾沖を南下している情報に激怒し「日本側の背信の証拠なのだから、全事態を変えるものだ」と云えられています。

 一般的な推測では、25日午後乃至26日早朝、ルーズベルト大統領はスティムソン長官からの知らせを受け、日本は交渉を行いながらも軍の南下を行っていると受け取り、暫定協定案を放棄しハルノートを提示したと思われています。
この情報は日本軍の特別な移動を伝えるものでは在りませんが、それまでの過程でルーズベルト大統領、ハル国務長官は日本へ不信を高めており、感情的に譲歩の姿勢を放棄したと思われます。

 ハルノートの原案は、モーゲンソウ財務長官が18日にハル国務長官に示したものであり、それは更に彼の副官ハリー・ホワイトの作成によるものでした。
これは建設的な案として事前に閲覧、暫定協定案と平行して検討されており、暫定協定案が維持されていても同時にこの協議案が日本に提示されていた可能性は存在します。
ホワイト原案はハルノートにかなり近いと思われますが、中国については原案では明確に満州を除くという記述が存在していました。

続く・・・
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