2013/01/16

歴史のお話その13:エジプト文明⑥

<エジプト文明⑥>

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◎ツタンカーメンその2

 彼が発掘現場に着いた時、作業員頭のアリが走ってきて叫んだのです。
「岩を刻んだ階段が出てきた!」
そして、2日目、封印された扉に通じる急な階段が掘り出され、カーターは直ぐに、カーナボン卿に電報を打ちました。

 「終に、谷で素晴らしい発見、盗掘の痕跡の無い封印のある壮大な王墓。到着迄は、元通り埋め戻しておきます。おめでとう」。

日付は、1922年11月6日の事でした。

 カーナボン卿の到着を待ち、数日かかって扉を壊し、石が詰まった通路を整備し、そして二人は第二の封印された扉の前に立ちました。
其れは、考古学者ハワード・カーターにとって、重大な瞬間でした。
カーナボン卿が肩越しに覗き込んでいる間に、カーターは扉の一部を削り、明かりを差し込んで、中を覗けるだけの穴を開けました。

彼は次の様に書き残しています。

 「初め、私は何も見えなかったが、内部から流れ出す熱い空気が炎をゆらめかせた。しかし、目が明かりに慣れるにつれ、靄の中から、ゆっくりと部屋の中の細かい様子が見えて来た。奇妙な動物、彫像、そして黄金、あたり一面、黄金が輝いていた。少しの間、私は驚きにあまり、口が聞けなかったが、側に立っている人々には、その時間が永遠と感じられたに違いない。カーナボン卿は、この沈黙に耐えられず、心配そうに訪ねた。『何かみえますか?』私は只、『ええ、素晴らしいものです』と呟く事しか出来なかった。」

 王墓は、4つの部屋からなり、其処には宝石箱、壺、宝石のはまった金張りの玉座、家具、衣装、武器等が詰まっていました。
埋葬室には、2体の黒い彫像に側面を守られ、4重の金色の厨子と、内側に3重の棺を納めた石棺が在りました。

 いちばん内側の棺は純金で、作られており、宝石を散りばめた経帷子に包まれて、ツタンカーメン王のミイラが納められており、顔は水晶とラピスラズリを象眼した、黄金のマスクで覆われ、首から胸にかけて、ヤグルマギク、ユリ、ハスの花で作られた、花輪が置かれていました。
3300年の時を経過したにも関わらず、その花は、まだ微かな色合いを残していたのです。
カーターは、ツタンカーメンの遺物のなかで、黄金や宝石でできた多くの副葬品よりもこの花輪が一番胸を打ったと語っています。
愛する夫を失ったアンケセナーメンが、最後の蓋を閉める前にそっと置いたのかも知れませんね。

 王墓の中には、キリストがこの世に現れる、1350年前のエジプトの伝説的なファラオの日常生活が、そっくりそのまま納められていたのです。
この発掘作業は、考古学史上の発見の内でも、もっとも素晴らしいものの一つでした。

 一番有名な黄金のマスクは、ツタンカーメンのミイラの上にかぶせてあったものです。
ミイラは四重の厨子、石棺、三重の人形棺の中に入れられており、一番内側の人形棺は黄金製、そのほかにもアマルナ芸術の影響もあるのか、芸術性の高い遺宝が2000点も発見されましたが、これでも王墓の中では異例に小さいものと云われていますので、栄華を極めた大王の王墓にはどれ程の財宝があったか想像もできません。

エジプト文明・続く・・・
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