2013/01/29

歴史のお話その24:東地中海に開花した文明②

<東地中海文明②>

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「アエネイアスのトロイ脱出」 1598年作

◎ミケーネ文明とトロヤ文明

 クレタ文明は紀元前15世紀頃滅亡します。
理由は現在も詳細に解明されていませんが、アカイア人の南下が原因とも云われており、やや遅れて南下してきたドーリア人とあわせて、彼等がギリシア人の原型を形成しました。

 クレタ文明の滅亡と前後して、アカイア人がミケーネ文明を創り上げます。
この文明は辺境国家の体裁を持ち、小規模ですが、ギリシア本土のミケーネ、ティリンスが中心です。 
まだ、青銅器文明の段階で、国家は後のギリシア文明のような民主的なものではなく、専制的だったと推定されています。

 トロヤ文明は紀元前2600年位から存在しており、小アジアのトロヤを中心に、青銅器段階で国家は専制的、民族系統は不明です。

 ミケーネ文明もトロヤ文明も紀元前1200年頃に滅亡しました。
同じ頃、ヒッタイトが滅び、エジプト新王国も「海の民」という謎の集団に襲われて弱体化していますので、推測ながら、民族移動等大規模な変動が在ったと思われます。

 この二つの文明は文明そのものよりも、発掘した人物によって有名になりました。
その人物がドイツ人、シュリーマン、1870年代にこの二つの文明に属する遺跡を発掘すします。

 彼は幼い頃から寝物語に、何時もギリシア神話を読み聞かされていました。
その中で、大好きな物語がトロヤ戦争のお話でした。
大人になったら絶対に、トロヤの町を見つけようと子供心に決意するのですが、当時ではギリシア神話はあくまで神話であって、実際にトロヤ戦争が起こったとか、トロヤの町が在った事を誰も真実と考えていませんでした。

 シュリーマンは若い頃から働きに働いて、商売で大成功して資金を作り、50歳近くなってから財産を投じて自力で発掘をはじめます。
周囲の人達は、おとぎ話に挑戦する人物の様に思われていました。

 しかし、彼は発掘をやり遂げます。
結果的にトロヤの遺跡だけではなく、トロヤ戦争の物語でトロヤに攻め込んだと語られている、ギリシア本土のミケーネの遺跡まで発見しました。

 シュリーマンは『古代への情熱』という自伝を書き留めています。
シュリーマンのトロヤ発掘は、後で紹介します。

東地中海文明・続く・・・
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