2013/02/19

歴史のお話その42:ギリシア・ヘレニズムの文化②

<ギリシア・ヘレニズム文化②>

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アテネの学堂より、プラトンとアリストテレス

2、ソフィスト

 やがて、人々の関心は自然の成り立ちから人間の生き方へと移っていきます。
如何に生きるべきか、真とは、美とは、善とは、この様な事をギリシア人達は考えはじめ、この中で初期に活躍したのが、ソフィストと呼ばれた人たちでした。
ソフィストは弁論術教師のことを意味します。

 なぜソフィスト達が活躍の場を得たことに関しては、民主政の発展に関係が在り、民会では6000人が集まる会議の席上で、自分の意見を人に聞いてもらい、更に人々の支持を得て、自分の意見を主張しようとすれば、話術が上手いことが絶対条件なのです。
面白くなければ聞いてもらえないず、議論で相手に勝てなかったら意味がないので、議論や話術が上手く成るには、悪い表現を使えば屁理屈をこねる能力が必要なのです。
理屈が上手いのは、知恵のある人たち、つまり哲学者なので、彼等哲学者に政治家志望の若者達が教えを請いました。

 ソフィストの本来の意味は「知恵のある人」で在って哲学者を指しているのです。
そのソフィストで最も有名な人物がプロタゴラス(紀元前490年頃~紀元前420年頃)です。
その講義の値段は、軍艦一隻の建造費と同じ位と云われていますが、1万ドラクメがその相場と云われています。

 プロタゴラスの言葉、「万物の尺度は人間である。」
エジプト人は人間の身体に鷹や山犬の頭をつけた獣人(?)を神と考え、ペルシア人は火を神と崇め、ヘブライ人は神をヤハウェのみとし、ギリシア人はまた別の神を持っています。
神ですら、時と所が違えば変わるのですから、絶対的な真理や善が在るのでしょうか?
「万物の尺度は人間」=価値相対主義。
議論で相手を打ち負かす事が目的になりますから、絶対的真理なんて追い求めていてはいけません。ある時は黒を白と主張し、またある時は白を黒と主張する事が必要になりますが、そう考えると「万物の尺度」を「人間」と考える事は、実に都合良い事なのです。

3、ソクラテス

 ソフィスト達の主張は結構現代人には共感できる点が多いと思います。
「奴隷制は人間性に反する」「神は頭のいい男が人々を従わせる為に発明したものだ」等ですが、哲学史上は評価が低い。

 そしてソクラテス(紀元前470年頃~紀元前399年)が登場します。
当時の記録では、彼は非常にブサイクな男とされており、頭は禿げ上がり、目はギョロ目、鼻は獅子鼻で、分厚い唇、更には小太りでお腹は突き出し、非常に毛深かったそうですが、彫刻を見る限りではその様な男性には見えません。

 彼は、ギリシアの人々にとって、偉大な人生の教師でした。
アテネで生まれ、アテネで死にますが、時代は当にペロポネソス戦争末期の時代と彼の人生は重なります。
若い時から哲学の勉強を行い、当時はソフィスト全盛の時代なのですが、彼はソフィストと決定的に違う点が在りました。
彼は若い弟子達に哲学を語りますが、決して授業料は取る事は無く、金儲けの為の哲学ではなかったのです。
そしてより良く生きる事を考え、普遍の真実や善や美が存在する事を信じて、それを追及し続けたそんなソクラテスには、友人や若い弟子達が数多く居たのです。

ギリシア・ヘレニズムの文化・続く・・・

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