2013/02/25

歴史のお話その47:ギリシア・ヘレニズムの文化⑦

<ギリシア・ヘレニズム文化⑦>

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◎アリストテレス

 プラトンの弟子がアリストテレス。
ギリシアの哲学、科学の集大成をおこなった哲学史上の巨人です。
現代でも哲学の基礎はアリストテレスですね。

 このアリストテレス、師であるプラトンとは考え方が異なり、彼はイデアを認めません。
この目の前にある存在以外に本質的な存在があるとは考えず、「美しいバラの花」が無くなれば「美しい」も無くなると説きました。
この様な考え方を実在論哲学と云い、彼はその元祖です。

 ギリシア・ヘレニズム文化の冒頭で引用した名画は、イタリアの画家ラファエロの「アテネの学堂」です。
巨大な建物の中に古代ギリシアの哲学者、自然科学者(ラファエロ本人もちゃっかりと参加)を大集合させた絵ですが、中央に並んで描かれている人物が、プラトンとアリストテレスです。
この人物配置から、二人が哲学上如何なる扱いを受けていたかが分かります。
古代ギリシア学問の頂点に君臨しているのですから。

 「アテネの学堂」、左側プラトンの右手は指を立てて天を指し、左手には自著「ティマイオス」を持ち、彼はアリストテレスに語りかけています。
「イデアの世界が存在するのだ」と。
それに対してアリストテレスの右手を見れば彼は地を示し、左手には自著「ニコマコス倫理学」を持ち、プラトンに反論しているのです。
「ここです。ここ以外に世界はありません、師よ」。
描かれている一人ひとりの思想やエピソードを知って鑑賞すると面白い絵です。

 アリストテレスは、若きアレクサンドロス大王の家庭教師をしていた事でも有名です。
アリストテレスが41歳、アレクサンドロスは12歳、それから3年間くらい共に過ごしました。
当時考えられる最高の教師で、アレクサンドロスは、「私は生きる事をフィリッポス(父)に、美しく生きる事をアリストテレスに学んだ」と云ったといいます。

 哲学だけでなく、論理学、政治学、自然科学あらゆる学問に精通していたアリストテレスに影響を受けたアレクサンドロス大王は、東方遠征に出かける時、数多くの学者を引き連れて出発しました。
東方の自然、文化の研究を目的としてですが、この行動を後に真似たのがナポレオンで、エジプト遠征の時に学者を連れて行き発見したのがロゼッタ・ストーン、という話は以前に書きました。

5文芸

◎詩
 ホメロス(紀元前8世紀)「イーリアス」「オデュッセイア」トロヤを舞台にしたお話で、シュリーマンにも影響を与えています。
ヘシオドス(紀元前700年頃)「労働と日々」「神統記」

◎悲劇
 アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデス(紀元前5世紀)。
この三人は三大悲劇作家として有名で、ギリシア神話を題材に悲劇を書きました。
ギリシアでは演劇が盛んにおこなわれており、劇のコンクールも開催されていました。

◎喜劇
 喜劇作家では、アリストファネス(紀元前5世紀)。
この人物はソクラテスと同時代の人で、彼の作品「雲」には、ソクラテスがソフィストとして描かれています。

 代表作「女の平和」の内容を少しだけ。
「女の平和」は反戦劇なのですが、この作品はペロポネソス戦争中に書かれているのです。
それだけでも驚きですが、ともかくアテネとスパルタの女性達が、戦争に明け暮れる男達に腹を立てて、なんとか戦争をやめさせようとするものです。
男と名のつく物が好きなモノは何か?それは今も昔も夜の営みです。
だから男達が戦争を止める迄、私たち女性は馬鹿な男どもの相手をするのは止めにしようと云う訳で夜の奉仕をボイコットするのです。
男達は、合戦が終わって家に帰ってきて、夜の営みを要求しても戦争を止めないと一切拒否されてしまいます。
戦争と女性のどちらを選択するのか、結局戦争を捨てる、という筋書きです。

ギリシア・ヘレニズムの文化・続く・・・
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