歴史のお話その48:ギリシア・ヘレニズムの文化⑧
<ギリシア・ヘレニズム文化⑧>

ディオゲネス
6ヘレニズム文化
アレクサンドロスの東方遠征から、プトレマイオス朝エジプトが滅亡するまでの文化をヘレニズム文化と云います。
ヘレニズム文化の特徴はコスモポリタニズムで、世界市民主義と訳しています。
ポリスという枠の中で活動していたギリシア人ですが、アレクサンドロス以後世界観が広がり、自然に彼らの視野も広がりました。
世界市民として如何に生きるかが、課題に成ったと考えれば良く、如何に生きるかと云う点では、ストア派とエピクロス派の2つの哲学の流れが生まれます。
ストア派は哲学者ゼノンから始まり、禁欲主義と訳されます。
エピクロス派はエピクロスから始まり、快楽主義と訳されていますが、この快楽の意味は、心の平安が最高の快楽と考える学派です。
ストア派は禁欲主義で快楽主義とは正反対の様に思えますが、禁欲する事によって心の平安を目指し、目標はどちらも同じでした。
この時期の哲学者にディオゲネスがいます。
犬儒学派と云われる人物で、ストア派には分類されないのですが、この時期の哲学者の典型と思うので紹介しておきます。
この人物の渾名は犬、家は壊れた酒樽、心の平安の為には一切の財産、肉親を不必要と考えて、最小限の身の回りの品物だけを袋に詰め込んで路地裏に転がっている酒樽の中で生活していました。
現代流では一種のホームレスですが、有名な哲学者である事に変わりは在りません。
突飛な振る舞いが多く、エピソードも多々伝わっています。
ある時、子供が手で水をすくって飲んでいるのを見てディオゲネスは叫びました。
「この単純な生き方に於いて、私はこの子に敗れた!」
そして、自分の袋に入っていた水飲みを投げ捨てたと云います。
又、ある時アレクサンドロス大王がギリシア中の哲学者を集めました。
ところがディオゲネスは呼ばれましたが、参加せず、逆に興味を駆り立てられたのがアレクサンドロス。
ディオゲネスの樽まで自ら出かけると、ディオゲネスは樽の前でゴロリと寝そべって日向ぼっこをしています。
大王は近づいて名乗ります。
「余はアレクサンドロス大王である。」
ディオゲネスはひっくり返ったままで名乗りました。
「余はイヌのディオゲネスである。」
普通は立ち上がって挨拶するところですから、ディオゲネスの態度は滅茶苦茶無礼で、憤激する側近を押し留めて、大王は質問します。
「そなたは、余が怖くないのか。」
ディオゲネス「お前は善い人か?」
大王「余は善い人である。」
ディオゲネス「なぜ、善い人を怖がる必要があるか。」
アレクサンドロスはすっかりディオゲネスが気に入ってしまいます。
そして尋ねた。「そなたが望むものを何でもやろう。遠慮なく申せ。」
ディオゲネスはすかさず答えました。「そこをどいてくれ。お前のせいで影になって寒い。」
日向ぼっこの邪魔だからどけ、彼の望みはこれだけ、しかも如何なる財産でも手に入る時にも関わらず、欲しがらないのです。
財産等は心の平安にとっては意味がない、とディオゲネスは考える人なのです。
禁欲して、心の平安をひたすら求める態度としては確かに徹底した生き方ですね。
只、厳しい見方をするとソクラテスやプラトンの時代に比べたら活力を失っています。
もし、プラトンが大王から同じ事を言われたら、理想の国家建設の為に何か政策を進言したのではないかと思います。
ディオゲネスは自分の事しか考えておらず、あくまでも自分の心の平安にしか関心が在りません。
これがコスモポリタニズムの一面でもあります。
ヘレニズム文化で忘れてはならないのが、エジプトの首都アレクサンドリアに作られた王立研究所「ムセイオン」です。
ここでは多くの学者が自然科学の研究をしました。
幾何学を大成したのがエウクレイデス、比重、てこの原理で有名なアルキメデス、地球の自転・公転説をとなえたアリスタルコス、地球の周囲を測定したエラトステネス。
エラトステネスは地球の周囲を3万9700キロメートルと測定しました。
現在の計測では4万70キロ、可也の精度です。
ムセイオンを中心とする科学研究は、相当なレベルに到達していたのです。
只、プトレマイオス朝エジプトが滅亡しムセイオンが閉鎖されると、これらの知識は忘れられてしまい、やがて、地球は平らで太陽が地球の周りを回ると信じられて行きました。
正しい知識が獲得されても失われることがあり、貴重な教訓だと思います。
ギリシア・ヘレニズム文化・終わり・・・

ディオゲネス
6ヘレニズム文化
アレクサンドロスの東方遠征から、プトレマイオス朝エジプトが滅亡するまでの文化をヘレニズム文化と云います。
ヘレニズム文化の特徴はコスモポリタニズムで、世界市民主義と訳しています。
ポリスという枠の中で活動していたギリシア人ですが、アレクサンドロス以後世界観が広がり、自然に彼らの視野も広がりました。
世界市民として如何に生きるかが、課題に成ったと考えれば良く、如何に生きるかと云う点では、ストア派とエピクロス派の2つの哲学の流れが生まれます。
ストア派は哲学者ゼノンから始まり、禁欲主義と訳されます。
エピクロス派はエピクロスから始まり、快楽主義と訳されていますが、この快楽の意味は、心の平安が最高の快楽と考える学派です。
ストア派は禁欲主義で快楽主義とは正反対の様に思えますが、禁欲する事によって心の平安を目指し、目標はどちらも同じでした。
この時期の哲学者にディオゲネスがいます。
犬儒学派と云われる人物で、ストア派には分類されないのですが、この時期の哲学者の典型と思うので紹介しておきます。
この人物の渾名は犬、家は壊れた酒樽、心の平安の為には一切の財産、肉親を不必要と考えて、最小限の身の回りの品物だけを袋に詰め込んで路地裏に転がっている酒樽の中で生活していました。
現代流では一種のホームレスですが、有名な哲学者である事に変わりは在りません。
突飛な振る舞いが多く、エピソードも多々伝わっています。
ある時、子供が手で水をすくって飲んでいるのを見てディオゲネスは叫びました。
「この単純な生き方に於いて、私はこの子に敗れた!」
そして、自分の袋に入っていた水飲みを投げ捨てたと云います。
又、ある時アレクサンドロス大王がギリシア中の哲学者を集めました。
ところがディオゲネスは呼ばれましたが、参加せず、逆に興味を駆り立てられたのがアレクサンドロス。
ディオゲネスの樽まで自ら出かけると、ディオゲネスは樽の前でゴロリと寝そべって日向ぼっこをしています。
大王は近づいて名乗ります。
「余はアレクサンドロス大王である。」
ディオゲネスはひっくり返ったままで名乗りました。
「余はイヌのディオゲネスである。」
普通は立ち上がって挨拶するところですから、ディオゲネスの態度は滅茶苦茶無礼で、憤激する側近を押し留めて、大王は質問します。
「そなたは、余が怖くないのか。」
ディオゲネス「お前は善い人か?」
大王「余は善い人である。」
ディオゲネス「なぜ、善い人を怖がる必要があるか。」
アレクサンドロスはすっかりディオゲネスが気に入ってしまいます。
そして尋ねた。「そなたが望むものを何でもやろう。遠慮なく申せ。」
ディオゲネスはすかさず答えました。「そこをどいてくれ。お前のせいで影になって寒い。」
日向ぼっこの邪魔だからどけ、彼の望みはこれだけ、しかも如何なる財産でも手に入る時にも関わらず、欲しがらないのです。
財産等は心の平安にとっては意味がない、とディオゲネスは考える人なのです。
禁欲して、心の平安をひたすら求める態度としては確かに徹底した生き方ですね。
只、厳しい見方をするとソクラテスやプラトンの時代に比べたら活力を失っています。
もし、プラトンが大王から同じ事を言われたら、理想の国家建設の為に何か政策を進言したのではないかと思います。
ディオゲネスは自分の事しか考えておらず、あくまでも自分の心の平安にしか関心が在りません。
これがコスモポリタニズムの一面でもあります。
ヘレニズム文化で忘れてはならないのが、エジプトの首都アレクサンドリアに作られた王立研究所「ムセイオン」です。
ここでは多くの学者が自然科学の研究をしました。
幾何学を大成したのがエウクレイデス、比重、てこの原理で有名なアルキメデス、地球の自転・公転説をとなえたアリスタルコス、地球の周囲を測定したエラトステネス。
エラトステネスは地球の周囲を3万9700キロメートルと測定しました。
現在の計測では4万70キロ、可也の精度です。
ムセイオンを中心とする科学研究は、相当なレベルに到達していたのです。
只、プトレマイオス朝エジプトが滅亡しムセイオンが閉鎖されると、これらの知識は忘れられてしまい、やがて、地球は平らで太陽が地球の周りを回ると信じられて行きました。
正しい知識が獲得されても失われることがあり、貴重な教訓だと思います。
ギリシア・ヘレニズム文化・終わり・・・
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コメント
お祝いメッセージありがとうございました^^
ぴいちゃんが中1の時にブログを開始して
それからの付き合いですね。本当にあっという間
でした。今後ともよろしくお願いします^^
2013-02-27 12:15 ママいっこ。 URL 編集