2013/03/13

歴史のお話その61:ローマ帝國の発展⑬

<ローマⅩⅢ>

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カリグラ暗殺

◎帝政の開始そのⅢ

 初代皇帝としてオクタヴィアヌスは、大きな戦乱も無くローマを治め、齢70歳を越えて無くなりました。
ただ、子供には恵まれず、女の子は授かりましたが、男子を授かる願いは果たされませんでした。
ローマ人は一夫一婦制ですが、彼らは盛んに結婚離婚を繰り返す為、かなり乱れた生活で在ったと思われ、正式に結婚していても夫婦関係以外の性的関係を男も女も当たり前のように持っていたのです。哲学者セネカはこう言っています。
「妻の浮気相手が二人だったらその妻は貞淑だ、夫は幸せ者だ」。
その割にはなのか、その為なのか分かりませんが、当時の貴族の家では子供が少なく、名門貴族の家系で跡継ぎがなく、途絶える例が結構あるのです。

 オクタヴィアヌスの三度目のそして最後の妻がリヴィア。
リヴィアには夫がいてしかも身重な体でしたが、オクタヴィアヌスは見初めてしまい、其れまでの夫と別れさせて結婚したんです。
しかし、結局彼女はオクタヴィアヌスの子供を産むことは無く、オクタヴィアヌスはそのリヴィアの連れ子を養子にして、その子が二代目の皇帝に成りました。
その人物がティベリウスで、即位した時はもう50代、どちらかというと日影の人生を送り、陰気な人という評判が残っています。
別荘に引きこもって政治は側近に任せきりとか。

 彼も息子が居らず、死後跡を継いだのが、彼の甥の息子とオクタヴィアヌスの孫娘の間に生まれたカリグラです。
この人物は精神的にも、人間的にも(?)の多い人物でした。
カリグラは映画にも成りましたが、カエサルやアントニウス、スパルタクスの様に歴史の勉強に成る様な映画では在りませんと、書いておきます。

 彼の奇行は数々在りますが、自分の妹たちと肉体関係結びさらに売春もさせ、馬をコンスル(執政官)に任命しようとしたり、ある時は、有名な騎士階級の息子が綺麗な髪をしているという理由で死刑にしました。
そして、その日にその父親を宴会に招待して何回も乾杯させます。
父親は宴会が終わる迄、悲しいそぶりや怒りの感情を見せずにカリグラに付き合いました。
何故なら、彼にはもう一人息子が居り、少しでもカリグラに批判的な素振りを見せれば、残ったもう一人の息子が処刑されるかもしれないと考えたのです。
良家の子女を集めて売春宿を作り、市民に買わせ、自分の娘を売春婦にさせられた貴族達の怒りは凄まじいものでしょう。

 カリグラ帝は、自分の目の前の誰かに屈辱を与えることに快楽を見出したのだと思います。
彼を精神異常だと書いてある本が殆どですが、ローマ帝国皇帝の権力は、想像を絶する程強く、その力を25歳の平凡な若者が手に入れてしまった実例がカリグラと思います。
権力の大きさに自分自身が押しつぶされ、弱者を甚振る事で自分の力を確かめることしかできなかった心の小さな男と思われます。
皇帝の余りの非常識さから、最後には皇帝直属の親衛隊に暗殺され、即位わずか3年10ヵ月と6日でその生涯を終えたのでした。

 カリグラは自分の地位が狙われるのを恐れて一族の男はほとんど殺していました。
残っていたのは叔父クラウディウスのみ。
何故クラウディウスが殺されなかったか?
彼は、知能的弱者だったので、カリグラはこの様な人物に帝位を脅かされる事は無いと思い、殺さずにいたのです。

 ところが、このクラウディウス、即位すると急に頭脳明晰、実に理路整然と話をしてみんなを驚かせ、実はカリグラに殺されないように知能的弱者を演じていたと云われていますが、この様な話は大抵後の作り話なので逸話として聞いて下さい。

 クラウディウスは女運が悪く、4人の女性と結婚したのですが、公然と浮気をする妻や、最後の妻には彼自身が毒殺されてしまいます。
この最後の妻が、オクタヴィアヌスの曾孫でカリグラの妹の一人、彼女も離婚経験が在り、連れ子がいた為、この連れ子を早く帝位に就けようと、クラウディウスを殺してしまうのです。
この連れ子がネロなのです。

ローマ・続く・・・
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