2013/03/21

歴史のお話その68:ローマ帝國の発展⑳

<ローマ帝國に翻弄された隊商都市③>

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◎パルミュラの盛衰

 しかし、彼女には心の平安を迎える時は無く、ローマ帝国は着々と戦力を整備し、機会を見てパルミュラを攻略し東方世界の覇権を復活させんとしている事を感じていました。
ゼノビア自身も準備を怠ること無く、戦力を増強し、占領地には強固な要塞を設け、来るべきローマ帝国との戦闘に国全体の防御を固めたのでした。

 その日は終に訪れました。
ローマ帝国は、最精鋭の軍団を派兵し、ゼノビア軍を一気に殲滅する事を目的に、そのローマ軍の指揮にあったのは、当時第一の武人としての誉れの高い、アウレリアヌス将軍でした。
将軍の手により、西暦270年エジプトはローマ帝国に奪還され、翌271年愈々アジアにその鉾先を向け、ゼノビアは駱駝騎乗隊を持って、之を迎え撃ちます。

 両軍はアンチオケで対峙し、第二回目の会戦はホムスで行われ、彼女は何時も軍団の先頭に立ち「ダイアナの如く武装し、ヴィーナスの様に輝いて見えた」と云われています。
ゼノビア軍は善戦し、ローマ軍騎兵隊の間中に突入する事も厭わず、勇敢でした。
一方、ローマ軍は姦計を巡らし、軍団を急遽反転させ、ゼノビア軍にはあたかも軍団が敗走しているかの様に思わせ、その追撃に疲れさせる戦法を取りました。
合図と共にローマ軍は再び反転し、ゼノビア軍を蹂躙します。

 この様な作戦は、アンチオケでも、ホムスでも試みられ何れも成功しています。
アウレリアヌス将軍の為に敗走したゼノビアは、戦線を縮小し、残存兵力をパルミュラに後退させ、城門を硬く閉ざし、敵に降伏するよりはむしろ死を選ぶ覚悟で、パルミュラを死守する道を選んだのでした。

 アウレリアヌス将軍は、降伏を求め、若し平和の内に城門を開き、街を引き渡すならば、街に危害を加えず、ゼノビアの命も保証しようと申しいれますが、彼女は頑強にこの申し出を拒否しました。
ローマ軍の強烈な包囲攻撃が火蓋を切り、昼夜を分かたぬ猛烈な攻撃には、流石の武勇を持って聞こえたゼノビア軍も、一歩一歩と絶望の淵に追い詰められて行きます。
ゼノビアは、勇敢にも城壁を見回り、兵士達を励ます一方、自ら槍を取ってローマ軍に立ち向かう事もしばしばでした。

 この様なゼノビアの鼓舞激励にも関わらず、守備軍の士気は日一日と衰え、食料も極度に欠乏し、このままでは全員餓死するより他に術の無い処迄、追い詰められ、何処からか援軍の手が差し伸べられない限り、パルミュラの運命は当に風前の灯でした。

 この事態を打開する為、彼女は包囲されたパルミュラを脱出し、仇敵ペルシアに救いを求める事にしました。
暗夜、城壁からロープを垂らし、其れに蔦ってローマ軍の野営陣地の真ん中に降り立ち、予ねてより準備した、一つコブの駱駝に跨り、数名の従者を従えて、ローマ軍の最前線を脱出しました。
其れからは、砂漠に光る星の位置を頼りに、東方の国ペルシアに向けて駱駝に鞭を入れたのです。

 ゼノビア一行は、夜間に駱駝で移動し、昼間は谷間に姿を隠して、周囲が暗くなる時間を待ちました。
一行はローマ軍の追撃を恐れ、人家の在る町や村を避け、喉の渇きに苦しめられながら、人目をはばかり夜間の旅を続けたのでした。

 5日目の明け方、東の空が白く成り始めた頃、駱駝の背に跨るゼノビアの勇士が見られました。
彼女は昨夜から一睡もせず、駱駝を進め、その体は綿の様に疲れていたが、寸刻を惜しみ片時もその歩みを止めませんでした。
明け方の光を通し、遥か前方にユーフラテス川の姿が見え始めます。
其処こそ、ゼノビアの目指す終着地であり、対岸には彼女が助けを求めるペルシアが在ります。

ローマ・続く・・・

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