2013/04/02

歴史のお話その78:ローマ帝国以後のヨーロッパ②

<西ヨーロッパ世界の形成②>

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オドアケルよりの使者

◎ゲルマン民族の大移動その2

 西ゴート族はローマを略奪した時に、西ローマ皇帝の妹を人質としました。
ガラ・プラキディアと云う名前のこの女性は、西ゴート族がこの後現在のフランス南部からイベリア半島にかけて移動するに際して、彼女はそのまま連れられて行き、414年には西ゴート族の王様の妃に成りました。
妃にされた、と言った方が良いかも知れません。
彼女は夫である西ゴート王にローマ帝国を守る事を説き、その影響もあって、西ゴート王はローマ帝国をゴート人の武力で再興する、と考えていたそうです。

 西ゴート族も、自ら進んで戦争しながら移動している訳では無く、安住の地が欲しいのです。
その為女子供、老人も引きつれての民族移動でした。
結局西ローマ領内で安定した生活を実現する為には、ローマ人の協力がなければ不可能なのです。
人口は圧倒的にローマ人が多く、西ゴート人は極めて少数です。
ただ、「蛮族」で武力が強いだけの民族なので・・・。

 ガラ・プラキディアの夫はすぐに死んでしまうのですが、このあと西ローマ皇帝は西ゴート族と同盟を結び、彼等が西ローマ領内に西ゴート王国を建国する事を認めました。
もはや彼等を潰す力は存在せず、認める事で逆に西ゴートの軍事力を利用して、新たな部族の領土内への侵入をくい止めようとしたのです。
ガラ・プラキディアはこのあと西ローマ側に生還をはたし、再婚して子供を生みます。
この子が後に西ローマ皇帝になるのですが。

 西ゴート族の後、次々に移動してくるゲルマン諸部族はローマ領内に王国を建て、西ローマ帝国はこれを追認するしかなく、皇帝の直轄地は小さくなる一方でした。

 ゲルマン民族の内、一番長い距離を移動したのがヴァンダル族、ジブラルタル海峡を渡り北アフリカ、嘗てカルタゴが栄えた場所に、ヴァンダル王国を建国しますが、ここは、西ローマ帝国の穀倉地帯だったのです。

 476年、西ローマの傭兵隊長オドアケルが、西ローマ皇帝ロムルス・アウグストゥルスを退位させ西ローマ帝国は滅亡しました。
ただ、この時点で実質的には西ローマ帝国は名前だけの存在でしかなく、既に多くのゲルマン部族国家があったので、当時として大きな出来事では在りませんでした。

 オドアケルは自分では帝位につかず、西ローマ皇帝の冠を東ローマ皇帝に返却するのです。
その代わりに東ローマ皇帝からローマ帝国の官位をもらってイタリアを支配します。
ローマ帝国から権威を与えられたかったのですが、西ローマ領内に存在したゲルマン部族国家も東ローマ皇帝から官職を与えてもらいます。
彼等は、自分の王国でゲルマン人に対しては王として、ローマ人住民に対してはローマの官職を使って支配をおこなう、二重統治体制を行いました。

西ヨーロッパ世界の形成・続く・・・


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