2013/04/03

歴史のお話その79:ローマ帝国以後のヨーロッパ③

<西ヨーロッパ世界の形成③>

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ローマ略奪

◎ゲルマン民族の大移動その3

 オドアケルが治めたイタリアに侵入したのが東ゴート族。
彼等はここに東ゴート王国を建国(493年)、ローマ人貴族の協力を得ながらイタリア半島を支配し、東ローマ帝国もこれを認めますが、最終的にユスティニアヌス帝に滅ばされます。
 そのあとイタリア半島に侵入した民族がランゴバルド族で、東ローマの勢力を退けてランゴバルド王国を建国(568年)し、この国は774年迄存続しますが、この間にランゴバルド人はローマ人と混血して同化しており、ローマ人も自分たちをランゴバルド人と意識するようになっていたと云います。
 
 東ローマ帝国もビザンツ帝国に変質し、旧西ローマ領に対して影響力を無くしていきますから、当然の成り行でしょう。

 此れまでの部族は、西ローマ帝国の中心地に侵入した部族ですが、周辺地域を移動したグループも当然在ります。
その代表がフランク族で、今のドイツ北部からフランス北部に移動し、フランク王国を建国しました。
移動距離が比較的短かった為、部族としての纏まりがあまり崩れず、その反面東・西ゴート族やヴァンダル族は移動する途中でかなり雑多な人種を吸収して部族そのものが変質しているのです。

 ユトラント半島から海を越えてブリタニア、今のイギリスに渡ったのがアングル族とサクソン族。今でもイギリス人やアメリカ人のことをアングロサクソンと呼ぶのはここから来ています。

 4世紀、西ゴート族の移動からはじまったゲルマン人の大移動は7世紀頃までの約300年間続きました。
その後もゲルマン部族国家同士の争いは続くのですから、長い期間政治的に西ヨーロッパは不安定でした。

 是等部族が移住した地域は、旧西ローマ帝国の領域の中です。
そこにはローマ人が住んでおり、ゲルマン人の人口は全人口の5%程度、ローマ人有力者の協力をいかに得ることができるかが、ゲルマン部族国家が発展できるかどうかの鍵なのです。
従って、西ゴート王も東ゴート王も東ローマ皇帝から官職をもらって、支配者としてのお墨付きをもらおうと考えたのです。

 ヴァンダル王国は534年、東ローマのユスティニアヌス帝によって滅ぼされます。
西ゴート王国は711年、イスラムのウマイヤ朝によって滅亡、ブルグント王国は534年、ランゴバルト王国は774年にフランク王国によって滅ぼされました。

 多くのゲルマン国家が滅んで行く中で、フランク王国は他のゲルマン人国家を征服してやがて西ヨーロッパを統一します。
その理由は、次回に回します。

西ヨーロッパ世界の形成・続く・・・

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