2013/04/11

歴史のお話その86:ローマ帝国以後のヨーロッパ④

<東ヨーロッパ世界の形成④>

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ビザンツ帝国、皇帝旗

◎ビザンツ帝国の経済と文化

 ビザンツ帝国の経済はひとえにコンスタンティノープルの交易上の立地条件の良さに支えられていました。
又、ローマ帝国時代から受け継がれてきた工業も盛んで、特に絹織物、宝石細工、武具など輸出用工芸品の製造業が発展しており、ビザンツ金貨も広い範囲で流通していたと云う事です。

 文化的にはギリシア・ローマ文化を継承し、それをイスラム世界や西ヨーロッパ世界に伝えた点で世界史的な意義が在り、更にギリシア正教を東ヨーロッパに布教した結果、布教に際してスラブ諸語を書き記す為に、正教会の宣教師キュリロスとメトディオスの兄弟が、ギリシャ文字を元に考案されたとされるキリル文字が生まれました。

◎東欧世界

 ビザンツ帝国の北方、現在の東ヨーロッパにあたる地域は当時どの様な状況だったのでしょうか?
ここには中央アジアと直結していますから、アジア系遊牧民族がいます。

 マジャール人、9世紀頃現在のハンガリーの地域に移住した結果、先住のスラブ人と同化し、10世紀頃にはハンガリー王国を形成します。
宗教はカトリック、ハンガリーのハンは、フン族を意味すると云われますが、語源として一般に認められているのは、7世紀のテュルク系の Onogur という語であり、十本の矢(十部族)を意味しています。
これは初期のハンガリー人がマジャール7部族とハザール3部族の連合であった事に由来していますハンガリー人は、今でも髪も瞳も黒く、目の細い人が多く、名前も姓が先にきていて、私達と同じです。

 トルコ系のブルガール族が建てたのがブルガリア王国、宗教はギリシア正教、しかしながら、ブルガール族は大多数のスラブ人に同化されていきます。
ブルガリア王国は7世紀に建国され、一旦滅んだ後12世紀に復活します。

 東欧地域の主人公がスラブ民族、代表的な国列挙します。

 ロシア方面では、9世紀にノヴォゴロド国とキエフ公国が成立、キエフ公国では10世紀にウラディミル1世がギリシア正教を国教化しています。
その後13世紀にはモンゴルのキプチャク=ハン国が建国され、ロシアのスラブ人の国はその支配下に入りました。
15世紀末になってモスクワ大公国がキプチャク=ハン国から独立して現在のロシアの原型となったのです。

 ポーランドも10世紀に国家として成立し、14世紀にはリトアニア=ポーランド王国を形成して東欧に大きな勢力を持つ様に成りました。
宗教はカトリックです。

 東欧でも一番西よりに存在した民族がチェック人。
彼等は9世紀にモラヴィア王国を形成しますが、マジャール人の攻撃で衰退、その後、ローマ=カトリックを受け入れてドイツに臣従します。
ドイツにできた神聖ローマ帝国のなかで12世紀にはベーメン王国を建国し、これが現在のチェコの原型です。

東ヨーロッパ世界の形成・終わり・・・

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