2013/04/18

歴史のお話その92:キリスト教の成立⑥

<キリスト教の成立⑥>

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映画バン・ハー MGM1959年作品 監督ウィリアム・ワイラー 主演チャールトン・ヘストンより

4、磔刑

 さて最後の時期に成るとイエスは、逃げ回りながら布教しています。
しかし、ついに捕らえられて裁判にかけられることに成りました。

 ルネサンス期の大画家レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を思い出してください。
逮捕される前の晩、イエスは弟子達と食事を共にする、その途中で、彼は明日私は捕まるだろうと告げます。
驚いた弟子達が、逃亡を促すのですが、イエスは「この中の一人が私を裏切るだろう」と呟き、その言葉を聞いた直後の弟子達の動揺を描いた絵です。
結局弟子であるユダが、ユダヤ教指導者にイエスの隠れ場所を密告し、その結果イエスは捕まったとされています。

 ユダヤ教の戒律は破ったかもしれませんが、イエスは別に犯罪を犯しているわけでは在りません。しかし、ユダヤ教指導者達にとっては、イエスに好き勝手にさせる訳にはいかず、是非ともこの世から葬り去ることが重要でした。
そこで、ローマ総督に引き渡され、ローマ総督もイエスが犯罪者でないことは直ぐに理解できのですが、ユダヤ教徒同士の争いに介入したくは在りません。
ユダヤ教の指導者達は「この男はローマに対する反逆者だ、ユダヤの王と言っている」と告げるのです。
ローマ総督としては反逆者を放置する訳には行かず、結局イエスは反逆者として死刑判決を受けます。

 ローマの死刑は、十字架に磔(はりつけ)でした。
死刑囚は磔になる前に、ローマ兵から甚振られる慣習が在り、イエスは兵士達から衣類をはぎ取られ裸にされ、殴られたり蹴られたりもしたでしょう。
「お前はユダヤの王だろう、王なら冠をかぶれ」、と荊(いばら)でつくった冠をかぶらされ、それを頭にかぶらされて額からは血がだらだら流れます。
この場面を描いた宗教画や映画は数多く存在しています。

 最後は十字架に手足を釘で打ち付けるのですが、手のひらを打ち付けると、体重で手が裂けて外れてしまうらしく、正確には手首の腱のところで打ち付け、足も足首です。
それだけでは、全体重を支えきれないので、首から肩にかけての腱のところでも釘を打ち付けたという話も存在します。
十字架に掛けた後、兵士が槍で心臓のそばを急所をはずして突く。
血を流しながら数日間、苦痛とのどの渇きに苦しめられながら死んでいくのが十字架の磔です。

 イエスは磔で死んで行きました。

 信者達はどうしていたのでしょう。
実は多くの支持者、信者達はイエスが逮捕された段階で彼を見捨てて逃げました。
「救世主がこんなに簡単に捕まって、しかも死刑になる訳がない。あいつは只の人間だ。」
「救世主なんて騙して!」とイエスに憎しみを向ける者もいた様です。

 弟子も逃げました。
ペテロは、一旦は逃げたのですが裁判の様子が心配に成り、総督官邸の前を彷徨っていました。
すると彼の顔を知っている者が「貴方はイエスの弟子じゃないか」と訪ねます。
ペテロは慌てて否定します。
「いえ、違います。イエス?そんな男私は知りません。」
弟子として一緒に逮捕処刑されてはかなわない、と思ったのでしょう。
結局、イエスに最後まで付き従い処刑まで見届けたのは、ほんの少しばかりの女性信者だけだったと云います。

 イエスは僅か二年程、布教活動を行っただけで、処刑されてしまいましたが、齢30歳を少し超えただけでした。

キリスト教の成立・続く・・・

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