2013/04/30

歴史のお話その102:インダス文明⑥

<ウパニシャッド哲学と新宗教①>

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◎ウパニシャッド哲学

 インドは精神世界、宗教大国で、私達日本人の描くイメージは、聖者と名乗る人物が沢山居る様に思います。
西欧のマスコミ報道に乗った人物が、日本にも紹介されるのでしょうか?
マスコミにも取り上げられる事もなく、信奉者も殆ど居ない現役の聖者や修行者、苦行者は本当沢山居ます。
本や、写真で紹介されていますが、例えば20年間立ったままで座らない苦行者、自分を10平米の密室に閉じこめて10年間人と会わない修行をしている人等、私達凡人には理解できない人達が居ます。

 是等は3000年の伝統で、悟りを求めて修行の世界に飛び込む人をインドは産み続けているのです。
バラモン教は祭式中心主義の宗教で、儀式の方法は秘伝としてバラモン身分の者だけに伝えられていきます。
ところが、その儀式だけでは飽き足らないと思う者達が、同じバラモン身分の中から出現してきます。彼等は密林の奥深くに篭もり、様々な難行苦行を伴いながら、真理の探究、内面追求を行のです。
その様な修行者達の中で徐々に形成された哲学が「ウパニシャッド哲学」です。
ウパニシャッドとは「奥義(おうぎ)書」と訳しており、奥深い真理を語る哲学、と考えて良いでしょう。
このウパニシャッド哲学が後のインド思想に大きな影響を与えることになり、インド思想の出発点はここに在ると言っても過言では在りません。

 ウパニシャッド哲学は如何なることを言っているのでしょう。
まずは人間の生死について、人は死んだらどうなるか。
回答「輪廻転生」。
 
 すべての生きとし生けるものは、生と死を永遠に繰り返し、死んだら、又何処かで何かに生まれ変わって生き続け、又死にまた生まれ変わるのです。
其れは永遠に回転し続ける車輪みたいなものです。

 死んでも生まれ変わることをインド人はどう捉えたかというと、これは苦です。
死ぬことが苦しみなのは理解しやすいのですが、インド人は生まれること、生きていることも苦しみと考えるのです。
飢饉、疫病、戦乱、天災、凡ゆる不幸が人生には付き纏い、生きることは苦痛と表裏一体なおです。
考えて見れば、現代でも生まれついたカーストによっては、もの凄く辛い人生が待っているのです。絶対生まれ変わりたくなんか無いわけです。

 死んだ後何に生まれ変わるかということですが、これは生きている間にどんな行いをしたかで決まります。
生きていると云う事は、なにかの行為をしている訳で、その行為を「業(ごう)」呼び、どんな業を積んだかによって、次の生が決定され、簡単に言えば悪い業を積めば、虫けらに生まれるかもしれず、良い業を積めばましな生き物、人間等に生まれ変われると考えます。

 人間に生まれたとしてもやはり人生は苦である訳で、人々の願いは二度と生まれ変わらずに済むことです。
永遠に廻る輪廻の輪から抜け出すこと、これが最高の願いで、抜け出すことを「解脱(げだつ)」と云います。
「輪廻転生」と「業」、そして「解脱」が一つ目の重要事項です。

インダス文明・続く・・・

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コメント

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こんにちは

生きることは苦。
でもその中で善行を重ねる。
生きることはなんとも難しいことです。