2013/05/14

歴史のお話その114:中国大陸④

<黄河文明④> 

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◎殷その3

 例えばお盆、お墓参りに行き線香立てます。
あの線香はもともと儒教のもので、天界にいる祖先の霊があの線香の煙を辿って地上界の我々の元に帰ってくる、その為のものらしいのです。
そもそも、仏教の理論から考えれば祖先の霊は存在しません。
先のインダス文明で幾度も触れましたが、どこかに輪廻転生しているのですから、今生きている私達も前世では、誰かの祖先だったかも知れない訳で、祖先を崇拝するなら「自分を祀りなさい、崇めなさい」という理屈に成ります。
お墓参りするよりは、殺生をしない方がよほど供養になる訳で、お坊さんの話を聞いていて祖先の供養に関する話が出てきたら、「殷以来の東アジアの宗教的伝統が今も生きている」、と思って良いのではないでしょうか。

 殷王が占いに使用した物が、牛等大型動物の肩甲骨や亀の甲羅です。
その占い方法は、例えば亀の甲羅、お腹の方の甲羅ですがここに丸い溝をいくつも掘り、その溝に木の棒等で火を押しつけます。
当然ヒビが走り、このヒビの形や向きで占いを行いまいした。
占った結果を甲羅や骨の裏側に刻んで記録した文字が甲骨文字で、この甲骨文字がのちの漢字の原型となるわけです。

 殷代の遺物としてもう一つ大事なものが青銅器です。
当時の青銅器を見ると一種異様な模様が一面に刻まれていますが、これは何?
原型は動物なのか、蛇なのか、逆巻く黄河の水なのか、伝説の生き物なのか判りませんが、この文様を眺めながら殷の人達の心境を想像すれば、個人的には魑魅魍魎が跳梁跋扈していた、当時の人達の精神世界を表しているような気がします。
殷の青銅器と日本の火炎式縄文土器は、何故か心が引き付けられますね。

 殷の最後の王が紂王(ちゅうおう)、伝説では酒池肉林の男性で、故事成語の「酒池肉林」の語源に成りました。
紂王は自分の庭園に池を造り、その池に水の変わりに酒を満たし、庭園の木には木の実のかわりに肉をぶら下げ、池で美女達と戯れ遊び、遊び疲れて池から上がると肉をたらふく食べた、という話です。
紂王が人民を搾り取って自分だけ贅沢三昧をした話で、これは多分後の時代に作られた話でしょうが、紂王が暴君で滅ぼされて当然だったという話になる訳です。
非常に贅沢と言っても酒を飲んで肉を食らうだけ、それが当時の贅沢の基準ならば、逆に言えば普通の暮らしが如何ようなのか想像できます。

黄河文明・終わり・・・


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