2013/05/20

歴史のお話その119:古代王朝⑤

<周その5>

矛盾

◎戦国時代②

 秦の環銭はおなじみの円形で、円くて穴があいています。
やがて秦が戦国時代を終わらせ、中国統一を果たします。
その結果、この形のお金が中国の標準的な貨幣の姿に成り、日本列島にも入ってきて銅銭には穴をあけるように成りました。
日本史に出てくる和同開珎や、近年発見された富本銭もそうです。
この形態は、現在の五円、五十円に迄受け継がれる伝統あるものなのです。
余談ですが、五円玉の穴は歴史をさかのぼれば、秦の環銭に迄行き着くと思います。
私が小学生の頃には、穴の空いていない五円玉や五十円玉が流通していましたが、何時の間にか消えてしまいました。
では十円や百円には穴がないのでしょう?
此れは想像ですが、明治維新で西欧化を目指した当時から、十円、百円の系列のお金は多分ヨーロッパのコインをモデルにしたモダンな形を模索した結果ではないでしょうか?

 ところで、刀や農具など大事な物がお守り的な役目を持つのは分かり易いのですが、秦の環銭にはどの様な意味が在るのでしょう?
やはり持ち運びのことを考えた結果で、貨幣の穴に紐を通して束ねて持ち運ぶ事も有った事でしょうし、紐で縛られた一定の枚数が、単位を示していたかも知れませんね。

 話がだいぶそれてしまいました。

 商業の発展に関して、もう一つ「矛盾」の話をご紹介。
矛盾という言葉の起源がこの時代なのです。
ある都市の市場、盛り場で口上を唱えながら武器を売っていた商人が居ました。
矛(ほこ)を売る時は如何なる盾でも貫くと宣伝し、盾を売る時には如何なる矛でも跳ね返す、と言いながら売っていました。
その光景を冷やかし半分で見物していた人物が「おまえの矛でその盾を突いたらどうなる!」と突っ込みを入れたのです。
これが矛盾という言葉の根源です。

 この話をよく考えてみると、見事に戦国時代の状況が浮かび上がってきます。
商人が売っていた「どんな盾でも貫く矛」はどの様な金属で作られていたのでしょう?
鉄製と考えて相違無く、盾も鉄張りだったと推定されます。
ようやく鉄製の武器が出回り始めている状況、そのなかで商人は「最新式の武器だ!」と宣伝して売っている訳です。

 更に、市場で売っているという事も重要で、市場で売られていると云う事は、注文を受けてから作るのではなく、流通を前提にして大量生産されていると云う事です。
源平合戦の頃の平氏や源氏の侍達が、京都や鎌倉の市場で武具を買っていたか否かを考えてみれば、当時の中国の社会がどれ程迄に商工業が発展しているのか実感できます。

 そして、当然のことではありますが売られている商品が武器である事は、戦争が日常的に行われ、武器を手に入れて名を挙げようと考える人物が数多く居り、古くからの農業共同体を出て諸国を遍歴している人々が沢山居た事を思わせます。
社会全体が大きな変動期を迎えていた事が「矛盾」から分かります。

 農業、商業、流通の発展と社会の活性化、流動化の中で戦国の諸国は生き残りを賭けて、富国強兵策をおこないました。

周・終わり・・・


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