2013/05/25

歴史のお話その123:古代王朝⑨

<諸子百家その①>

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◎孔子・第一回

 春秋末期から戦国時代は、学問・思想でも新しい考えが生まれ活気に満ちた時代でした。
能力が有り機会に恵まれれば、誰でも出世する可能性が存在したのです。
多くの思想家達が活躍し、これを諸子百家と呼称します。
「諸」「百」は数多くのの意味、「子」は先生、「家」は学派を意味ですから、諸子百家と云えばたくさんの先生が現れて種々の学説を立てた時代でした。

代表的な思想から。

 第一に上げられる思想家が儒家、後に儒学、儒教と言われ、中国思想の中心と成って行きます。
20世紀に至る迄中国の支配的な学問思想で有り、朝鮮半島や日本にも大きな影響を与えています。

 儒家の開祖が孔子(紀元前6世紀~紀元前5世紀)です。
孔子自身は春秋時代の人物ですが、実質的には戦国の時代と変わりは無く、古い時代の素晴らしい道徳や秩序が崩れている時代に成り、これを立て直すためにはどうしたらよいか、どうすれば平和な社会を作ることができるかを考えたのです。

 そこで、彼が持ち出してくる秩序は家族道徳の秩序です。
誰でも自分の父母に対しては、素直な気持ちで従うことができ、家庭の中では秩序がある訳です。
この家族道徳を社会全体に広めることによって、世の秩序を回復しようとしたのです。

 子供が親に対して持つ敬愛の気持ちを孔子は「孝」と名付け、この「孝」の気持ちを他人に迄広げたものを「仁」と云い、この「仁」が孔子の考えの中心です。
明治時代位迄は儒教の教え方は、日本でも道徳の基本でしたから、「仁」と言えば昔の人は明確にイメージが持てたと思いますが、そういう伝統は今ではすっかり消滅し、ヨーロッパの哲学用語よりも「仁」等の言葉は理解為難く成っています。
任侠の世界で使う「仁義」の仁と同じ意味なので、少々イメージは悪いかもしれません。
「仁」を強引に現代語にすれば「思いやり」が一番近いと思います。

 孔子は仁が大事だと云いますが、いくら心の中で仁の気持ちを持っていても、それを外に形として表現しなければ意味が無く、これを目に見える形で表現する、その表現が「礼」です。

 「礼」とは何でしょう。
例えば学校の頃を思い出すと授業の始めと終わりに、「起立、礼」、と言いましたよね。
皆の心中は察し出来ませんが、礼と号令がかかればお辞儀をしますが、正しくこれが孔子のいう「礼」です。
心の中で、「よろしくお願いします」、「ありがとうございました」、と思っていても表現しなければ相手に伝わりません。
伝わらなければ意味が無く、何も変わらないから、頭を下げる「礼」をすることによってその気持ちを教師に伝えている、という理屈です。

 頭を下げる以外にも、いろいろな形で「仁」(思いやりの気持ち)を「礼」で形に表すことの重要性を孔子は説くのです。
人々が「礼」を実践することによって、失われてしまった秩序が回復できる、と考えたのでした。
何よりも秩序の回復維持が基本にあるので、支配者にとっては都合のよい思想でしたから、この儒家の教えはその後も長く支配者達に保護されて、中国思想の柱となっていきます。

諸子百家・続く・・・

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