2013/06/20

歴史のお話その142:漢⑧

<前漢その④>

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◎武帝の時代③

 漢の領土拡大は、朝鮮半島にも及びました。
朝鮮半島には当時衛氏朝鮮が、存在しており、この国は漢民族が漢民族によって建国された国家でしたが、滅亡させた上に楽浪郡等四郡を設置します。

 同様に南方にも南海郡等九郡を設置しました。

  武帝はこの様に東西南北で、軍事行動を積極的に行い領土を拡大出来たのは、劉邦以来の発展によって蓄えられた国庫が彼の政策を支えていたのです。
しかし、度重なる領土拡張戦争は、その国庫を財政難に陥らせてしまいます。
 
 内政面で様々な財政政策を実施したのです。
均輸法、平準法は共に物価調整を兼ねた、政府の増収策と説明されます。
 
 漢の国土は広い為、或る地方では豊作で穀物価格が安いのですが、他の地方では凶作の為、穀物価格が高騰している場合が在ります。
この様な時に政府が豊作の地方で安く穀物を買い付けて、凶作の地方で時価よりは安い価格で販売する方法が、均輸法の理屈です。

 平準法は同じ事を時間軸で行います。
穀物の安い時に政府が買い付けておき、高い時に販売する、方法でした。

 理論上は簡単ですが、実施する事は簡単では無く、情報収集、穀物の管理輸送、更には中央集権的に官僚制度が完成されていなければ、実行出来るものでは在りません。
武帝の時代には、庶民出身の人物でも大臣に登用される者も多数居り、此れは武帝の政策と無関係ではないと思います。
能力重視の政策の結果なのです。

 塩、鉄、酒の専売制。
専売制は政府が製造、販売を独占し、民間業者に販売させないことです。
塩は必需品ですから、政府から買う、政府も利益を得る仕組みです。
これらの政策は、前漢以後も多くの王朝によって試みられる財政政策の先駆けと成り、その意味でも武帝の時代は重要です。
その他、増税や、貨幣改鋳も行いました。

 内政面では、儒学の官学化が在ります。
董仲舒(とうちゅうじょ)の献策を受け、太学と云う官立学校を創設し五経博士(教師)に儒学を教えさせ、優秀な学生を官僚としました。
武帝の時代になると、宮廷には儒家に対する嫌悪感は既に存在せず、武帝は幼いときから儒家を好んでいました。

 官吏登用制度としては郷挙里選が実施されます。
郷挙里選の言葉の意味は「郷里」と「挙選」という言葉を組み合わせたもので、「挙選」は「選挙」と同義語です。
地方の役人が地元の有力者の推薦を受けて儒学の素養が在り、地元の評判の良い人物を中央に推薦する。
中央政府はその人物を官僚に採用する制度です。
地方の「郷里」で「選」んで中央に「挙(あ)」げる。だから、郷挙里選と呼びます。
この制度で中央に推薦される人物は、結果として地方の有力者、豪族の師弟で在る事が多かったのです。

 前漢時代、武帝の時代は当に栄耀栄華を極めた時代でしたが、その晩年は後継者で大変な労苦と成りました。
後継者争いで皇太子が無実の罪で処刑され、死刑を宣告したのは武帝ですが、後で無実を知る事に成り、最後は失意の中で武帝は崩御したかもしれません。
武帝の死と共に前漢の最盛期は終焉を迎えます。

漢:続く・・・

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